露(男女用台本)

誰かのぽっぽちゃん

番外編

蝴蝶:「お初にお目にかかります、蝴蝶(フーティエ)と申します。今晩のお相手よろしくお願いいたします。」

客の男:「顔を上げよ。」

蝴蝶:「はい。」

客の男:「さぁ、来い。隣に座れ。蝴蝶(フーティエ)。」

蝴蝶:「かしこまりました。」

客の男:「近くで見るのさらに美しい貌(かお)をしているな。」

蝴蝶:「ありがとうございます。」

蝴蝶:僕の元に来た客は腹の肥やした、かつて姉と慕った白鈴(パイリン)が相手をした男と同じ容姿をした客だった。

客の男:「ふむ。物思いにふけるなど、さほど余裕があると見える。」

蝴蝶:「申し訳ございません。」

客の男:「いや、構わん。儂を楽しませてくれるなら、余裕ぶっても良いぞ。」

蝴蝶:「かしこまりました。高順(ガオジュン)様。高順(ガオジュン)様を楽しませられるよう、全霊を尽くさせていただきます。」

高順:「それにしても、蝴蝶(フーティエ)。お前はこの上海(シャンハイ)の掃き溜めの中で、唯一信じられる貌(かお)だ。」

蝴蝶:「名を変えられておりますが、高順(ガオジュン)様、いえ、クドウ様。この国の言葉がかなりお上手なようで、感激いたします。」

高順:「それは私をバカにした言葉か。」

蝴蝶:「いえ、他意はございません。ただ、そう思った迄(まで)でございます。」

高順:「ふむ。」

蝴蝶:「……」

高順:「気が変わった。別のものを呼んでこい。お前はまた明日(あす)、相手してやろう。さっさと呼んでこい。」

蝴蝶:「かしこまりました。」

蝴蝶:僕の発言で気を悪くさせてしまったのだろう。けど、僕をこの妓楼(ぎろう)に売られた理由を作ったのは日本人だ。

僕は日本人が嫌い。

蝴蝶:「ま、言いたいこと言えたし、いっか。別に明日きちんと相手すればいいんだし。その時は業務的にしないとね。白鈴(パイリン)姉さんから怒られちゃうよ。クスッ」

高順:部屋の隙間から蝴蝶(フーティエ)の笑う顔が見えた。気に食わないが、まぁいいだろう。別に蝴蝶(フーティエ)が目当てでは無いからな。あのガキを呼んでくれたらそれでいい。


──────────────────────


蝴蝶:「雪(シュエ)、あ、えっと、梨花(リファ)、ごめんけど僕の代わりに高順(ガオジュン)様のところに行ってきてくれる?」

梨花:「いいよー!ちょっとまっててね、こうもあろうかと準備してたところなの。あと紅(べに)引いたら終わりだから待ってて!ほら、急いで雛達。」

蝴蝶:いつも思うが、梨花(リファ)は用意周到だ。多少のことで驚かない僕がびっくりするほどだ。

梨花:「できたよー!」

蝴蝶:「ありがとう。部屋まで案内するから、ほら行くよ。」

梨花:「わかったー!」


──────────────────────


蝴蝶:「高順(ガオジュン)様、いや、クドウ様は随分羽振りがいいらしくてね、多分僕よりも梨花(リファ)に金を貢ぐと思う。だけど気をつけて、あいつはアヘンを横流ししてるって噂もたってる。あと、変な薬とかもそうらしい。間違っても、奴から出された飲み物とか食べ物とかは飲んだり食べたりしないようにしなね。」

梨花:「わかった。気をつけるよ。にしても、その噂、結構広まってるけどホントなのかな?僕にはいいおじさんにしか見えないけど。」

蝴蝶:「人は見かけによらない。だってアイツ、名前はこの国の名前だけど、本当は日本人だからね。僕らをこの妓楼(ぎろう)に売るきっかけを作った人種。反吐(へど)が出るほど嫌いだ。」

