第15話 小休止

「ん、どういうことだ? 予想が外れたか?」


 天井からLEDライトが照らし出す保健室。

 そこでは綾森さんと佐々木が向かい合い、けれど不審者の姿を確認できなかった。

 怪訝な表情で腕を組んだ風紀委員が、スタンドミラーに映っている。

 ……ふぅ、危うくバレるとこだった。ベッドの下に隠れるのは小学生以来かしら。


「他に誰もいないわよ。プラネタリウム続けたいから、早く明かりを消してくれない? 祥子も油を売ってないで、見回りに戻らなくて大丈夫なの?」

「瑠奈が妙に焦った様子でいる。目下、最優先すべき懸念事項だ」

「……」


 添い寝タイムを始めたい綾森さんは、佐々木を追い返したい。

 さりとて、佐々木は友人の違和感に目ざとく察知してしまう。


「賊の気配が未だ消えない。やはり、徹底捜索するしかあるまい」


 あまつさえ、先方はガサ入れを強行執行。友人の証言、信じてもろて。

 保健室のロッカーや机の下、カーテンの裏を確認していく捜査官佐々木。


「もう気が済んだかしら? あなたは無駄な時間が嫌いな性格でしょ」

「追い詰めた感覚があるのだ。最後の一手で届かせる!」


 当たり。万事休す。辞世の句、したためますか。

 ベッドの下に潜む俺、袋のネズミーよろしくハハッと喉を鳴らすばかり。


 一歩、また一歩、大鎌を振りかざした処刑人が近づいてくる。

 あとはしゃがんで獲物を視認すれば、死の宣告を告げるのみ。

 俺は神に祈らず、ただひたすらに結果を受け入れよう。目を逸らすな。現実を直視しろ。なんせ、すでに仕込みは済ませていたのだから――


「風紀委員の狂犬ちゃん、お姉さんに所用かな?」


 保健室の主が帰還を果たすと同時、馴れ馴れしく佐々木と肩を組んでいた。

 流石、生徒想いと評判なだけはある。俺もとい綾森さんのピンチをスマホで伝え、大至急戻って来いと連絡した甲斐があった。


「茨先生っ! い、いつの間に!?」

「たった今。アハハハ、気配がどうとか嘯いたわりにまだまだ未熟な練度じゃないか」

「くっ」


 茨先生の手を振り解き、恨めしそうに吠えていく佐々木。


「そもそも、先生が提出物を怠るから私が回収に来たんです! 少しは反省してください」

「反省は若者の特権さ。お姉さんはとうの昔、どこかに置き忘れてしまったなあ」


 白衣のポッケに手を突っ込み、物思いに耽ったアラサーの人。

 確かに! そうですね! あなたの意見、俺は全面的に支持します!

