第25話 今、緊急で配信してます。

 ――【緊急配信】夢喰ナイトメア、久々の現世へ。


 ツブヤイターいやエッキスに通知が来て、5分後。

 俺は、綾森さんに借りたノーパソでYouTubeのページを開いていた。推しの復帰を見届けるには、スマホの画面では小さすぎる。もっと画質上げろ!

 前触れなく訪れたお知らせを受け、メリーたちは我先に他に負けじと群がった。


 ・緊急と聞いて。

 ・メア様、復活!? やったぜ。

 ・待ってたぜぇ、この時をよぉおおおおーーっっ!

 ・ワイの不安が……消えた?


 消えた消えた詐欺のワイ! 生きていたのかっ!


 ・俺のメア様、どこ? ここ?

 ・↑オメーのじゃねーから、定期。

 ・ナイトメアなら俺の隣でまだ寝てるぞ。

 ・↑メリーの妄想はメア様にとって悪夢。なるほど、閃いた。


 Vのリスナーって変な奴ほどコメント目立つなあ。ちょっと羨ましい。


 ・(抱き枕バク)お前ら、久しぶり! 元気だったか?

 ・配信無くて毎秒絶不調。

 ・(抱き枕バク)集まるの早スギッ! 暇人共め!

 ・フフ、これで抜け出せる……アンリミテッド・エンドレス・アーカイブスッ!


 固有結界しまってもろて。


 ・抱き枕バク氏、拙者も健在ですぞぉ~。再びの邂逅、感涙ですな。

 ・ちょ、同窓会ムーブwww。

 ・地元気分やめロッテ。まあ、ここがメリーの故郷か。

 ・成人式ドタキャンして、同窓会呼ばれなかった僕が通りますよっと。


 旧知の仲と再会よろしく、リスナー同士の戯言がコメント欄を埋めていく。


 ・……主役は何処? ドンドンドン! メア様を出せ!

 ・待ちなさい。今、入ったところじゃない。

 ・や、夢魔はトイレ行かないから。

 ・ワイの安堵が……消えた?


 せっかち勢が痺れを切らした。あと、サキュバスだってトイレ行くんじゃない?

 俺もどうしたのかしらと、部屋の様子を確認しかけたタイミング。

 ファンシーなベッドルームを背景に、俺たちの推しがようやく姿を現した。


『どりーみー、さまよえるメリーたち! 今宵、メアに悪夢を捧げる覚悟はできていて?』


 ・どりーみー!

 ・どりーみー!

 ・どりーみー!

 ・こんメアぁ~っ!


 銀髪のオッドアイ・夢喰ナイトメアが登場するや、メリーたちの盛り上がりは急上昇。

 ちなみに、こんメアは流行らせない。絶対に!


『まずはごめんなさい。せっかく集まってくれる人がいるのに、メアの都合で配信をストップさせてしまって』


 ・おかえり!

 ・おかえりなさいっ。

 ・気にすんなって。

 ・推しの帰還! 祝砲を鳴らせ、凱旋パレードを開けぃ!


『体調不良で休止中だったけど、経過は順調かしら。規則正しい生活はまあ……夜会を開く準備を粛々と行っているわ。期待して待ってちょうだい』


 ・なぜ、濁したし。

 ・野菜食えよっ、魚もかぶりつけ!

 ・メア様は夜行性なんでしょ、知らんけど。

 ・ま、まだ昼間だし……(震え声)


『メリーたち、睡眠は大事よ。ゲームばかりしないで、皆はちゃんと睡眠時間を確保しなさい。徹夜なんて、もってのほか。若くても、ダメなものはダメ。根拠はメアの実体験』


 ・メア様に心配される。こんなに嬉しいことはない。

 ・午後1時~6時の休息。実質、早寝早起きですが何か?