梨花:「まぁまぁまぁ、そう言いなさんな。でも、そいつを相手にするのは嫌だな。今日は歌と舞いだけで許してもらおうかな。」

蝴蝶:「さすがに難しいんじゃない?梨花(リファ)を呼べって言ったあの目、多分、今日は閨事(ねやごと)をするつもりじゃない?そうじゃなきゃ大金積んで僕を指名したりしないさ。はなからお前を呼ぶつもりだったんだよ。ホント気色悪い男だね。」

梨花:「蝴蝶(フーティエ)姉さん結構言うじゃん笑」

蝴蝶:「そりゃそうでしょ。魂胆が見えてる時点で気色悪いのこの上ないさ。」

梨花:「ま、そうだね。クドウか。相手にするの面倒くさそうだな。」

蝴蝶:「そう言いなさんな。今晩我慢すれば、明日は僕が絶対に相手をする。約束するよ。」

梨花:「そうだね。キモイけど今日は頑張るよ。あ、そろそろ着きそうだね。行ってくるよ。またね!」

蝴蝶:「うん、またね!」


──────────────────────


蝴蝶:「さて、暇になってしまったな、してどうしたものか。とりあえず自室に戻ろう。」

婆:「お前、なぜここにいる?高順(ガオジュン)様の相手はどうした。」

蝴蝶:「気が変わったそうで、梨花(リファ)と交代しました。」

婆:「そうか、やはり白鈴(パイリン)がいなくなったのが痛いな。あの人は白鈴(パイリン)に大金をはたいてくれていたからね。かなりの痛手だよ。」

蝴蝶:「そうなんですね。」

婆:「失ったからには、お前たちに頑張ってもらわなくちゃならない。どうせお前のことだ。ニホン人とわかって冷たい態度を示したのだろう。

はぁ…本当に困った子だよ。仕方あるまい、今晩はニホン人の客が多い。ひとり新しく来た客がいる。その相手をしろ、蝴蝶(フーティエ)。いいね?わかったかい?」

蝴蝶:「かしこまりました。婆。して、今晩僕が相手をする方はなんという方ですか?」

婆:「オイカワ様という方だ。オイカワ様が来てからもう5分も待たせている。本当は梨花(リファ)を指名したが、高順(ガオジュン)様が指名してしまった以上変えられない。お前が変わりに行ってこい。」

蝴蝶:日本人の相手をするとは嫌だ。しかし、客を待たせてしまってはこの妓楼(ぎろう)の評判がさがってしまう。仕方あるまい。行こう。

婆:「?聞いていたか?」

蝴蝶:「かしこまりました。婆。行ってまいります。」

婆:「それでいい。お前はお前の使命を果たしてこい。いいね?」

蝴蝶:「かしこまりました。」


────────────────────


蝴蝶:「お待たせいたしました。お初にお目にかかります。蝴蝶(フーティエ)と申します。今晩のお相手、よろしくおねがいいたします。」

オイカワ:「ん?蝴蝶(フーティエ)?君を指名した覚えは無いのだが……」

蝴蝶:「申し訳ございません。只今、梨花(リファ)は、今別のお客様をお相手しておりまして、代わりに私(わたくし)、蝴蝶(フーティエ)がオイカワ様のお相手をすることになりました。」

