賞味期限が三週間切れていたヨーグルトを食べてもお腹を壊さなかった私が、ある料理でお腹を壊した話

黒星★チーコ

◆二度と食べたくない料理の話


 遠い昔、私が実家暮らしだった頃の話だ。


 合宿免許から帰って来た私はとてもお腹がすいていた。家に帰るなり冷蔵庫を漁る。調理せずすぐ食べられる物を選んでいて、大きい紙箱のプレーンヨーグルトを見つけた。


 実家はヨーグルトを常備しているが、念のため遠くにいた母に声をかける。


「お母さーん、ヨーグルト食べていいー?」

「いいわよー」


 ヨーグルトは同じものが2パックあって、手前のは開封済みだった。当然そちらを消費する。箱の中身を全て器に移し、はちみつをトロリとかけて食べた。


 ……うまい。涙が出るほどうまい。


 私はヨーグルトを味わい、かつ、凄いスピードで貪り食った。食べ終わったところに母が戻ってくる。


「あんた、古いほう食べなかったでしょうね?」

「えっ」


 そこで初めて私は紙箱の賞味期限を見た。

 なんと言うことだ。賞味期限は三週間も前だった。

 そういえば私が合宿免許に行く前に、既に開封済みで賞味期限の切れたヨーグルトがあった。あれがそのまま二週間以上冷蔵庫に鎮座していたということか。


 ……信じられない! 大の大人が二人(しかも一人は専業主婦)もいる家で二週間以上もの間、開封済みで賞味期限の切れた食べ物を放置し続けることなどあるものだろうか!!




 ……まあ、本作のタイトルを見れば、これはプロローグということはおわかりになろう。結果、私はそのヨーグルトではお腹を壊さなかった。翌日、安堵すると同時にじわりと恐怖がよみがえった。

 何故なら。私はその出来事のちょっと前にお腹を壊したからだ。




 私はドンくさい。運転免許など取りたくても取れないだろうと思っていた。

 しかし当時の実家は結構な山の上にあり、車がないと不便だった。父はそこを気に入っていて運転免許を持たないくせに一生山の上に住むつもりだったらしい。

 今は良いが母が老いてきて運転できなくなったらどうするつもりなのか。私の弟二人は家を出ている。

 ……私が運転する他ない。と思った。


 すぐ近所に自動車教習所はあったが、そこは人気過ぎて予約が取れないことで有名だ。良くて一週間に1コマ、悪いと半月に一度しか教習予約が取れないらしい。もともとドンくさい私が一週間に一度しか車に乗れなければその間に感覚を忘れてしまい、一生かかっても免許取得など無理だろう。


 ちょうどその時の私は社畜生活で身体を壊し入院して退職した後、身体もだいぶ良くなった頃だった。つまり、無職である。

 これは合宿免許にうってつけではないか。


 インターネットで合宿免許を探してみると、静岡県の自然豊かな中にある教習所の手作り感満載なホームページが出てきた。

 安い。近所の自動車教習所に通うより安いくらいだ。しかも仮免のテストや卒業試験に失敗して最短で卒業できなくても延長料金は取られないと書いてある。ドンくさいから最短で卒業できる自信がなかった身にはとてもありがたい。私はそこに行くことに決めた。


 私は浅はかだった。主に二点。


 一点めは、延長料金無料を謳っている事だ。

 合宿免許だ。衣食住の内、住と食も最初に支払った料金に含まれているのだ。延長されれば教習所としてはそこの経費がかさむではないか。そのカラクリに気づくべきだった。


 もう一点。合宿免許に行くと言ったら、知人に「貴重品は最小限にしろ。盗まれるから」と言われたのだ。それを鵜呑みにして現金を少ししか持っていかなかった。まあ、銀行のキャッシュカードはあるから現地で引き出せるし……と考えていた。


 ※当時はまだGoogleが台頭する前ではなかったか。出ていたとしてもGoogleマップはなかった。今ならマップで見て、そこの自然が豊かすぎてキャッシュカードなど何の役にも立たないと気づけたのだが。


 さて、提供された食と住のうち、住はペンションだった。

 自然豊かな教習所から、さらに車で30分ほど山奥の……ハッキリ言うと、もう富士山の二合目くらいは登ってるよね? って所まで連れていかれ、まだうすら寒く、オフシーズンで他にお客はおらず教習所と格安で契約してるんだろうなと予想されるペンションにお世話になった。


 でも実はそんなに悪いところではなかった。ちゃんと鍵もかかるしTVもあるし朝御飯も少な目だが温かいものを出してくれたから居心地は悪くなかった。ただ、周りに森以外は何もないのと、教習所から離れているので忘れ物をしても簡単には取りに行けないのが不便だな、程度のものだ。


 問題は食のほうだった。

 教習所の周りにも、殆ど店がなかった。コンビニが一軒、ちょっと高そうな焼肉屋が一軒、そして中華料理屋が一軒。

 中華料理屋が教習所と提携していて昼と夜はそこで食べることになっていた。


 その店が凄まじかった。

 初めてその店に入った時、私は「うへっ」と思った。厨房が丸見えだ。あまり期待できない店だと思う。さらに悪いのはとてつもなく汚い。

 換気扇や壁には黒くベッタリと油汚れが纏わりついていて、年単位で掃除をしていないのがわかる。白いまな板も茶色く薄汚れていた。酸化した油なのかもっと悪いものが原因なのかはわからないが、店内には嫌な臭いがした。


