第17話 ギャル襲来

 日曜日。

 それは、安息の象徴。

 豊穣の女神に祈りを捧げる一時の逢瀬。

 激動の時代に生まれた現代人には、心を休める時間が必要なのです……


「あー、週休五日にしてくんなましー。ほとんどの時間を学業労働に縛られるなんて、おかしいやろ。冷静に考えろ、我々は社会の歯車でも会社のネジでもない。人間なんだッ」


 きっと、謎の組織や秘密結社が人類総社畜化計画を企んでいるに違いない。機関の秘密を暴いたからには、お前は生かしておけない。残念でもないよ、牡羊獏。

 地下労働施設送りだ! 労働の悦び、たっぷり味あわせてやろう。

 嘘でも少しは残念がれ! などと、セルフツッコミを添えて。


「……起きるか」


 脳内妄想劇場を閉幕するや、俺は渋々リビングへ向かった。完売御礼だった。

 午前0時、就寝。午後12時、起床。

 信じられるか? 目を覚ましたと同時、日曜の半分が終わっている。ほんとにあった恐怖体験アンビリバボー。


 ――惰眠を貪る怠惰な寝坊助はお留守番よ。母より。

 テーブルに書置が残されていた。曰く、家族でお出かけらしい。

 ……あのぉ~、ぼくも牡羊ファミリーだと思うんですけどねえ。これがいわゆるネグレクトというやつかい? へー、面白ぇ家族。


「けっ、誰が好き好んでババアたちとイオンに行くかよ! スタバでフラペチーノキメて、映画見て、VR体験に興じるとか柄じゃねーしっ」


 こちとら、絶賛反抗期中だぞ……ぐすん、目にゴミが入っちまったなあ。

 冗談はさておき、いちいち気を使われない方が精神衛生上楽である。


 ソファで横になり、ソシャゲをぽちぽち。茫漠とした虚無感に身を委ねていく。基本的にやる気のない性分ゆえ、そんな時間も嫌いじゃなかった。

 暇を持て余すならば、本来推しの動画や配信をチェックするのだが……


「綾森さんにはシャキッと復帰してもらわなくては」


 夢喰ナイトメアのチェンネルやSNSを覗くが、当然更新されていない。

 休養に努めてほしいものの、Vtuber戦国時代においてこの途切れは痛手だろう。再生数は大手とさらに引き離され、知名度を狙う新人はどんどんデビューしてくるゆえ。

 

 流行り流行り廃りのサイクルが著しく、リスナーの争奪戦は予想に容易い。

 俺があの人にできることは添い寝しかないね。メラトニンのおすそ分けよ!


「クックック、枕営業の安眠に染まりなさい……」


 謎の黒幕ポジションを演じたタイミング。

 ピンポーン、とインターホンが鳴った。


「今、出まぁーす」


 アマゾンで何か頼んだっけ? エロ――大人の参考資料などポチっていないはず。お金ないし。そもそも、俺は古き良き文化・ベッドの下にコレクションを継承していない。


 ……どこって? 画像もマンガも映像も、クラウドに保存しただけだが?

 無自覚系エロ、なろうでワンチャンいけるかもしれない。いけないと思う。


 どうせ、妹の化粧品かなんかだろ。あやつはお小遣いの投資に成功し、無限の富(有限)を築いた小金持ち。文字通り、諭吉の左うちわで煽った憎むべきブルジョアなり。


 くそぅ、下手に出て梨央からお駄賃貰うしかないじゃないか!

 妹におべっかなんてプライドはないのか、プライドはっ! ぬ!

