第2話 安眠体質
《1章》
嫌な出来事を思い出す夜ほど、人は眠れないものである。
「6時間、か」
俺は、チュンチュンと小鳥のさえずりをアラーム代わりに起床した。
時計を確認すると、時刻は午前6時。
テッペン前にベッドインしたことを考えれば、定説を破りがてらすぐに寝たらしい。
「喪失感より、ぐっすり眠れる体質が今は憎い」
小さなため息を吐いて、俺がかけ布団を払い除ければ。
モゾモゾと怪しげな物体が隣で蠢いていく。
「うにゃぴー。ドーナツの穴はどこへ繋がっているんだッ」
「初手・哲学やめろ。梨央、もう朝だぞ」
小賢しい寝言を弄した愚妹が、同じベッドで丸まっていた。
加えて、着ていたはずのパジャマを脱ぎ散らかすや、惜しげもなくスポーツブラをご開帳。健康的な大腿部が眩しい。うわー、サービスシーン。朝から過激で参っちゃうなぁー。
さりとて、妹の素肌を見てもだからどうした案件。こちとら、コレのパンティーを何度も洗濯して畳んでやっとる立場。逆に解脱しちゃうね、逆に。
姓は牡羊、名は梨央。牡羊梨央と呼ばれる個体を何度も揺らしていく。
「……おはよう、兄者……」
眠気眼を擦りながら、梨央は肢体をう~んと伸ばした。
ついでとばかりに、寝ぐせで爆発したボブカットを手櫛で直していく。
「妹者よ。お前の寝相はどうにかならんのか? 隙あらば脱ぐんじゃない」
パチクリと自分の姿を確認した、梨央。胸元を隠すようなセクシーポーズを添えて。
「およ、朝から兄者をギンギンに興奮させてもうしわけー」
「俺、生意気な妹より美人のおねーちゃん系が好きだから……」
「あたしを無理やりベッドに連れ込んでおいてひどいっ。童貞のくせに!」
「童貞が女子をベッドに誘えるわけないだろ。童貞だけど」
悲しい現実を直視すれば、妹が納得したようで。
「確かに! いやー、昨日、部活きつかったからさー。現代人は忙しくて、毎日8時間寝るなんてどだい無理だもん。けれど体力、全快って感じ? 流石、獏の安眠体質は伊達じゃない」
「妹の抱き枕にされる程度の体質、どこの病院に行けば治るのやら」
「ホントはぷりちーなあたしと添い寝できて嬉しいくせに。この、このぉ~」
梨央のドヤ顔に、内心イラっとしたぞ。
床に落ちていたパジャマを拾い上げ、俺は親愛なる妹へ投げつけた。
「朝食用意しとくから、お前はちゃんと着替えとけ」
「ガッテン、兄者。我、フレンチトーストを所望する!」
「……検討するかどうか、協議するわ」
自室を先に出て、リビングへ向かった俺。
平日の朝に、わざわざフレンチトーストなんて面倒だ。ごめん被りたいな。
「まあ、冷蔵庫に仕込んであるんですけどね」
ワガママな梨央がごねる方が面倒ゆえ、昨晩にタネ作りを済ませていた。
温めたフライパンにバターを引いて、卵と牛乳に浸した食パンを焼いていく。ジュージューと甘い香りが漂うと、花の蜜に誘われた虫のごとき存在が姿を現した。
「必要なのは、カフェオレ、ハチミツ、生クリーム、ヨーグルト、コーンフレーク、ドライフルーツ。40秒で支度しなっ」
「注文が多いな、3分間待ってみろ。ここはスイーツランドじゃないんだぞ」
「あたしは食べ盛りで花のJKなの! さぁ、手を動かしたまえ」
「こいつ……っ!」
テーブルに座れば優雅に足を組んだ、梨央。
一体、生意気の権化をどう料理してやろうか。今夜の献立が楽しみで仕方ないね。
冗談は半分さておき、俺は完成したフレンチトーストを運んでやる。
焦げ目が良き塩梅。ふわふわに焼けた生地が黄金色に輝いている。
梨央が料理評論家よろしく、うむと腕を組んでいた。途端。
「美味しそうっ。やるじゃん、獏! 流石、我が兄者を自称するだけのことはある」
そして、舌ペロである。
「積極的には名乗りたくないけどな。両親が同じで、先に生まれた結果さ」
「またまた照れちゃってぇ~。いつも可愛い妹と一緒に寝たいって必死なくせにぃ~」
「仕様だよ、仕様! 誰がこんな体質を望んだ!? 誰も頼んでねーぞっ!」
図らずも、声を大にして叫んでしまった。
俺――牡羊獏は、極めて平凡な人間である。
しかし、1つだけ他人と違う特徴を持っていた。よく言えば能力、悪く言えば病気。
それが、睡眠ホルモン・メラトニンを大量分泌する体質。
おかげで、どれだけ辛いことがあってもぐっすり寝てしまう。眠りすぎてしまう。一人で寝ると睡眠時間が長くなり、全く起きられなくなる始末。じゃあ、分け与えよう。
派生効果として、添い寝相手に安眠を提供できる。つまり、快眠のおすそ分けだ。
他人に説明しても理解されず、実践する機会も乏しい面倒この上ない個性である。
ゆえに、俺は高校生になっても生意気な妹とベッドイン(健全)の仲なのだ。
「ほんと、兄者の安眠体質は不思議じゃなー。あたしはスッキリ目覚めて助かるけど」
「添い寝か、遅刻か。全く、他の選択肢も用意してくれ」
ガックシと肩を落とした、俺。
時計を確認すると、すでに7時を回っていた。
いくら早起きしても、朝のダラダラ加減で遅刻の魔の手に脅かされる。
「食ったら、食器は片付けなさいよ」
「はーい、ママー」
「誰がママよっ」
あんたみたいな子、産んだ覚えないわっ! そりゃ、そうでしょ!
認知しないツッコミを入れつつ、俺は自分の身支度を済ませるのであった。
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