第21話 間隙を狙って

《3章》

 定期考査から解放される時ほど、教室が一体感に包まれる瞬間はない。

 悲喜こもごも。達成感と阿鼻叫喚な叫び声が二年一組に響き渡った。

 やる気のない担任がテキトーにHRを終わらせ、クラスメイツが浮足立つ。


「っしゃー! 中間テスト終了シャーッ!」


 友人Aの江藤が歓喜に打ち震え、小躍りに興じている。


「その様子だと、赤点は回避したのかい?」


 友人Bの小泉は、裏切り者よろしく薄い笑みを携えていた。


「まあな! 今回は勘が冴えわたってよお~。一夜漬けがドンピシャだぜ! フッ、40点はかたいな」

「その自慢げな口調だけは見習いたいね。江藤くんは将来大物になるかな」

「乗り越えられれば、点数なんて飾りだろッ。偉い奴には分からねーんだ」

「ほんとに飾りなら、全ての学生が救われるよ。獏くん、手応えはどうだい?」


 俺の周りで騒がないでほしいのだが。片付けの最中、江藤が机を揺らしてきてウザい。


「全教科、平均点からプラマイ5点くらい」

「前回の総合順位はどれくらいだったかな?」

「300人中、150位。前々回も同じ順位だった」

「ブレないねえ、キミは。僕の見込み通りだ」


 うんうんと納得した、小泉。


「牡羊は、面白味のねぇ野郎ってか! 平凡界のスターダムを駆け上がれっ」

「まあ、真の平凡なんてイマサラタウン。ごくごく普通アピールするような連中には、ぜひ見習っていただきたい」


 最初から勝利が約束された主人公諸君、謙遜してもいいけど虚偽を重ねまくるな。

 主役には主役の辛さがあるかもしれない。それを推し量れない時点で、俺は外野か。


「テスト明け記念だ! 今日は久しぶりに、ファミレスパーティーとしゃれ込むぞッ」

「僕、部活あるんだけどなあ」

「俺だってあるさ。否、サボりが怖くて青春エンジョイできるのか? いや、できねえ!」

「やれやれ、悪い友に捕まったもんだね。どうせ、カラオケも付き合わせるんだ。予約入れとこうか」


 肩をすくめた小泉は、諦め加減が様になっている。

 江藤のアドリブに辟易とされるも、強引さは一種のリーダーシップ。自己主張が薄くて低い俺たちを引っ張る人物がいて、案外上手く回っていた。


「だが、断る」

「何、だと!? 牡羊に予定がないのは明白だぞ、牡羊だからなッ」

「根拠に説得力があるねえ」


 おいおい、名推理か。自白代わりに、俺もうっかり首肯していた。


「俺にもたまに、用事があるんだ」

「どうせ、ゲームだろ。新作購入、やり込み、ソシャゲ周回」

「もしくは、アニメかな? 話題作、作画崩壊、今季覇権」

「クッ、お前ら! 俺の行動パターンがそれだけだと――否定はできない」


 所詮、一般モブオタク。本来、行動はルーチン化されている。

 されど、それは表の顔。光ある所に影が差すかのごとく、裏の顔こそ本業なり。

 ……何って? 学園の美少女に迫られて、枕営業やってるだけだが? アイドルに添い寝せがまれるの辛ぇわー。おかげでいつもより寝不足だわー(快眠)。


 俺がイジられるのは問題ないけど、綾森さんのスキャンダルで騒がれたくない。煙のない所だろうが、尾ひれ付きで噂は立つのである。

 頬杖をつきながら、先方の様子を薄目で確認。


「瑠奈、新オープンのカフェに興味があってだな。一緒に寄ってくれないか?」

「この後、予定が入ってるの。別の日なら、付き合うわ」


 綾森さんが、クラスの脇役を注視している。教室であまりこちらへ意識を向けてはいけない。事情を理解しなければ、この構図は極めて不審なのだから。


「む、それはもしや……」


 一瞬、佐々木の鋭い視線が俺を捉えた、気がする。