 ・真の社畜に8時間スリープは無理なんだよなあ。

 ・分かる。もう永眠するしかねえ。スヤー。


『悪夢の質が落ちるでしょう? それ、メアの食事がマズくなるって意味じゃない。メリーは憐れな生贄なのよ、鮮度が良い順番にテイスティングしてあげる』


 夢喰ナイトメアがアップで映され、舌ペロスマイル。


 ・ツンデレ、乙。

 ・遠回しの心配が寝不足に染みますわ~。

 ・かわいい(かわいい)。

 ・デュフ、おじたんをた・べ・て。


「フン、ツンデレなんてくだらない。これ、本心だから。現世に潜む夜会こそ、ナイトメアの恐ろしさを知らしめる恐怖の舞台じゃない」


 ・恐ろしさを知らしめる恐怖、二重表現こわいなー。

 ・恐ろしく速いダブリ、俺でなきゃ見逃しちゃうね。

 ・メア様は夢魔っピ! 日本語苦手に決まってるじゃん。

 ・【悲報】国語力の低下はサキュバスにも波及していた。


『……』


 夢喰ナイトメアが小刻みに震えるや、オッドアイが怪しく輝いた。

 背景に漆黒のモヤが広がり、推しのアバターが画面の中心へ移っていく。


『メリーを宵闇領域へ誘った。これからメアのうっかりを忘却するまで、悪夢を呼び起こす』


 ・照れ隠しで精神攻撃やめてもろて。

 ・ク、幻術か!? 解ッ。

 ・トラウマ見せるのやめちくりぃ~。

 ・あんなにしおらしかったのに、こいつはぁ塩対応ですぜ。


『今日のところは病み上がりだし、力を温存しておきましょう。メアの気まぐれで拾った命、安くないんだからねっ』


 ・お労しや、メア上……

 ・病み上がりだからこそ、積極的に悪夢を食らった方が良いのでは?

 ・むしろ、悪いのでは? 

 ・やはりツンデレじゃないか、とボブは訝しんだ。


『ちょっと休んだだけで、生意気なメリーが増えたものね。お仕置きがてら立場を分からせてあげなきゃ。搾取される贄共。悪夢を捧げて、メエメエ泣き叫びなさい』


 ・めぇー!

 ・メエメエ!

 ・メリーは羊じゃないと思います。夢喰ナイトメアが羊飼いという設定ならば、我々リスナーが憐れな子羊という設定に準じる動機になり得ると思うですが、そもそも――

 ・正論ニキ。本気なのかジョークなのか、察せられるように書いて(ガチ)。


『はぁ~、すごい楽しい! やっぱり、配信で皆と話せる環境が本当に嬉しい。改めて、わたしの大事な居場所だなって』


 ・すいませーん、素が出てますよ。

 ・キャラを忘れるくらい、本心なんやなって。

 ・実は、おじさんの魂インストールってマ?

 ・メア様に中の人なんていないだろ、いい加減にしろ!


 夢喰ナイトメアが定位置の右下に落ち着くと、元の背景に切り替わった。

 しかし、彼女の3Dモデルからキラキラエフェクトの拡散が止む様子がない。


 ・メア様、後光差しやがって……お前、消えるのか?

 ・属性違いは解釈違い! 悪夢を食らう教えはどうした、教えはっ。

 ・メア様の昇天、気持ちよすぎだろ! やっぱ、堕天して♡。

 ・え、今日は綺麗なメア様を眺めていいのか?


『お題箱の返事とか、休止中の出来事を喋りたかったけど……そろそろお暇しましょう。今宵の悪夢、口に合わなかったわ。でも一応お腹は満たされたから、メリーの奉仕精神を認めてあげる。引き続き、現世でうなされるくらい励みなさい』


 ・うおぉぉおおお、彼女とデート頑張るぜ!

 ・明日残業だけど、頑張ります。悪ぃ、やっぱ辛ぇわ……

 ・言えたじゃねーかっ。

 ・ワイの胸のつかえが……消えた?


『夜の帳が上がるのならば、メアとの邂逅はおしまい。また月光が闇を照らす頃に……』


 カーテンフォールはゆったりと。

 夢喰ナイトメアが手を振る中、暗幕が落ちていくのであった。

 ※配信は終了しました。ご来場、ありがとうございました。


 ・まだ夕方定期。

 ・じゃあ、今夜また会えるってコト?

 ・まだ万全じゃないんだ、休ませロッテ。

 ・おつメアぁっ~!


 推しのVtuberが捌けてもなお、コメントは続いた。久しぶりのライブだからね、仕方がないさ。ちなみに、おつメアは流行らせない。絶対に!


