第10話 夢喰ナイトメア

「あ、綾森さん!?」

「どうして2回言ったの?」

「そりゃ、大事なことだから」


 もしくは、パート跨ぎみたいな? アイキャッチの相談は後回しでBパートに入ろう。

 俺は、コホンと咳払い一つ。


「綾森さん、俺と自称養護教諭の話をちゃっかり聞いてたの? わざわざ隠れて?」

「ごめんなさい。盗み聞きするつもりじゃ……茨先生がその、向こうで待ってろって」


 バツが悪そうに首肯した、綾森さん。


「いや、全然大丈夫。聞かれても困らないし、諸悪の根源も見当付いてた」


 俺が諸悪の根源へ視線を送ると、先方は涼しい顔を携えて。


「さぷらぁ~いず、大成功!」


 そして、ドヤ顔ダブルピースである。

 ダメだこいつ、もう手遅れだ……俺はひたすらに、天を仰ぐばかり。

 神は我が恩師を見捨てなさった! いざいざ、救い給え!


 ところで、無宗教はどこの神を信仰すればよいかしら? 悪魔を崇拝して、逆説的に神の存在を証明しちゃう? 逆説的に!


「あふん!?」


 俺は、キャスターチェアでくるくる回る白衣の人を廊下へ蹴り出した。慈悲はない。


「あのなんちゃってファッション養護教諭の戯言は信じない方がいいよ。面白おかしく踊らせるのが彼奴の手口ゆえ」

「戯言でも、乗るしかないわ。選択肢が残されてないから、今のわたしには」


 綾森さんが沈痛な面持ちを覗かせ、俺は諸事情ですかと呟く。

 憂いた表情が他者を惹きつける魅力に満ちている。これがクール系アイドルの所以か。


「とりあえず、座ってどうぞ」

「うん」


 保健室の主無き作業デスクを挟んで、向かい合った両者。


「……」

「……」


 あぁ、非モテで非リア充な俺には荷が重い案件だと悟っていく。

 学校で一番可愛い女子と何を喋れば良いのか分からへん。自分、コミュ障やで。

 恨めしや、文科省。あれほどコミュ力を義務教育にしろと言ったのに、このザマである。


 若者の深刻なボキャブラリー不足っ! 他愛もない雑談トーク離れっ!

 俺は悪くねえっ! 全て、総じてすべからく、国の怠慢が産んだ悲劇なり!

 言い訳だけはペラペラと、心理描写で語っちゃうなぁーと思いました。


 社会も会社も一度入ってしまえば、後は人付き合いが達者な明るいコミュ王が勝つ。うぇーいは嫌いだけど、すごウェーイ。

 厳然たる事実に気づき、将来へ憂鬱しか感じない俺に助け船が出された。


「牡羊君。わたしがここに来た理由とか、頼みたいお願いを聞いてくれる?」

「お、おーけー」


 人見知りは発想が貧相だから、話題を生み出す力に乏しい可能性あり。悲しいね。

 とはいえ、相手の質問に上手く返事ができなくてよく凹む。想像力が足りないよ。

 ふうと胸に手を当てた、綾森さん。告白よろしく慎重かつ大胆に口火を切っていく。


「……最近、不眠症で悩んでるの。原因はいろいろ、ストレスとか疲労だと思う。茨先生は生徒のことよく見てるから、わたしを心配して話を聞いてくれたわ」

「単に観察対象にされてるよ。マッドサイエンティックが止まらない」


 俺は真顔で返事をした。


「病院で症状が辛い時にって睡眠薬を処方してもらったの。けど、副作用が強くてあまり頼りたくなくて……その話を先生に相談したら、うってつけの人物を教えてもらったわ」


 綾森さんがちらりと、ごくごく普通な何とやらの様子を窺った。


「それが君。生粋の安眠体質を駆使して、睡眠の悩みを抱えた子を全員救ってきた快眠請負人。わたしが今、最も欲しい能力を有しているわ」

「一応、確認。綾森さんはそんな与太話を信じるわけだ? 一緒に寝るだけで不眠症の人もぐっすりできるみたいな? ハハ、恋人の寄り添えば幸福論じゃあるまいし。スーパーで売ってる睡眠の質改善アピール飲料をがぶ飲みで改善するんじゃない?」


 俺は、アメリカ人よろしく両手を広げてみせる。オーバーリアクションだと思った。


 なぜ、おどけた? 俺の個性は説明が面倒この上ないもの。かつて仲が良かった友人に説明しても理解を得られず、無理に実践を試みると築き上げた関係性が瓦解してしまう。


 気付けば、俺は積極的に能力を開示することに抵抗があった。探られるのも億劫さ。

 綾森さんが不眠症で辛いのはなるほど、心中お察しします。

 通院中でしょ? 医者の判断に従いなさい。容量用法を守れば、投薬も悪くない。


 たとえクラスの美少女に頼られても、真っ先に救いの手を伸ばせないのが牡羊獏。

 そりゃモテねーわけですわ。チャンスに生えた後ろ髪を引っ張るかのごとく、ラブコメ主人公を見習え。


 ――可愛い女子を助けるのに理由なんて必要かい? 要るに決まってんだろ、いい加減にホワイトッ!

 俺の気乗りしない態度を察知したのか、綾森さんが机に乗り出すや。


「信じざるを得ない、がわたしの気持ち。だって今朝、実際に体験したもの。牡羊君の隣で無駄と思いながら目を瞑ると――わたし、普通に寝ちゃったじゃない。ふふ、寝落ちで学校を遅刻したのがほんと嬉しかったわ。おかしいでしょ?」


 綾森さんの屈託のない笑みが眩しく、俺の根暗な意識下へ綺羅星が流れ落ちていく。

 小生は、貴女のために全身全霊を以って不眠の対処に臨む所存であります!


