第3話 椿あかね

 妹は置いてきた。

 ここから先の戦いには、付いてこられないから。

 単にヘアスタイルがなかなか決まらず、今頃洗面台で睨めっこに夢中だ。

 ちょっと待って。セットに時間をかけるのが嫌だからボブカットにしたのでは?


 ――乙女心は複雑なのっ、女性目線で考えてっ、シスコン童貞悔い改たまえ!

 梨央の心ない言葉に傷ついても、授業があれば登校しなければならない。悲しいね。


 駅前の駐輪場に自転車を置いて、駅へ向かった。

 途中、コンビニで昼飯を買っておくのが俺の日課。昼の学食は戦場ゆえ、半端な覚悟では生き残れない。学徒の暴動は令和の時代にも変わらず存在しているのだ……


「一人でニヤニヤしちゃって、エロい考えてたでしょ。セ・ン・パ・イ?」


 脳内でファミチキくださいと囁かれる寸前、自動ドアの前に顔見知りが現れた。


 パッと見、金髪のギャル。ぱっちりな目を瞬かせ、可愛さ余って生意気100倍。

ほんと全然凝視してないけど、シャツのボタンが1つ多めに開いて胸元がチラリズムしたり、スカートが短くて脚長効果が発揮されているなどちっとも気付かないったら。


「あー、椿さん。おはよう」

「何それ、めっちゃ他人行儀じゃん。ウケるんですけど」


 ギャルに絡まれて、委縮しちゃう俺。ヘビに睨まれたカエルげこ。

 椿あかねは、妹の友達。関係性でいえば、特別親しいわけではないのだが。


「妹はまだ来ないよ。鏡の前で自分と戦ってる」

「梨央っち、マジくせ毛パないもんなー。うちは、天然ストレートで助かるし」


 椿さんが、肩までサラサラと伸びたパツキンを指で弄ぶ。


「ふーん、じゃあセンパイと2人かぁ~」


 なぜか、嗜虐的な笑みを漏らしたギャル。

 俺が恐る恐る後ずされば、一瞬で間合いを詰められてしまう。


「梨央っちはほっといて、うちと同伴登校キメちゃいましょ。それとも、学校サボって楽しい場所行っちゃいます?」

「ど、どどどどういうことだってばよ?」


 するりと腕を組まれ、柔らかい感触と香水の匂いが鼻孔をくすぐった。

 距離感がバグっており、まるでDTのような反応を披露しちゃう。生粋のDTだった。

 結果として、椿さんが盛大に噴き出していく。


「ぷっ、アハハ! センパイ、顔赤すぎ! テンパりすぎなんですけどっ。まあ、その素直な反応嫌いじゃないし」

「クッ。そ、そいやっ。昨日の配信見た!? 俺、めちゃくちゃ凹んで6時間しか眠れなかった」

「普段のうちよりめっちゃ寝てんじゃん。てか、配信って何かあったん?」


 首を傾げて口をすぼめたギャル、悔しいが可愛さ爆盛り。


「……何、だと……?」


 開いた口が塞がらない。大胆不敵に耳元で囁くレベル。いや、どっち?


「夢喰ナイトメアの活動停止。日々のささやかな楽しみを奪われ、超ショック」


 何を隠そう。

 俺にVtuber・夢喰ナイトメアを布教したのは、椿あかねである。

 意外極まりないけど、中の人と知り合いらしい。Vのプライベートを詮索するつもりはないので、正体に詳しく迫ったことはないのだが。

 当のギャルがフクロウよろしく首を傾げたところ。


「あぁっ! あのブイチューバーね。もち把握しまくり。いやー、ガチビビったわ~」

「完全に見てない奴の反応だ」

「うちは信者になりそうなチョロいセンパイを、沼に落とすのが役目だし。多大な貢献、半端ないっしょ」

「ファンって言いなさい。せめて、リスナー」


 誘われた方が好きになるパティーン、入りました。

 ニヤッと笑った椿さんに、俺は思わずドキッとしてしまう。

 まさか、オタクに優しいギャルか? 実在したというのかぁーっ!?


「妄想垂れ流し、マジウケるし。セ・ン・パ・イ」

「……もうすぐ梨央が走って来る。妹をよろしく」


 スッと現実に引き戻された、俺。引き締まった表情を添えて。

 どうやら、白昼夢を見ていたようだ。そんな午前時を味わったね。

 モーニングジョークはさておき、俺はコンビニでおにぎりを買うのであった。

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