第23話 心の奥底

 朝、6時。

 綾森さんは寝相が悪い。

 昨晩、添い寝を嗜んだはずなのに、朝起きると彼女はイスに腰かけていた。


 ゲーミングチェアに寄りかかり、目前にはモニターが広がっている。両手で握りしめていたものはヘッドホン――


「無意識ながら配信へ向かう姿は意地か、執念か。復活の時は近いかもしれない」


 またあの場所に帰還する。それがメリーと交わした契り。

 夢喰ナイトメアの中の人は、俺たちとの交流が大事で取り戻したいと願っていた。


 金儲けや知名度稼ぎが、全く0ではないかもしれない。大富豪の道楽事業にあらず、利益を発生させなければ活動が縮小されてしまうのは自明の理。活動費用を自力で捻出できれば、いづれ事務所から独立の道も――


 俺は、脳裏に過った未来予想図を破り捨てる。

 Vの進路に対して、一視聴者が口を出すんじゃない。何か起きた時、応援してやれ。寂しかろうとも、いつか別れは訪れるのだから。


「まあ、今回は別れより再会の物語ってことで。明るい方向でおなしゃす」


 綾森さんの肩と太ももに手をかけた、俺。グヘヘ、柔らけぇじゃねーか。

 ……セクハラじゃないのよ? 寝相対策で気付いた都度、腕ずくでベッドに戻してくれとお達しがあったんや! 定位置管理は基本って、マナー講師が言ってた!


 いつも他人に偉そうで高圧的な先生はさておき、俺はできるだけ心を無に帰した。

 感じません、美少女の体温なんて。感じないって、アイドルの頬ずりなんて。感じないったら、綾森さんの匂いなんて。


 女子と平静を保って触れ合うコツ? 秘訣は、無我の境地ですかねえ。

 大学の非モテサークル、社会人の非モテ講演会の講師として呼ばれるかもしれない。早いうちに原稿書いとかなきゃ。ギャラ交渉しましょう。

 俺は取らぬドラの皮算用を打ち切って、眠り姫をふかふかの寝台へ運んでいく。


「人間慣れほど怖いものはない。名言だなあ」


 学校一美人と評判な女子の隣にするりと横になった、俺。

 もっとドキドキ慌てふためきなさい。DTのくせに生意気だぞ! 禁欲しろ、欲情しろ。同時に二つをこなさなきゃいけないのが、添い寝フレンドの大変なところ。


「うぅ……」


 綾森さんが寝返りを――


「めあ~……どこなの……おいて、いかないで……」


 布団を振り払うや、ゆらゆらと身体を起こした。


「ちょ、待てよっ」


 ベッドから離れようとふらついた推しの中の人を、俺は再び寝かしつける。


「ちゃんと安眠続けないと、配信できないでしょうが。メリーに復帰報告してもろて」

「……ん」


 落ち着いたとばかりに、綾森さんの意識がふら~りと沈んでいく。

 俺は安堵するや、寝返りを打った彼女へ腕を回した。


「メラトニンパワー、注入」


 接触するほど効果があるなんて、科学的根拠は皆無。ネーミングは妹のセンス。

 さりとて、良くなれと願うばかり。

 安眠体質を謳った奴は、相手がぐっすり眠れるように抱き着くのであった。

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