 俺は、ふぅと深いため息を吐いた。

 推しが帰って来たという事実に、幸福と満足感を噛みしめる。ガムは味があるうちに飲み込んじゃう派だけど、炙ったスルメの旨味のごとく口いっぱいに広げた。


「うめ、うめっ」


 妄想でご飯三杯イケるは眉唾だったものの、ゴックン唾飲みである。夕食は素昆布だけで構わない。あ、嘘つきました。ごめん、見栄張った。極めて事足りへん。

 帰り、ドムドムハンバーガー寄っていこう。マクドを抑え、選ばれたのは変化球でした。


 ――緊急配信、良いよね。

 ――よき。

 夢喰ナイトメアの推し仲間にラインを送った瞬間、返事がポップする。やるじゃん。


「俺の日常は帰ってきたのだ」


 思わず、独り言ちてしまう。まさか、持て余した個性をVの中の人に役立たせるとは。なかなかどうして、因果関係とは不思議不可思議摩訶不思議。要約、すごくすごい。


 茜色の夕暮れ時、たそがれるにはちょうどいい。

 俺に全く似合わない雰囲気を醸し出せば、否定者がすぐにドアを開いた。


「牡羊くんっ」

「はい」

「牡羊くん!」

「はい」


 聞こえてるよー、鈍感でも難聴でもないからさ。この距離で、え何だって? を述べられる奴は心底性格が悪いですぞ。あ、深い意味はないですぜ。

 綾森さんがプルプルと震えた途端、俺に近寄るがまま手を取った。


「やった! わたし、また上手く配信できたの!」

「知ってる。視聴してたから」


 画面から飛び出してきたような勢いである。


「嬉しくて、なんだかもう……っ! 飛び跳ねたい気分だわっ」

「依頼人が楽しそうで、何よりです」


 ニコニコな綾森さん、腕をブンブン振りまくり。

 クール系アイドルとは何ぞや? 笑えば、弾ける魅力が素敵女子。

 ジャンル分けなんて無粋ですよ! 偉い人にはそれが分からないんですよ!

 俺は落ち着きたまえ落ち着きたまえと、爛漫気分な美人を宥めていく。


「あ、浮れすぎたかも。はしゃいじゃってごめんなさい……」

「かまへんかまへん」


 推しのハッピーを享受せよ。オタク共、後方腕組みわかりみ面で整列せよ。


「綾森さん――いや、夢喰ナイトメア。復帰ライブおめでとう」

「うん、ありがとう。やっぱり、短期間で戻れたのはキミのおかげよ」

「何を、誰を使ったかは問題にあらず。Vがあの場所に出た。大事なのはそれだけ」

「騒がしいようで内向的な牡羊くん。自己批判が強いし、一応客観的なのかしら?」


 客観視なんて基本的にできない。すぐ俯瞰しちゃうとのたまう奴はテキトー野郎。

俺は達観、もとい諦観の極致。努力するが、期待するな。脇役よ、脇役たれ。


「そんなことより、疲れとか平気? 精神すり減らしてしんどいとか?」

「問題ないわ。少し疲労感はあるけど、達成感みたいなものだから」

「徐々にペースを戻してもらえば、メリーとして幸いです」

「リスナーを待たせた分、取り戻さないと」


 やる気に満ち満ちた、綾森さん。

 俺は医療関係者じゃない。代わりに、業腹で断腸の思いで堪忍袋の緒が切れたものの、異変を感じたらアラサー女史へ相談してください。不安で夜しか眠れない(快眠)。


「ところで、一つお願いしたいことが」

「オッケー」

「まだ言ってないわよ」


 美少女の呆れ顔でしか得られない栄養がある。ネットに書いてあったから真実だ。

 俺のリテラシーはさておき、きちんと聞き耳を立てれば。


「今度の週末、Vのイベントがあるわ。辞退予定だったけど、参加したいとダメ元で頼んだら……許可が出そうなの」

「ほう! 夢喰ナイトメアがイベント参戦!?」

「だから、その、牡羊くんも一緒に来てくれないかしら? 今日上手くいったのは、直前の安眠が大きい。別に、マイ枕を宿泊先に持ち込むのはおかしくないでしょう!?」


 まくし立てるや、顔が真っ赤な推しの中の人。

 一緒にお泊りしようや、と誘われた。まあ、大胆。綾森さんのスケベ! ムッツリ!


 心中、風紀委員がご禁制を叫ぶと思ったけれど、佐々木との関係性は希薄。声が届かないくらい疎遠だね。

 俺は最初に浮かんだ答えを、率直に告げた。


「ごめん、イベントには行けません」

「……理由を聞いてもいい?」

「調子を取り戻したなら、その経過観察をしてくれ。あと、推しとの距離は適度で適切に」


 推しは推せるときに推せ! 友人Aのくせに響いたぜ、その言葉。


「俺は所詮、一般リスナーなんだ。偶然たまたま有能人材に選ばれたけど、役目が済んだ辺りでそろそろファンの一人に戻ります」


 古参面のフォースが暗黒面に支配されると、すこぶる厄介。ククク、コメント連投してやる!

 次第に視線を合わせられなくなった俺。綾森さんがどんな表情か確認できぬまま。


「ま、まあ、安眠をご所望ならいつでも枕営業受付中。先方は上客ですぜ、ヘヘッ」

「……」


 返事を待つ間が長く、5秒とははたして何秒なのか哲学キメる直前。


「わたしばかり要求が多かったわ。次はキミの頼みも聞かないとね」

「元気に、健やかに。推しの活躍をば」

「メアじゃなくて、わたしに――ううん、なんでもない」


 今何でもって? 言ってないよ。


「じゃあ、今度の配信で添い寝フレンドのエピソードを披露しましょう。どうやってスピード復帰が叶ったのか、詳細に」

「それはやめてもろて! 炎上畑、耕さないでッ」


 綾森さんは首を傾け、俺を真っすぐ見つめていた。


「ファンの一人が秘密の関係なんていけないんだ」


 目の前にいる女子が可愛いらしく、俺は目を逸らすのでやっとだった。

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