第19話 夜這い

 今日は疲れた、休みというのに。

 陰キャオタクにとって、ギャルは未知との邂逅である。

 椿さんはノリ重視の善人だが、それでもキラキラオーラが着実に俺の体力を奪った。


 午後10時。高校生の就寝時間には早いものの、今日は添い寝相手が不在。

 ――妹を大事にしない暴力野郎なんて、一人寂しく床に入って遅刻でもしてな! 

 梨央はやられたらやり返す女。ちょっと待って、元々君が原因やろ。


 まぁ、彼女にも世間体がある。友達が泊まりに来たのに、自分は兄と添い寝に励む。誤解されて、必死に訂正するシーンは実に面倒。明日遅刻した方がマシさ。

 耳元に目覚ましを四つセットする裏技がある。否、超うるせーと家族に大不評。朝飯とお小遣い抜きの覚悟がなきゃ使えない、禁断の奥義だ。


 どうせ遅刻するなら、二限目までの教科書は必要ないのでは?

 逆説的に、バッグの軽量化に成功。よーし、心も軽くなったぞ(ならない)。

 明日のことは、明日の俺に任せよう。Z、Z……


「ゼット、ゼット……」

「流石にその寝息はあり得ないっしょ」


 部屋中、LEDの光に照らされていく。

 何奴っ、曲者! であえであえ!

 ラス一Zで寝落ち寸前、俺は飛び起きた。


「センパイ、もう寝るとか良い子じゃん? 夜はまだ始まったばかりだし」


 パジャマ姿のギャルに頬っぺたをツンツンされた。幻覚? 妄想? 夢うつつ?


「ど、どどどどうした? 俺、早寝早起きがモットーなもんで」

「梨央っちに聞いたよー。センパイの体質的なやつ。いつも添い寝をせがまれるって」

「……変な話、おかしな話だし、信じられぬは無理もなし――」

「うち、しよっか? 添い寝」


 ケロッとフェイスな椿さんがベッドに座った。


「とりま、隣で横になれば良い感じ?」

「いやいや、若い女子がモブ男と同衾なんて! お兄さん、許しませんよ」

「どのツラ・何キャラだしっ」


 ギャルに背中をバシバシ叩かれ、シンプルに痛かった俺。


「妹の友達に頼むのはもうしわけー」

「めちゃ梨央っちじゃん。兄妹マネ、ウケる」

「ま、アレの相手してやってくれ。時々、寂しくて一人で寝れないとか言うもんで」

「人参嫌いなのに、うさっちじゃん。かわいー」


 ウサギは寂しいと死んじゃう? 否、彼奴らは夜行性ゆえ昼はそっとしておけ。

 人間共、エサだけ寄こせ、静観してろうさ! ご注文は、不干渉でラビット。

 全く心がぴょんぴょんしないリアル事情を、右から左へ受け流すと。


「朝は多分起きられないから、またそのうち。おやすみー。あ、電気消してもろて」


 俺は、返事を待たず布団を被った。

 はぁ、明日も学校か……日曜日の欠点は、次の日が月曜という極めて現実路線。夕方までテンションが上がるのに、夜中ベッドに入る頃には憂鬱である。


 リア充と呼ばれる存在は、学校ダルいダルいと嘯きながら大体楽しそう。スクールライフを自分の居場所にできる奴こそ、成功の近道だろう。成功者は成功し続け、社会や会社でも同じ構図を拡大していくのだから。


 宝くじで億万長者か、FXで億り人。俺が成功するには、茨道を抜けるしかない。

 端役は端役らしく、慎ましく隅っこ暮らしだ。プラスを諦め、マイナスに抵抗しよう。


 ……え、人生の主役は自分自身? 君が輝かせなくて、どうするんだ?

 その名言気取り、勝者の理屈ですこぶる嫌悪だよ。二度と考えるな。


「センパイ、舌打ちしてどうしたん?」

「嫌な想像が働いて、最悪なシーンを連想する癖が……って、ちょ待てよ!?」

「キムタク?」

「俺も月9でキムタクになりたい! じゃなくて、椿さんどうして布団に潜り込んでいらっしゃる? どうして布団に潜り込んでいらっしゃる?」


 大事なことなので、二度言いました。

 大事なことなので、二度言いました。

 金髪の可愛い子が目の前で横になっている。ニヤリを添えて。


「いいからー、いいからー。遠慮すんなし」

「……何が目的だ? お金、ないぞ……っ!」


 ギャルと添い寝。俺知ってる、JKリフレってやつだ! 秋葉原で摘発されそう。

 所持金、380円なり。虎の子・電子マネーは3000円くらい。払えるかしら?