 後に語られる。これが頂き男子の起源である。頂き教、教祖で開祖です。

 妹様のお荷物を受け取るため、俺が宅配便を迎え入れようとするや。


「やっはー! お邪魔しちゃいまぁーす、セ・ン・パ・イ?」


 玄関の扉を開けたと同時、閉めた。

 あり得ない。矛盾は重々承知さ。それでも、俺はこの時に限り奇跡を起こしてしまう。

 牡羊獏の人生唯一のミラクル、ここに潰える――


「ちょっとひどいじゃないですかぁ~。こんなに可愛い子が遊びに来てあげたのにっ」


 オープンザドア。


「いや、多分訪問先間違ってますよ」


 オフショルダーのブラウスにデニムのショートパンツを合わせた、不満げなギャル。

 俺にこんな友達いない。妹の関係者・椿あかねさんだ。


「あっ、梨央は出かけてるから、またのご来店お待ちしております」

「ご来店、ウケるしっ。てか、キョドりすぎっしょ」

「宅配の人じゃなくて、オシャレ女子が急に現れて驚いたんだ」

「えー、うちめっちゃかしこまりな服装じゃん? 今日、泊まりだし」


 椿さんがくるりと一回転。キャピッ、テヘペロの構え。

 陽キャオーラに陰の瞳が焼かれる。そうだ、アマゾンでグラサンポチろう。


「泊まり? いや、うち民泊やってないしっ」

「梨央っちと約束したんですけどぉ~。うち泊まるしっ」


 図らずも、似たセリフ。けれど、イントネーションが全然違った。

 察するに、椿さんは日曜日友達の家へ泊まりに来た。しかし、出迎えは事情を知らないその兄。気まずい雰囲気が流れるのは当然。場を、場を繋がなければ。


 必修科目にコミュ力があれば、俺は常に赤点と真っ向勝負する自信がある。やはり、文科省には会議に次ぐ会議と検討段階で永遠と手をこまねいてもらおう。


「妹が帰ってきたら、もう一度訪ねた方がいいね。夕方までお茶で耐久は辛いよ」


 言い終わる前、俺が扉を閉め始めた。コミュ障はせっかち。


「せっかくだしぃ~、この際センパイと交友を深めたい的な? 一緒に遊んじゃおうぜ大作戦」


 ギギギ。純粋たる腕力を以って、玄関口が解放された。全☆開。

 もちろん抵抗するで、拳で? いやさ、ギャルの筋肉に勝てなかったよ……


「ほんとつまんない人間なんで! 絶対後悔させるんで! お引き取り願いまして!」

「センパイ、必死すぎじゃん! 逆にウケるしっ」


 否、リアルガチの懇願でした。行間を読んでくれぃ!


「ひょっとして、うちと一緒が嫌な感じ? それなら、帰りますけど……」


 一転、しゅんと沈んだ太陽もといギャル


「俺は全然良いんだけどっ。かまへんかまへんのモチベだけど」

「ですよねー! 失礼しまぁーす」


 嬉々とした椿さん、牡羊家へ侵攻す。

 彼女の行動力がある意味羨ましいね。マジ、リスペクト。

 眩しい陽キャ粒子を浴びつつ、俺もリビングへ向かった。


「椿さん、来たの初めて?」

「確か、三回目? センパイは留守だったかなぁ~」

「俺、ほとんど家にいるはずだけど。よくその隙を突いたな」


 休日ほどこもっている。自分、コモラーですから。

 将来はプロのコモリストを目指したい。そんな夢を描いていると。


「会えなくてガチしょぼん。訪ねた意味ない感じ? ってゆうか、目的の欠如みたいな?」

「お、おう……うんうん、それ分かるぅー」


 よく分からないことがよく分かった。

 とりま、女子は共感を求める生き物だし? 全肯定安定っしょ。


 パないパない言いながら、首を縦に振る簡単なお仕事。工場で刺身の上にタンポポを乗せる仕事と考えれば、淡々とこなせるぞ(ベテランバイト風)。

 テーブルに着いた椿さんがお茶を一服するや。


「センパイ、お昼食べましたぁ~?」

「出前がスイスイスーイするところ」

「うちはウーバー派ですけどね」

「さいで。ついでに何か頼もうか?」


 年上の男の貫禄を見せるため、奢ってやろう。財布チェック、380円……もうダメぽ。


 世の中、男女平等だろ! 男は女に奢らなければならない? はい、性差別。ジェンダーフリーを目指す件はどうした!? 洋服もユニセックスがどうたらーって話でしょうが!


 世の中、金が全てだろ! 闇堕ち不可避な俺に、ギャルがニヤリと笑った。


「梨央っちに許可取ったし、ランチはお任せされましょう」

「どゆこと?」

「うちがお昼作ってあげますよ」

「ナンダッテー」


 開いた口がビックマウス。ハハッ。

 可愛い女子に料理を振舞われるのは嬉しいが、俺はつい断ってしまう。


「そんな突然、悪いって」

「遠慮される方が悪いし」

「性差別は即炎上案件。女性の椿さんにやらせた、料理ハラスメントって叩かされそう」

「センパイ、知らん顔の奴を恐れてるん? クソ雑魚メンタル乙」


 俺の肩を何度もうぇ~いと叩いた、パツキン美少女。


「うちが守ってあげるし。そこで黙って、堂々とふんぞり返ってな」

「椿さん……っ!」


 そして、イケメンである。

 椿さんがランチをこしらえてくれる。ホストがキャストに負担を強いる形で申し訳ない。後で梨央からバイト代貰ってください。冷蔵庫の中身、好きにしてもろて。


 俺はたまに料理をする。今日のように、家に一人置いてきぼり系ぼっちゆえ。

 得意なメニューは、チャーハン、ラーメン、お好み焼き、餃子、小籠包。

 手前味噌なものの、総じて人差し指だけで完成させる手腕だ。指だけでは?

