第18話 お風呂シーン

「あかねちゃん、お兄が面倒かけてもうしわけー」


 家族団らんホリデーから帰還した梨央の開口一番。

 ファミリーのお出かけ、そこにぼくはいましたか?


「全然よゆーっしょ。むしろ、リアクション芸人で面白かったじゃん」


 俺の部屋のベッドを占領し、マンガを読んでいた椿さん。妹とハイタッチ。

ウェーイの通過儀礼かしら? 陰の者、初手ギブアップ。


「獏には良い思い出になったぜ。とんだかわいこちゃんにお世話されちゃって」

「それな!」

「控えめに言って、ダサかっこ悪い兄者だけど……仲良くしてあげてくれぃ!」

「もち、親友の頼みだしね。うちがセンパイの根暗を矯正してあげる!」


 キモ可愛いみたいなノリで、純度100%悪口やめろ。

 盛り上がる二人をよそに、俺はお花摘みに行った。

 その慣用句は、女性の時に用いる? はい、セクシズム~。

 論破ロンパ鬱陶しい嫌な時代だね、ほんと。でもそれ、俺の考えですよね?


 リビングで両親と少し会話する。休日も話さなければ、いよいよ俺の言語機能は退化の一途を辿るだろう。お喋りトーキングが上手な人、実は羨望の眼差しを向けています。


 洗面所にふらりと立ち寄り、洗濯機へ着衣をダンクシュート。風呂場へ一歩踏み出すものの、第六感がUターンを命令した。ドラム式の中へ、無造作に手を突っ込んで。


「ジーンズとセーターは、ネットに入れなさいよ! 色移りと縮みを憎めッ」


 妹は帰宅早々着替えていたが、俺は訝しんでいた。

 やはり、何度言ってもこの体たらく。お気にのセーターだろ、泣くのはお前やで。

 脱ぎ散らかしたブツをネットに入れてやる。靴下の片方見当たらないけど、もう知らん。


 バスタイムは、憩いの時間。

 普段はシャワーで済ませるも、今日はギャルが泊まりに来るので風呂を沸かしていた。

 俗に言う、見栄風呂である。その証拠に、お高い入浴剤が許可されたし。


「ハーブバスソルトって、妙に意識高そう。その辺の草と変わんなくない?」


 おハーブはさておき、温泉の素は当たりだ。香草成分の鎮静作用が脳の疲れにしっとり効いていた、かもしれない。病気もやる気も気分次第ゆえ。


 残念ながら、長風呂は得意じゃない。小さい頃は、じっとしてるのが苦手な子でねえ。肩まで浸かって100数えるのが苦痛で仕方がなかった。先に怒りが湧いちゃったもんだよ。


 昨今のサウナブーム、信じられず認めらず待ったをかけるのは俺だけかい?

 水風呂に入って整うならば、初めからぬるま湯で済ませればオーケー?

 他人の嗜好に文句を垂れるのはやめよう。サウナが流行れば、桶屋が儲かるのだ。


 気付くと、頬に汗が流れ落ちた。さっさと上がって、キンキンに冷えたコーヒー牛乳をキメよう。真に整うとは、こういうことさ。身の程を知れ!

 サウナーに全面戦争を仕掛けるため、俺が立ち上がった頃合い。


「セ・ン・パ・イ! うちと親睦深めましょうかぁ~」


 やぶからスティックに、浴室のドアが開け放たれた。

 ところで、俺はタオルで軽く頭を拭いていた最中。そもそも、わくわくバスタイムなのだから全裸である。英語で言うと、completely naked.かっくいー。


「……っ!? きゃぁぁあああーーっっ!? エッチぃぃいいいーーっっ!」


 ↑あ、俺の悲鳴です。

 ボッと赤面しちゃったよ。血行の巡りが良いなんて、そんなチャチなモンじゃねえ。


「あー、ごめんし……ドッキリで背中流すみたいな? 梨央っちにそそのかされちゃって」


 流石のギャルも申し訳なさそうに、頭を下げた。


「てか、なんで胸を隠してるん? フツー、下半身っしょ」

「まさか、俺が覗かれるパターンは想定してなくて。脳の命令機能がすこぶる混乱状態」

「ふーん? なぁ~んだ、そっちの方は自信あるってリアクションじゃないん?」

「何、だと?」


 椿さんが金髪を指で弄びながら、チラチラと横目を向けていた。


「センパイ、ガチで先輩だったんですね! これからはマジリスペクト的な?」


 そして、陳謝である。

 無心で腰にタオルを巻いた俺、時すでに遅し。

 牡羊の獏くんが視姦されちゃった。ヤダ、もうお嫁に行けない……


「全ての人は、乙女心を持っている。これがジェンダーフリーというやつか」


 違うよ。


「うちはその……嫌いじゃないから! センパイの意外な一面、新発見じゃん!」


 謎のフォローを残すや、一目散に逃げてしまう椿さん。

 全裸で追いかければ、いよいよタイーホ待ったなし。お巡りさん、わたしです。

 焦燥感を抱きつつ、とりあえず俺はパンツを履くしかなかった。


「およ? 兄者、パンイチで洗面所全開は感心しないぜ。もう子供じゃないんだから、デリカシーを持とうじゃないの。これ、親愛なる妹と約束ね」

「どの口が! ええぃ、どの口がのたまうか!」


 鼻歌交じりに絡んできた梨央をひっ捕らえ、頭グリグリの刑に処す。


「ひぇ~、DVやぁ~めてぇ~! ママぁ~、獏が虐めるっ!」

「このバカチンが! 椿さんにフルオープンしちゃったでしょうがッ」

「あかねちゃんは気丈なギャルだし、あとバカチンはお兄の――」

「フンッ」


 必ず殺すわけじゃない仕事人、無礼者を始末完了。

 牡羊梨央、享年16。可愛げがない妹でした。


「あんたたち。騒いでないで、晩ご飯の支度手伝いなさい」

「はーい」


 愛娘が犯行現場で倒れる中、眉一つ動かさないママであった。

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