添い寝で安眠体質がバレた俺、学園のVtuberアイドルに枕営業を迫られました。

金魚鉢

第1話 緊急配信

《プロローグ》

 ――【緊急配信】夢喰ナイトメア、活動休止のお知らせ。

 YouTubeのサムネイルに表示された文言に、俺はそんなバカなと独り言ちてしまう。


 元々、Vtuberというコンテンツに興味はなかった。

 知り合いが絶対見ろと布教するので、一度くらい冷やかしてやるかと思った次第。

 ……ふーん……へー、面白ぇーじゃん。チャンネル登録っと。


 ゲーム配信やASMRを中心に活動するVtuber・夢喰ナイトメア。

 その人のファンになって約半年。

 次の配信は、俺が小学生の頃にやり込んだゲームの視聴者参加型形式のはず、だった。


 無意識ながら、サムネをクリック。

 ファンシーなベッドルームを背景に、デフォルメされた死神のパジャマを着た銀髪美少女のアバターが現れる。赤と青のオッドアイが瞬くや、怪しい光を灯した。


『どりーみー、さまよえるメリーたち。メアに悪夢を捧げる集いへようこそ』

 定形文の挨拶に、リスナー・メリーが反応していく。


 ・どりーみー!

 ・緊急と聞いて。

 ・メア様、うせやろ。

 ・活動休止ってマジ?


『今宵の催しは、メリーたちと闇のゲームに興じる予定だったけど……ごめん。ちょっと中止にさせてちょうだい』


 画面に映った夢喰ナイトメアが、申し訳なさそうに下を向いた。

 近頃のモデリングは感情表現豊かである。科学の力ってすげー。

 触りの雑談内容なんて、ほとんど入ってこない。まさかここまで動揺するとは、本当に好きだったらしい。他人事のように言うな、当事者意識を持て。


 気付けば、今日の本題に突入していた。


『タイトルに書いたけど、メアは少し現世を謳歌しすぎたみたい。しばらくの間、宵闇に浸らないとこっちでの存在が保てなくなっちゃった』


 銀髪美少女にノイズが走るや、一瞬消えかかった。

 夢喰ナイトメアは、人間の夢を己の糧とする夢魔。


 YouTubeの活動を介して、嗜好品たる人々の悪夢を食らうのが目的。他者の思い出やキラキラした夢は控えめに言ってゲロマズゆえ、けっして口にしないらしい。陰キャかい?


 配信が終わる頃、さまよえるメリーたちはスッキリ元気になって帰巣していく。

 メリーたちを愚かな供物と嘯きつつ、質問コーナーや悩み相談を頻繁に行うツンデレ夢魔だ。あくまで本人曰く、悪夢の質をチェックしているとか。


『……ほんとは毎晩、メリーたちと戯れに興じたかった……ままならないものね』


 ・メア様が泣いておられる。これが悪夢か。

 ・寝られない夜が続くってコト?

 ・調子悪いなら、毎秒休んで。

 ・ワイのルーティーンが……消えた?


『ごめん、みんな。せっかく来てくれたのに、少し疲れが溜まっちゃったみたい。ふふ、悪夢の食べすぎでお腹壊しちゃったかな? これが夢魔の不養生ってやつだね』


 ・お労しや、メア上……

 ・お前らがろくでもなくて、悪夢が腐ってたのか。

 ・↑鏡見ろ、定期。

 ・ワイの生きがいが……消えた?


 ふざけたコメントが多いものの、ほとんどは推しを心配するものばかり。


『夜の帳が下りると共にお開きよ。次の集いはきっと、月夜が知らせてくれるでしょう』


 メア様が切なげに目を伏せた。

 閉幕と言わんばかりに、画面の端からカーテンが垂れ下がっていく。


 ・行かないで、メア様ぁぁあああっ!

 ・必ず、元気になるんやで?

 ・おじさんの隣なら、いつでも空いてますぞ。

 ・ワイの霊圧が……消えた?


『メリーたちの悪夢はメアに捧げる約束よ。枕を洗って待ってなさい――』

 そう言い残すや、夢喰ナイトメアの配信が終了した。


 ・然り! 承知! かしこま!

 ・本当に帰って来いよ。絶対だかんな!

 ・ククク、美しき夢魔よ。次の満月に邂逅せん。

 ・ワイの推しが……消えた?


 主役なきコメント欄にて、怒涛の勢いで書き込みが続く。

 俺も何か主張したいものの、全く指が働かなかった。


「好きなVが離れるのって、想像以上にショックなんやって」


 ぽっかりと心に大きな穴が開いてしまったようだ。この機会に深淵を覗こう。

流れ作業でパソコンの電源を落とし、俺はふらふらと夜風に当たっていた。

 最後に、ワイへ一言。あ、俺じゃなくて別のリスナーね。

 消えた消えた詐欺のワイ、しぶといッピ! さっさと成仏してもろて。

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