 と呟いた刹那、ゴンとベッドの足を蹴りやがった! 地獄耳はBBAの特権さ。


「……」

「……」

「……いや、若人たち。ここはそんなことないですよ、茨先生はセクシーキュートプリティーガールですよ、とフォローする場面だが?」

「それは流石に、虚言が過ぎます。罪悪感で嘘は付けません」


 綾森さんが、沈痛な面持ちで下を向いてしまう。


「お姉さん、悲しい。涙がちょちょ切れそうだ」

「ちょちょ切れそう……?」


 本気で首を傾げた佐々木を見て、茨先生に絶望の追加ダメージ。

 やれやれ、ナウでヤングなJKには伝わらないだろ。マジ、ちぇべりば~。

 今度、ティラミスを差し入れてやろう。怨敵に憐憫の情を抱いたところ。


「オホン。まあ、先生。活動記録を渡してください」

「うん」


 毒気の抜けたアラサー女史はとぼとぼ歩き、デスクの引き出しに手をかけた。


「これ、頼んだ、ぞ……」

「はい、確認しました。じゃあ、私はこれで」


 腫れ物相手では、佐々木といえど絡みたくないらしい。渋柿を口にねじ込まれた表情とはこのことか。

 可及的速やかに撤退を試みて、最早不審者の捜索を中止してしまう。


「ではな、瑠奈。困り事があれば、ちゃんと相談するように」

「またね」


 佐々木はどこか落ち着かない様子で、逃げるように去っていった。

 友人の姿が見えなくなるまで見送り、綾森さんはドアを閉める。


「とんだ逃げ足、披露しやがって。ったく、どっちが犯人か分からないもんだぜ」


 負けフラグのようなセリフを吐きながら、小心者がひょっこりはん。


「どうにか切り抜けられて良かったわ。先生、ありがとうございます」

「はは、構わん構わん……可愛い生徒のためだろう」


 放心状態の茨先生、あんたは立派な養護教諭だよ。


「毎日、お姉さんはめっぽう若いと褒め称えよ。美人教師と崇めたまえ。高身長イケメン億り人紹介してくれ」

「ダメだ、こいつ……元々手遅れだ」


 俺は早々に先方のケアを諦めた。切り替え大事、仕方ないね。


「この学校、風紀委員の見回りがしっかり機能してる。おかげで悪事が栄えた例なし」

「祥子は真面目な子よ、その熱心な活動が最大の障害になるなんて。他人から見れば、わたしたちの行動は褒められたものじゃないかもしれない」

「今回は誤魔化せたけど、いずれバレそう。佐々木、綾森さんに対して意識が強いから」


 これが親友関係のなせる業ってやつか。

 ベストフレンドも真の友情とやらも、きっと俺には辿り着けない領域。

 学校で添い寝という怪しげムーブを長時間行うのはリスクが高いか。場所を変える? 漫画喫茶、ホテルで休憩(健全)、他に邪魔者が介入して来ないスポットは――


「決めたわ。牡羊君、うちに来てもらえるかしら?」

「オーケー。確かに無難な選択だ」


 奇策を弄するならば、コテージを予約する。なんか最近、キャンプ流行ってるし。

 …………

 ……


「え、何だって?」


 図らずも、ラブコメ主人公リスペクト。


「わたしの自宅って言ったの」

「あ、綾森さんの実家ですかい!?」


 思わず、動揺しちゃったばい。


「君の都合が良ければ、こちらは問題ないわ」

「都合は良い。問題もない。けど、」

「けど?」


 小首をきょとんとさせた、美少女。とても美少女。

 待ち人に見つめられる中、俺は悶々とした感情を吐露していく。


「クラスメイトに学園のアイドルの家に行ったこと噂されたら、恥ずかしいし……」

「……ふふっ」


 綾森さんがパチクリ瞬くや、相好を崩した。


「牡羊君の時々女子みたいな口ぶり、面白いわ」

「誰にでも乙女心はあるんだよ! 女性目線で考えないと、すぐセクハラだって騒がれる時代なんですよ!」

「そうね、あなたに乙女心がないと悩みに共感してもらえなかった」

「いや、そこは推しの問題ゆえ推し量れます」


 そして、マジ顔である。


「メリーはこんなにも強いのに、肝心のメアときたら」


 と言いかけて、首を振ったVの中の人。


「男子を家に招く方が恥ずかしいから、わたしの勝ちじゃない?」

「じゃあ、しょうがない。敗者は大人しく付いていくか」

「私生活をあまり覗かれたくないけど、安眠には代えられないもの」

「お邪魔したら、頑張って半目で過ごします」


 努力が明後日の方角だね。ベクトル変換してもろて。

 安眠グッズを一緒に片付け、保健室を後にしようとした頃合い。

 真っ白に老け――ではなくて、燃え尽きていた養護教諭へ別れを告げる。


「じゃあ先生。残業を辞さない覚悟で、がむしゃらに働いてください。俺たちは、つかの間のホリデーをエンジョイしてきます」

「小僧ぉ……貴様、鬼畜かぁ~。完全週休二日制が妬ましい……っ!」


 社畜の怨霊と化した茨先生が、呪いをまき散らしていく。


「若気の至りとのたまって、淫らに乱れるつもりかぁ~? お姉さんも交ぜてくれぇ~」

「うっ、猛烈に吐き気が! 控えめに言って気持ち悪いので失礼しますっ」


 腹痛が痛いぜ、体調を考慮すれば早退しなければ。

 俺は下駄箱に向かって、風を置き去りに疾駆した!


「休むなら、保健室はここじゃないかしら?」


 推しの申し訳程度なツッコミが、静かな廊下へ吸い込まれていった。

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