「――っ!?」


 恐ろしや、瞬く間に無条件降伏寸前だったぜ。アイドルの異名は伊達にあらず。

 俺はチョロインじゃないので、日本男子の矜持を誇った。


「そ、添い寝とか、クラスメイトに噂されたら恥ずかしいし……」


 女子か。俺の乙女心が申し訳程度に抵抗する。


「普通、わたしが言うセリフじゃない?」

「ごもっとも」


 俺と綾森さんがついぞ共感へ至る。心の距離が一歩半近づいたようで。


「わたしも恥ずかしい、突然クラスの男子に一緒に寝る提案なんて……でも、そんなことより大事なものがあるわ」


 頬を赤く染めるや、小さく吐息をこぼした綾森さん。


「茨先生が言ってた。無償の善意を持つ君は対価を求めないけど、面倒な性格だから人助けをするのに理由を求めるって」

「養護教諭の戯言だな」

「だから、牡羊君がわたしに協力したくなる誘い文句をちゃんと用意してある」

「如何に?」


 自信ありげな綾森さんに、俺はブツを出せと目配せした。

 正直、この段階できちんとお願いされればなし崩し的に協力する流れである。


 毎度アラサー女史の提案に乗るのはすこぶる癪なものの、綾森さんと合法的にイントゥーザフトゥンでキャッキャウフフは非モテ男子の夢の果てなりや。こ、これは医療行為で断じてけっして全然やましい気持ちなど……グヘヘ。お金で買えない価値があるとはこのことか。そうだよ!


 男子サイテー。ちょっと、これだからDTはきもいんですけどぉ~。

 心中、野次馬女子が騒ぎ始めたタイミングにて――

 あぁ、俺はなんて妄言を垂れ流していたのだろう。穴がなければ掘りたい気持ちに陥るほど、先方の誘い文句は決意に満ち溢れていた。


「牡羊君が好きなVtuber・夢喰ナイトメアは――わたしよ」

「……何……だとっ!?」


 突如、予想外の人物が推しの名前を口ずさんだ。


「綾森さんが夢喰ナイトメア……? はは、そんなバカなハハッ」


 図らずも、口から夢の国がネズミーしてしまう。

 ※支離滅裂な言動は仕様です。それくらい動揺してるったらっ。


 餅つけ、いや、落ち着けっ。冷静になれ、牡羊獏。半信半疑は実質引き分けだろ!

 深呼吸がてら、俺は相手の脅威度を上げていく。もはや、単なるお悩み案件にあらず。


「ひょっとして、Vに中の人なんていないって言い張るタイプ? ごめんなさい、配慮せず不躾に」

「いや、中の人はいてオーケー派。自分、プライベートは詮索しない派なんで」

「ありがとう。マナー意識が高いメリーで助かるわ」


 メリー。所謂、リスナー。今、俺たちの共通言語が試される。


「どりーみー!」


 俺が徐にいつもの挨拶を呟けば、綾森さんの意識が切り替わっていく。


「どりーみー、憐れにも独り紛れ込んだメリー。今宵、メアの供物に選ばれて?」


 夢喰ナイトメアと綾森さん、そのシルエットが重なった。


 どうして気付かなかったのだろうか? 真のメリーならば、今朝のやり取りで推しの気配を感じ取れたに違いない。やはり、俺はまだニワカらしい。

 歓喜と悔恨がゴチャゴチャに入り混じるカオスを形成したところ。


「……っ」


 途端、綾森さんがふらりと傾いてひどく青ざめた表情をしてしまう。


「ど、どうしたっ?」

「これが活動休止の正体、よ……わたしがメアになるとすぐ眩暈を起こすの。緊急配信は別に不祥事発覚が原因じゃない……理解してもらえたかしら?」


 少し休めば落ち着くと前置きした、綾森さん。


「君が熱心にメアを布教してくれたのは知ってたわ。ユーザー名・抱き枕バクさん? 恥ずかしいけど、嬉しかったし。クラスメイトに自分の正体を明かす予定はなかったけど、手段を選んでいられない」


 推しは近くにいた。

 近くのギャルが急に布教してきたゆえ、中条高校で候補を絞るのは容易かっただろう。中の人を暴くことは目的じゃないので、俺はその予想を避け続けていたのだが。


「夢喰ナイトメアを復活させたいなら、牡羊君の能力が必要なの。もう決めたわ」


 Vが一リスナーに本人を開示する。それはある意味裏切り行為。

 他のリスナーに対する優越感を煽らせたり、贔屓や猜疑心へ繋がり、ネットの炎が燃え上がる。果ては、今まで皆で耕した配信畑を焦土と化してしまう。


 さりとて、綾森さんはリスクも危険性も重々承知で飲み込んだ。

 全ては、あの場所へ戻るため。メリーが待つ夜会を再び開くために。


「目指すゴールは一緒よ。不眠症が治るまでの間、君をわたしの枕にします。さぁ、添い寝フレンドを始めましょ」


 綾森さんが本気でマジな面持ちで、なかなかどうして愉快である。

 どうしてこうなった? そんなおかしな状況にタイトルを付けるならこうだ。


 ――添い寝で安眠体質がバレた俺、学園のVtuberアイドルに枕営業を迫られました。

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