 ……あぁ、そうだ。不肖・牡羊獏、鋼のレンチン術師の異名は伊達にあらず。


「いつも鋼の意志で冷凍食品はこだわっています」


 そして、ズボラである。まさに、不肖っ!

 謎の言い訳がてら、椿さんの様子をチラリズム。


「ふんふんふ~ん」


 無用の長物と化した妹のエプロンを着こなすや、手際よくフライパンを操っていた。


 ジュージューと麺に絡んだソースの香ばしい匂いが広がっていく。豚肉、キャベツ、モヤシ。冷蔵庫の残り物をまとめて調理する様は、ベテランの風格。体幹がしっかりしてます。

 黄金色の目玉焼きを焼きそばへ乗せ、仕上げに青のりとかつお節をちらした。


「ヘイお待ち、焼きそば一丁っ」


 椿さんが、お皿に綺麗に盛り付けてくれた。こういうところ、性格が表れるよね。

 彼女は、意外と細やかなのかもしれない。ギャルの仮面の下、乙女心あり。


「ありがとう。昼飯を女子に作ってもらえる……こんなに嬉しいことはないッ」

「センパイ、大げさすぎっ。梨央っち、作ったりしないん?」

「奴は自称食べる専門家。家のこと、全くやらないんだから、まったく!」

「お母さんか! ジワるし」


 ツッコミも冴えるや、いざ実食。


「こ、これはっ! キャベツのシャキシャキ具合と、豚肉の旨味がおりなすハーモニー!? 麺を噛むと溢れ出すコクは、隠し味に鶏がらスープの粉末を使っているのか!」


 いやはや、料理マンガのリアクションって難しいね。結論、美味は偉大。

 口を動かすならば、語ることなかれ食したまえ。

 タイムリミットは、出来立ての湯気が消えるまでの間。ペロッと完食。


「ふぅ、満たされました」

「もう食べ終わるとか、がっつきすぎじゃん」


 椿さんは呆れ、何か閃いた様子で。


「センパイ、センパイ」

「ん?」

「あ~ん」


 テーブルに乗り出したギャルが構えるのは、焼きそばの一口。


「……っ」


 俺、フリーズなう。


 このシチュエーションの正解、知らへん。ググれ、だから動けないでしょうが!

ラブコメでよくあるやつ、実際に遭遇しても対応できないなあ。モブがモブたる所以か。

 脇役指数が高い俺は、パリピや陽キャムーブ一つで存在感を消し飛ばされるぞ。


「遠慮しないで食べてくださいよぉ~。特別に、うちの愛情たっぷりだし」

「や、添加物の過剰摂取は医者に止められて」

「それ、やぶ医者なんで! あ~ん、あ~ん、あ~んっ」


 椿さんの怒涛のラッシュに根負けし、俺は無条件降伏を強いられた。

 口を大きく開けば、焼きそばを食べさせてもらう。ゴックン、美味。


「可愛い子のお世話で、ご満悦的な? ニヤケ面、パないですね」


 負けず劣らずニチャアった、ギャル。

 く、悔しい……っ! でも、こんな感覚は初めて! 癖になっちゃう!

ビクンビクンッ。


「あ、ソース付いてるよ。取ってあげるしっ」


 意趣返しとばかり、俺は羞恥心を振り切って反撃に躍り出た。

 テッシュで椿さんの口横に付いたソースをゴシゴシと拭いていく。


「むぐうぅぅーーっっ!?」


 予想外の事態だったらしい。

 驚愕につき、目を丸くするギャル。ハッと我に返った。


「……へー、生意気なセンパイも悪くないじゃん。うちも攻めるから、覚悟するし」


 ピースとウィンクを貰ったのに、なぜか膝がブルってしまう俺。


「フッ、菓子折りで謝罪まかり通る!」


 忘れるな、財布の中身。思い出せ、380円じゃお徳用せんべいしか買えないよ。

 すなわち、妹に泣きつくしかないと思いました。情けない兄ですまない――

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