 ここは逃げ一択。小物は退散ムーブだ。本当はゴーホームしたいけど、渋々保健室へ。


「じゃあ、俺は先に帰るから! 遊ぶのに忙しいから、家に帰るぞいっ」


 わざわざ皆に聞こえるように、帰宅宣言。牡羊獏はそういうキャラだもんな。

オタクはオタクらしく、ロールプレイに努めなさい。


「ほらな、思った通り単純な奴だぜ。ったく、付き合い悪ぃよなー」


 単純なのはどっちやねん。江藤、もう少し行間を読んでくれ。滲め、心理描写。

一応、友達と言っても過言じゃないはず。仲が良いなんて、俺の思い上がりだったか?

 ため息交じりに教室を出る間際。


「行ってらっしゃい、獏くん。にぶちんの相手は僕がするから、頑張りなよ」


 中性的な優男スマイルに、黄色い歓声が上がった。流石、察する奴である。


「小泉……頼れる糸目って、信用した途端に裏切らない?」

「さあ、それはキミ次第さ。フフフ」


 本気か冗談か判断できず、演劇部ホープは伊達じゃないと思いました。

 さっさと避難しよう。足早に廊下を抜け、階段を下りていく俺。

 別に、行き先は安息の地でもない。彼奴の根城だからな。


「小僧。テスト明け直後に来訪とは、お姉さんによほど会いたかったようだな。殊勝な心がけじゃないか、全く」


 クククと実験生物を観察する研究者のような眼差しだった、茨先生。白衣に片手を突っ込んで優雅に足を組むや、ブラックコーヒーをすすっていく。


「本当は来たくなかったんですけど、綾森さんのお願いゆえ馳せ参じた所存。浮ついた解放感の隙をついて枕営業を画策するとは、先方も策士だなあ」

「ほう、ついでに性欲も解放する算段とは恐れ入ったよ。だが、長時間の休憩は追加料金が発生すると肝に銘じたまえ」

「普通に睡眠欲求でしょうが。俺はともかく、彼女はイロモノ枠じゃないので」

「照れるな、恥じるなっ。少年よ、リビドーを抱け!」


 これには、クラーク博士も草葉の陰でアンビシャス。

 ボーイズビーはさておき、俺がソファに座ればアラサー女史は立ち上がった。


「牡羊のおもしろ体質で実験したいのは山々だが、あいにくこれから職員会議でな。お気楽な学生と違って、大人のお姉さんはセクシーもとい責任ある立場なのだよ」

「え、おばちゃんのセクハラは無責任?」


 鈍感でも難聴でもなく、はっきりそう聞こえたね。

 歴戦個体たる養護教諭はこっぱ男子の悪口など意に返さず。


「しばらく留守にするのは事実さ、若い連中だけでしっぽりやっていきたまえ。あと、お姉さんだ!」


 蛇足という言葉は、今日のために存在していたらしい。今までご苦労さま。


「シーモネーターは、go somewhere.」

「I`ll be back.」


 流石、国立大卒業。やたら流暢な発音でサムズアップ。さっさと溶鉱炉へ落ちてもろて。

 茨鈴蘭のサイボーグ……うわ、想像するなって。夢に出てきちゃうでしょうが。

 先生が去ったと同時、頭を抱え込んだ俺。頭痛かい? 保健室行く? こっこだよー。


 セルフノリツッコミが寂しい。これが孤独か。人に優しくする根本を悟ったね。

胸にぽっかりと空洞ができたような感覚を味わい、一拍を経てドアが開いた。

 推しの中の人に絡んでもらえば、元気100倍アンポンタン。俺は安眠を提供する。ウィンウィンな関係、大変素晴らしいと思いました。


「綾森さ――」

「瑠奈は来ないぞ。手は打っておいたからな」


 冷ややかな否定が一閃。

 予想外の人物は三つ編みを揺らしながら、大手を振ってまかり通った。

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