「合宿免許の人だろ? 日替わりメニューだから」


 これまた、とてつもなく汚れたコック服と帽子を身につけ、鼻毛が出ている中年の店主が明るく言った。

 この時の私は推察する力が足りなかった。店に入るなり教習所の生徒だと見抜かれ、食券などもなく、勿論お金を払わないのに料理が提供されるのだ。フラっときた見知らぬ人がタダ飯を食うような詐欺を働いてもバレそうにない。


 ……つまり、タダ飯でも食べたくないほどマズイ料理だったのだ。


 出されたのはキャベツと肉炒め定食か何かだった。

 油まみれで塩味は控えめな変わりに化学調味料はそこそこ入れている。そこまではいい。

 何故、何故? 苦味と臭みと酸味があるんだ。ドブ水で炒めたのか? 理解できない。

 だがもっと理解できないのは店主だった。お日様のようなニッコニコの笑顔で私にこう言ってきた。


「どうだ? 旨いだろ!」

「……ぁ、はぃ……」


 内心ではバーン! とちゃぶ台返しをしたくなるほどだったが、まだ当時は若く、他人の反応に敏感だった私は店主の笑顔を見て否定できなくなり、その料理を無理をして詰め込んだ。半分以上は食べたと思う。

 食べながら(なんでそんなに自信があるんだよ。せめてまな板の除菌と服の洗濯と鼻毛の処理をしろよ!)と心の中で文句を吐いてはいたが。


「ご馳走さまでした」

「おう、少食なんだな」


 店主は何の疑問も持たずにそう言った。いいえ私はめっちゃ食べます。美味しい料理ならご飯二回おかわりしますよ! とは言えなかった。


 そして翌日。私はお腹を壊した。

 教習のない空き時間はトイレと自習室の往復だった。

 やっと落ち着いてから、私は母に電話をした。

 因みに母は、子供達が家を出てから暇をもて余して料理教室に通ったので、今では私と同じか私より料理が上手い。だが当時は料理が下手だった。レシピや手順を守らないアレンジャーだったのだ。


「ううっ、お母さん、今までごめんなさい……」

「えっ? 何、どうしたの!?」


 後に聞いたところによると、合宿免許に行った娘が半泣きで電話をかけてきたので母はただならぬ事が起きたのでは、と焦ったそうだ。


「お母さん、お母さんの料理がマズイって言って……わたし、本当にマズイ料理を知らないだけだったー! うわーん!!」


 母は電話の向こうで大変拍子抜けしたらしい。




 さて、この中華料理屋、自信満々なくせにいつ行っても合宿免許の生徒しかお客が居なかった。いや、生徒すら一回行ったきり二度と行かずにコンビニでご飯を買って食べている人もいた。

 一度だけ、中華料理屋が休みなのでコンビニの500円買い物券を渡された時は、生徒全員が喜びを隠していなかった。その日は天国だった。


 私もコンビニで買い食いをしたかったが手持ちが少なく、ATMも近くになかった為その店で食事をするしかなかった。できるだけペンションの朝食と、定食のご飯とスープで腹を膨らました。


 そんなわけで、最初は「最短で卒業できるわけない。のんびりやろう」と考えていた私は一日でも早く帰りたくてめちゃくちゃ頑張った。空き時間はとにかく自習室で過去問を解いたし、実技は集中しまくった。


 なお、当時の実家の車はマニュアルで、マニュアルコースを受講した女は私だけ。教官にもオートマに変えないかと言われたが家の車に乗れないと話したら「今時マニュアルなのか! そりゃあいい!」と教官が熱心に教えてくださった。


 教習所は受付の人も教官も皆良い人だった。食事の問題と、ちょっぴり不便な場所だと言うことを除けば良い教習所だったよ。まあマイナス点がデカすぎて他人にはお薦めできなかったけれど。

 教官も「あの中華屋は金貰っても食いたくない」と笑い、昼御飯は車に乗って遠方に食べに行っていた。笑い事じゃないよ。


 良い教官と、中華料理屋での拷問(ひどい料理を食べさせられながら、笑顔で「旨いか?」と聞かれる)のお陰で私は無事、最短日程で卒業できた。同期で延長になった子は泣いていた。

 あと、二週間あまりで私の体重は2キロ減っていた。そりゃそうだ。


 教習所の最寄り駅は一時間に一本電車が有るか無いかという所だったので、帰宅時は大きな駅まで送迎して貰えた。そこでやっと私のキャッシュカードはただのプラスチック片から意味のあるものに変化し、私はATMから下ろしたお金で駅弁を買った。

 駅弁は特に名物とかでは無かったが、極上の料理のように美味しく感じた。




 ただ、駅弁だけでは腹いっぱいにならず、私は帰宅するなり冷蔵庫を漁ったのだ。そして冒頭に戻る。


「なんでヨーグルトが古いってわかってるのに捨てないで置いとくのよ!!」

「そんなの確認しないで食べる方が悪いわよ!」


 私は、電話で泣きながら謝ったことなど忘れたかのように母親を怒鳴りつけ、マジの喧嘩をしたのだった。



--------------------------------------


※今Googleストリートビューで調べてみたら、教習所は更地になっていました。

中華料理屋はインドカレー屋になっていました。

いつからかはわかりませんがカレー屋になってからそれなりに経っていそうです。あと、店内の写真を見たらとっても綺麗に改装されて、インド人の女性が映っていたので、多分店主は変わったのかもしれません。


※こんなに苦労して取った運転免許でしたが、3ヶ月もしない内に運転の上手い弟が実家に戻ってきて、代わりに私が家を出たのでただの身分証になりました。今では立派なペーパーゴールド免許持ちです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

賞味期限が三週間切れていたヨーグルトを食べてもお腹を壊さなかった私が、ある料理でお腹を壊した話 黒星★チーコ @krbsc-k

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