第22話 ヒートアップ&クールダウン

「最近、保健室に入り浸った輩たちがいると通報があってな。なぜか、彼女の名前もちょくちょく上がってしまう始末だ。その真相、つまびらかにさせてもらうぞ。牡羊獏――ッ!」

「さ、佐々木っ!?」


 風紀委員の腕章を付けた腐れ縁は、疑いの眼差しで俺に人差し指を向けていく。

 佐々木祥子。幼稚園、小学校、中学、高校と、何度もクラスメイトになった幼馴染……と言えばラブコメ的ヒロインだが、小学校高学年を境に交流は減少していた。現にこの前、駅で見かけても完全スルーされる希薄な関係性である。


 もはや他人と思った矢先、共通の友人ができたことでひと悶着生まれそうだ。


「言え、瑠奈に何をしている? 今まで全く接点がなかったはずなのに、瑠奈は専ら牡羊獏に関心を持っているぞ」

「綾森さんは心が広いし、友達の少ない俺に学園生活を謳歌させるための配慮じゃん?」

「とぼけるな。隠し立ては、その生活を保障できんぞ」

「彼女が言わない理由を、ペラペラ喋るわけにはいかない」


 佐々木が鋭利な睨みを利かせ、俺はやれやれとかわしていく。

 Vtuber・夢喰ナイトメアの活動は、綾森さん一番の秘密。

 リスナー・メリーとして、推しの核心は犠牲覚悟で死守しろ。


「私は、瑠奈の親友だぞ。手をこまねき、悩んでいるならば、知る権利がある! 共に解決を図るためになッ」

「へー、親友なる者は理由付けしちゃえば親友のプライバシーを暴いていいんだ。一応、今後の参考にさせてもらうわ」

「ッ、牡羊獏!」


 ガルルと吠えた、佐々木。まるで狂犬。喉を噛みつきそうな勢いだ。

 クゥーンとおじけた、俺。まるでチワワ。床に寝て腹を見せる勢いだ。

 さりとて、オタクは好きなコンテンツが絡むと奮起する。粉骨砕身自爆特攻も可。


「……なあ、佐々木。綾森さんが嫌がった様子はない。それが答えだろ。お前は相談されたのか? ちょっと話しかけた途端、モブが親しい面でウロチョロして煩わしいって」

「それは……瑠奈は人を無下に考える奴じゃない」


 佐々木がトーンダウンするや、滾っていた熱情を急速冷却していく。

 他人の心は、覗けない。本当のところは、分からない。綾森さんに限って、裏で俺を利用したらポイなんて――これもまた、願望の押し付け。


 信頼とは、許容の規模拡大だと解釈している。

 隠し事も受け入れてやれよ、親友なんだろ? 羨ましいと思わせてくれ。

 俺に詰め寄っていった風紀委員が一歩下がり、深呼吸。


「突然すまなかったな、牡羊獏が諸悪の根源と決めつけてしまった」

「別に気にしてない。んなもん、慣れてるし」

「本当に、私が悪かったよ」


 佐々木が頭を下げた。

 きちんと謝罪するとは、なかなかどうして意外である。もっと頭が固いかと。


「ふん、勘違いしてくれるな。疑いが晴れたわけじゃないぞ。瑠奈が助けを求めるまで、あくまで泳がせてやる。いかがわしいマネだと判明すれば、即刻処分するッ」


 ただでは転ばぬ不屈の風紀委員魂、ここにあり。

 真面目は結構なものの、堅物がすぎると誤解が生じやすい。たった今、俺は悪と断じられ一触即発の事態も想定された。少しばかり、意趣返しの念が芽生えていく。


「佐々木。たとえば、いかがわしいってどういうマネだ?」

「なっ!?」

「お前を一体何を想像して怒ったんだ? 風紀委員の肩書を前面に出して、どんな行為を取り締まりたかったんだよ。俺はそっち方面に疎いからさ、後学のために教えてください」


 そして、ニチャリである。

 非のない者を糾弾しようとした以上、説明責任を果たさないのはおかしいよなあ!


