第24話 兆し

 それは唐突な出来事。

 綾森さんの部屋に激震が走った。

 あ、地震じゃないです。全然心配しないで。


「今日は牡羊くんのおかげで、すごい調子が良いの。久しぶりに、配信をします」


 ――復活の刻、来たれり。

 其は、推しのVなりや。

 汝、喝采せよ。我、祝福せよ。


「黙々と泣かないでもらえるかしら? 嬉しいの? 悲しいの?」

「……マンモスうれぴー」


 図らずも、ナウでヤングな茨鈴蘭語録をのたまってしまった。

 背筋をピンとソファで正座した俺。逆にお行儀が悪いね、逆に。

 綾森さんは苦笑がてら、ショウガや柚子をブレンドしたハーブティーを嗜んでいく。


「元気が溢れる今、絶好のチャンス。やる気が漲って仕方がないのよ」

「ギンギンってコト?」


 ひょっとして、マカ摂取? ビンビンじゃありません。アイドルは下ネタ言わない。


「不眠症とか配信ストレスって、そんな簡単に治るものじゃないだろ。焦って無理しない方が良かろうて」

「大丈夫、慣らし運転だから。皆と少し喋って、現状報告がしたいの」

「メリーは雑談枠を喜ぶだろうけど」


 綾森さんがこくりと頷いた。


「まあ、俺があーだこーだ口を挟む筋合いじゃないか。小生、座して待つ」


 ずっと正座待機で膝が痛いとです。

 空白期間の埋め合わせであれば、俺は黙って後方腕組み抱き枕面。ピローフェイス、恐っ!? 古参と嘯こうにも、拙者デビュー配信をリアタイしていない侍。若輩でござる。


「ありがとう。メアとまた会える喜びはわたしも一緒。もちろん、あなたのおかげだわ」

「返り咲けたのは、綾森さんの意志が強かったからでしょ。俺は寝てただけ」

「……何度添い寝しても、どうしても縮まらない隔たりがあるものね」

「馴れ馴れしくしたら、結局そっちが困る事態に陥るよ」


 いやはや、美しいお顔を曇らせる必要はないぞ。

 仮に俺が綾森さんLOVEを拗らせてしまえば、不眠症を克服した先に厄介ストーカーが生まれるだけさ。悪い表現をすれば、お互い利用し合っているに過ぎない。


 昔のドラマで言ってただろ。非モテに同情するなら、愛をくれ。ついでに、金と勇気と友情と名声と権力――ん~、強欲っ!


 案ずることなかれ、俺はラブコメ主人公になれないと自覚があった。散々面倒くさいとのたまったくせに、ちょっと頑張った程度で必ず成功が約束されている存在にあらず。


 せいぜい、美少女の踏み台がちょうどいい。モブ業界では大役である。

 ゆえに、牡羊獏は期待しない。


「安眠を貰った分、わたしがあげられるものは何かしら」


 俺が線引きについて思考する間、綾森さんは独り言ちていた。

 加えて、ハーブエキス配合のフルーツのど飴を口へ含んでいく。

 おハーブを過信するな、そいつらはただの草でしょうが!

 あまりに必死な否定、おハーブ生えますわ。


「配信前はいつも、のど飴を舐めてたわ。ふふ、引き出しにたくさん余ってるじゃない」

「賞味期限は余裕あるけど、四袋もストックが」

「使い切るためにも、メアにライブしてもらわないとね」

「目的と手段が入れ替わるとはこのことか」


 そうだよ。

 新たに決意を抱いた、綾森さん。俺を真っすぐ見つめて。


「牡羊くん、席を外してもらってもいい?」

「家から退出命令? 了解」


 俺は素早く立ち上がり、瞬く間に帰宅準備が完了。

 ぼっちオタクは、消え去り案件だけは得意。目を離すと、彼はすでにもういません。誰も悲しむ暇がない、気付かないからね悲しいなあ。


「帰らないで。リビングにいて、帰らないで」

「ぎょ、御意」


 つい帰宅なる概念は数少ない楽しみゆえ条件反射した、俺。

 真顔で怒りを滲ませた美少女に、白旗を上げるばかり。


「配信中の姿を覗かれたら、メアは夢の世界へ隠れてしまうから。今日はあっちで見守ってほしいの」

「鶴の恩返しリスペクト?」


 要約、見られながらVと一体化は恥ずかしい。りょ!

 赤面する黒髪乙女、嫌いじゃないわ。


「30分後に始めるわ。夢喰ナイトメアの集いを」

「手伝うことある?」

「そうね……」


 綾森さんが顎に手を当てれば、パッと閃いたようで。


「メアに悪夢を差し出す準備はよろしくて?」

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