オイカワ:「そうか、わかった。今晩は君の夜の相手をするとしよう。さぁ、横に座って。君の貌(かお)をよく見せて。」

蝴蝶:あぁ、この男もあの男同じように僕の露を欲しがっているのか。

蝴蝶:「失礼いたします。」

オイカワ:「ほぅ、なんと綺麗な貌(かお)をしているね。まるで白い蝴蝶(こちょう)の花のようだ。美しい。」

蝴蝶:「ありがたきお言葉、感謝いたします。」

オイカワ:「さて、蝴蝶(フーティエ)。君にお願いがある。」

蝴蝶:あぁ、閨事(ねやごと)のことか。

蝴蝶:「なんなりと。」

オイカワ:「君の舞がみたい。見せてくれるかい?」

蝴蝶:「はい?今なんと?」

オイカワ:「君の舞を見せて欲しいんだ。いいかな?」

蝴蝶:「かしこまりました。そこの雛、あの布を持ってきてくれる?」

蝴蝶:その場にいた雛にお願いして、煌びやかな布をとってきてもらった。

蝴蝶:「それではオイカワ様。拙(つたな)いですが、始めさせていただきます。」

蝴蝶:無音の中、僕はこの日本人の目の前で、自らの舞を見せた。

オイカワ:「……月と相まって綺麗だ。素晴らしい。」

蝴蝶:舞っている間、そんな声が聞こえた。

舞い終わり、男の顔を見た。

蝴蝶:「あっ、」

蝴蝶:その男は僕が幼い頃、白鈴(パイリン)姉さんが舞を踊ってた頃に男たちがみせていた貌(かお)をしていた。

オイカワ:「美しい。さぁ、疲れただろう。隣においで。」

蝴蝶:そう手招きされ、僕は男の隣に座った。

オイカワ:「素晴らしく美しかった。ありがとう、蝴蝶(フーティエ)。舞はここまでにしておこう。話を聞いてくれるか?」

蝴蝶:「よろしいですが、私は蝶であり、花でもあります。閨事(ねやごと)をしなくてもよろしいのですか?」

オイカワ:「君はっきりと言うんだね笑」

蝴蝶:「なにか気に触ってしまったようなら謝ります。」

オイカワ:「いや、いいよ。そのはっきりとした物いい。気に入ったよ。今晩は閨事(ねやごと)はしない。そうだな、君がいいと言うまでしないでおこう。」

蝴蝶:「よろしいのですか?」

オイカワ:「あぁ。いいよ。」

蝴蝶:「そうですか。」

オイカワ:「んー、そうだな、ひとつ言えば君に一目惚れしたかな?」

蝴蝶:「はい!?」

オイカワ:「はははっ!そんな顔をしなくてもいいだろうに。もう1回言うね。一目惚れしたんだ。だから、君の心を射止めるために手を出さないでおくよ。んー、そうだな、今日はここらで帰るとしよう。蝴蝶(フーティエ)、また明日(あす)の晩、会おう。」

蝴蝶:「……」

オイカワ:「どうしたんだい?蝴蝶(フーティエ)?」

蝴蝶:「いえ、なんでもございません。明日(あす)の晩、また会いましょう。お待ちしております。」

オイカワ:「あぁ、君に会えることを楽しみにしておくよ。」


────────────────────


蝴蝶:「なんと変な人なんだろう。この僕に惚れるだなんて、」

蝴蝶:一目惚れなんて聞いたこと無かった。嬉しいような、嬉しくないような、複雑な気持ちになった。

蝴蝶:「……」

蝴蝶:そう考えていると、急に叫び声が聞こえてきた。

その声の主はわかる。梨花(リファ)だ。早速、閨事(ねやごと)が始まったのだろう。申し訳ないことをした。

あの子の対応次第で、明日(あす)の僕の運命が変わる。

ごめんね、梨花(リファ)。


────────────────────


婆:この妓楼には、高順(ガオジュン)のように掃き溜めにまみれた男も来れば、オイカワのように掃き溜めに染まらぬ男も来る。


婆:「さて、お待たせいたしました、お客様。今晩のお相手をする蝶をご指名くださいませ。」


婆:「ほぅ、この者ですか。かしこまりました。部屋へご案内いたします。そこで暫くお待ちくださいませ。」



蝶:「お初にお目にかかります───」



婆:これは愚かな男どもが花の蜜を露を吸いに来る、淫らで美しい花街の話である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

露(男女用台本) 誰かのぽっぽちゃん @Margarita-0221

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