「そ、それは……」


 自信家の強気だった表情が困惑に歪み、いじらしく三つ編みイジイジ。


「さぁ、脳内で思い浮かべたイメージを披露しろ! 静かな保健室に若い男女が二人、何も起きぬはずがなく――」

「くぅぅ~~っ、言えるかぁーっ!」


 顔を真っ赤にした佐々木。


「牡羊獏ごとき、瑠奈を好き勝手できるわけないだろうがあ! あの子の類まれなき純潔は、必ず私が守るぞ! けっして、清純な彼女を汚せると思うなッ」


 流石、親友。想像いろいろもとい、妄想エロエロと膨らませていた。


「瑠奈をたぶらかしたいのなら、私を倒してからにしてもらおう!」

「いや、俺はファンの一人なので色恋沙汰に転じさせるつもりはないです」

「???? どういう意味だ?」

「別に、ひっかけ問題じゃない」


 俺の淡々とした答えに、佐々木は怪訝な表情を作るばかり。

 流れでVの話題をポロリはマズい。ポロリは、Vtuber水泳大会だけにしてもろて。

 風向きはこちらだ。なんせ、堅物風紀委員の最大の関心事が到着済み――


「祥子。誰がたぶらかされる話かしら?」


 保健室の入口で、綾森さんが目を細めていた。


「瑠奈っ。い、いつの間に」

「ついさっき。いかがわしいマネ、辺りよ」

「クッ、忘れろ!」


 好き勝手言った自覚があるのか、佐々木はバツが悪そうだ。


「心配しないで、不埒も破廉恥もしてないわ」


 小さく息を漏らすや、経緯をかいつまんだ綾森さん。


「祥子じゃなくて牡羊くんに頼ったのは、スキルの問題なの。彼が解決する術を持っていると茨先生に聞いて、わたしが無理やりお願いした形ね」

「しかし、瑠奈は学校で一番可愛らしい女子だ。牡羊獏が劣情を抱くに決まってるぞ。この瞬間、どうやって襲おうか下卑た下心が隠しきれていないな」

「おい」


 そ、そんなこと! 全然、思ってないもんっ。勘違いしないでよね(リアルガチ)。


「その時は、仕方がないわ」

「瑠奈ッ」

「ふふ、冗談よ」


 綾森さんは、悪戯めいた笑みを覗かせて。


「その時は、相談相手がいるじゃない」


 視線の先には、もちろん親友の姿があった。


「……分かった。納得はしない、だが一旦飲み込もう」


 大人の対応できるなんて、成長したな佐々木。

 俺をガン睨みしやがったのは、もちろん俺の錯覚勘違い。鈍感力で気付かない。


「牡羊獏、瑠奈の悩みを解決するチャンスを与えてやるぞ。光栄に思うがいい」

「誰目線やねん」

「親友目線だな」


 佐々木は片手を上げて、保健室を後にするのであった。

 ……すごく騒々しかったなあ。オタクはヤカラが苦手です。


「ごめんなさい、牡羊くん。祥子に説明しなかったしわ寄せを押しつけちゃって」

「正直、この展開は予想してた。V関連は秘密で、探られる。おり込み済みですっ」


 パッと見、輝かしい人へモブが付きまとっている。

 俯瞰せずとも、そんな判断が下される。評判とは、得てして好奇の眼差しだ。


「推しの困難は、リスナーの困難だから。綾森さんは、ゴールだけ目指してもろて」

「じゃあ、リスナーの困難も推しの困難かしら? わたしにできることが」

「まさか。光そのものと、それに手を伸ばす影じゃ比べるに値しない」

「……キミはたまにドライだね」


 なぜか、悲しそうで寂しそうな返事だった。

 持たざる者の至極真っ当な意見だよ。気にしないで、ええんやで。


「そ、そいや! 綾森さん、佐々木が来ないって自信満々だった。妨害されたん?」

「うん。生徒会の手伝い、風紀委員の調査、新聞部の取材とか? やたら呼ばれたわ、牡羊くんは連絡出ないし。祥子の仕業だって飛んできたの」


 スマホを確認すると、メッセージが三件。アイドルに求められて辛ぇわー。

 気付かなかったのはピンチではなく、普段メッセージが来ない習慣ゆえ。悲しいなあ。

 俺は何度もうんうんと頷き、雰囲気で誤魔化しておく。それで良いんです!


「今日はごたついちゃったな、例の件は仕切り直しで。また明日とか?」

「え!」

「え?」


 お互い、開いた口が塞がらない。ポカンとお見合い。


「テスト前は自粛期間だったじゃない? だから、その、久しぶりに快眠が……」

「癖になってんだ、枕営業」

「……(こくり)」


 恥ずかしそうに認める美少女、嫌いじゃないよ(とても善き)。


「この後、うちに来てもらえるかしら? 明日は休みだし、添い寝には都合が良いわ」

「行く!」


 すまねえ、佐々木。

 俺はいかがわしい行為をするつもりは断じてぬ。

 否、学園のアイドルが純朴な青年をたぶらかそうとしている。魔性清純罪や。

 これには、風紀委員出動・強制捜査是非もなしと思いました。


 なるおそで来てくれぇ~っ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る