「目的かぁー。先輩と仲良くなりたいみたいな?」

「ん、どゆこと? 日本語でおけ」

「ずっと日本語喋ってるしっ」


 俺が真顔で聞き返すと、椿さんはなんでやねんとツッコミ。

 せやかて、ギャル。俺と仲良くなるが目的、意味分からへん

 5秒くらい黙りこくって。意思疎通できなかった、と二人は以心伝心した。

 息を一つ吐くや、経緯を語り始めた椿さん。


「うち、ひとりっ子じゃないですかぁ~」

「そだねー。初耳だねー」

「マブの梨央っちがいつも、お兄が兄者が獏が~って罵詈雑言のバーゲンセールに付き合わされたんですよ」

「不平不満の大特価は、極刑」


 執行猶予? 感謝祭もないよ、そんなもん。


「会ったことないセンパイのこと、めっちゃ詳しくなったし。それから実際に絡んでさ、チョロ雑魚な兄が欲しくなるの当然っしょ。ノロケ感染、ガチヤバぁ~」

「そうはならんやろ」

「そうなったじゃん」


 二重否定である。


「つまり、その白羽の矢が立ったのが――」

「セ・ン・パ・イ」

「せめて兄役を頼むなら、イケメンとか金持ちをたらし込みなさい」

「そういうんじゃねーし! ハートじゃん! フィーリングは、心が震えるかじゃんっ」


 非科学的な感情論。嫌いじゃないね。


「親友がノロケてる関係性が羨ましいみたいな!? 兄妹愛、アオハルかよ! うちも交ざりたいし、センパイと添い寝も望むところですけど!」


 椿さんが息を切らして、文字通り目と鼻の先まで迫った。


「返事は!?」

「お、おう……よろしく、お願いしますぅ?」

「しゃーっ!」


 ギャルに詰め寄られてしまい、意志薄弱。オタクの性である。


「俺は、椿さんを妹扱いすればいいの?」

「他人行儀じゃなきゃ、オッケー。うちの懐き度、ガチだから」

「梨央より傍若無人じゃないと信じたい」

「お兄ちゃんができた記念に、とりま甘えようかなあ~」


 椿さんは悪戯心が芽生えたらしく、獲物を捕まえるようなハグをしてきた。


「ほれほれ~、男子はこういうのが好きっしょ~?」


 柔らかさと温もりと甘い匂いと抱擁ついでに、俺の胸部へグリグリと頭を押し付けていく。果ては、耳元でふぅと吐息を吹きかけられた。


「ら、らめぇーっ! そこは敏感だからぁ~っ!?」


 ふんっ、気持ち良くなんてないんだからね! 絶対に感じたりするもんですか!

 で、でも……何か、目覚めちゃう、かも?


 可愛い子に襲われるシチュエーション、悪くないと思いました。悲願、叶えたり。死ぬまでに達成したい夢リストが一つ埋まったところで、冷静なアイツへ思考を託す。


 ――椿あかねのごっこ遊びに付き合うのはアリだ。俺が女慣れすることはないが、いつまでも挙動不審を放置しておくわけにもいくまい。活発な青年に変貌を遂げる可能性は低い。しかし、此度の経験は否応なく訪れる将来で役立つ財産となろう。


 ……もう一人のぼく、達観しすぎや。鼻を伸ばしてた俺、恥ずかしいとです。

 そのうち、主人格を巡る争いが勃発しそう。人類史上最も低次元な諍い、刮目せよ。


「椿さん?」


 一人だけでも姦しいギャルの返事がない、屍だろうか?


「んにゃ、すぴー」

「意識がない!?」


 そして、寝落ちである。

 そういえば俺、添い寝で安眠体質だったね。可愛い後輩にペースを握られ、一番大事な設定を忘却しちゃってたよ。


「グヘヘ、ようやく俺のメラトニンが効きやがったか」


 パツキンの女、こいつは上玉だぜぇ。今夜は楽しませてもらうとするカアッ!

 残念、俺の枕営業は健全が唯一のウリさ。接触するも、おさわり厳禁。

 薄い本みたいな展開は起こりませんよ、多分、きっと、おそらくメイビー。


「俺と梨央の関係が羨ましい、か。そんな見方もできるんだな」


 比較対象がないけれど、兄妹仲は良い方だろう。

 ただ、別に特別なものじゃない。俺の個性もしくは病気を理由に、身体的距離が近いだけ。精神的には、うん。もうちょっと自立して。


 当然、眠っている時は椿さんも静かだ。飾らない表情は穏やかで、魅力がいっぱい。


「寝顔は、心の奥をさらけ出す。大事な表情を、どーでもいい男に見せちゃダメだよ」


 徐に、独り言ちた俺。

 あの人も――怪しい枕に抱き着いた彼女も、綺麗な素顔を晒す相手が不釣り合い。

 天秤が、勿体ないと傾き続けた。

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