05-40.再会
「……すげぇ」
地球の丸さを感じられる程の高度まで上昇した“ワルキューレ・ブレイズ”のコクピットでシャルは声を洩らした。こんな緊迫した状況じゃなければ僕も景色を楽しんでいられるんだろうけど。
「……あれだ!」
宇宙を航行していると言う“ソメイヨシノ”から投下された新型機が格納されているコンテナを視認。想定される高度ギリギリの高さなので慎重に操縦桿を操作して接近を試みる。
左腕を失ってはいるけれどフォトンフィールドで風を避けているので上手く航行する事が出来た。
自然落下をする大きな円柱型のコンテナにある程度近づき、機体をドッキングさせる。コンテナの搭乗橋と“ワルキューレ・ブレイズ”のコクピットを接続した所でサブシートにいたシャルに操縦桿を預ける。僕がコンテナに乗り移るためだ。
「シャル、操縦は出来そう?」
「さぁな。でもやってやるさ」
“ワルキューレ・ブレイズ”のシートに座ったシャルは自虐的に微笑んで肩をすくめて見せた。彼女らしい物言いに僕も思わず頬が緩む。
「じゃあ行ってくる」
「ああ。みんなを頼んだぜ」
差し出されたシャルの拳に僕の拳を合わせからコクピットハッチを開け放った。
外気から密閉された搭乗橋をつたってコンテナに侵入すると“ワルキューレ・ブレイズ”はゆっくりと離れて空を滑空していった。
暗いコンテナの中。狭い通路を走り抜けて格納スペースに到着する。ハンガーに固定されたそれは全貌こそ見えないが、透けるように美しい白の中にラメが入った様に美しい装甲をしていた。
コクピットハッチが空いていたので覗き込む。電源は入っているみたいで球体の内側の様な360°モニターには全周囲が映し出されている。
「……フィンガースレイヴ式?」
硬めのシートに腰掛けると操縦桿の形状に目が行く。“ティンバーウルフ”や“ワルキューレ・ブレイズ”等に採用されていたT字型の操縦桿ではなくこの時代では珍しい球状の、もっと言えばドーム型の操縦桿が使われている。
手に収まる程度の大きさの操縦桿には様々なスイッチとボールポインター、それに手のひら状の凹みがある。一本一本の指を使って非常に繊細な操縦が可能。当然その分高度な操縦技術を要する。そして練度も。
1周目の世界で普及していたこのアームレイカー式の操縦桿は僕にとっては馴染みのある物。T字型の操縦桿よりこちらの方が得意だ。
『どうだ、注文通りだろう』
「カレンさん」
僕が操縦桿の具合を確かめているとワイプモニターが現れて“ソメイヨシノ”の技術主任のカレンさんの姿が映し出された。黒色の美しい黒髪。左目を隠す様な髪型も相変わらずだ。紫色の瞳にはやや疲労が見て取れるが、その表情は嬉々としている様にも見える。
久しぶりの会話ではあるけど、この非常時だ。一言二言交わしながらも僕は発進準備に取り掛かる。
両足の間にメインコンソールパネルが迫り上がって来て灯りが燈る。【Hello pilot】と表示されて声帯認証画面に切り替わる。僕が名乗ると男性の声を模した合成音声が無機質に命令を促してきた。
『ようこそマスター。ご命令を』
「ハッチ閉鎖」
『アイ・アイ・サー』
「……」
返事をするより早くコクピットハッチが閉まり始めていた。命令に対するレスポンスが非常に早い。優秀なAIだという事が感じられた。
それにしてもなんだろう、このコクピットの既視感は……。間違いなく初めて乗る機体のはずなのに、僕はこの機体の全てを知っているかのような感覚に陥っていた。錯覚かとも思ったけど、幾つか操作してみて分かった。間違いなく僕はこの機体を知っている。でもどこで出会ったのか。それにカレンさんの言葉も気になった。
「注文通りってどういう事です?」
『その“モーニング・グローリー”は貴方が設計した機体ですよ。コータさん』
「クララさん」
カレンさんの横にワイプが現れて
「“モーニング・グローリー”?」
『ええ。その機体のコードネームです。貴方がくれた設計図には名前がありませんでしたので我々が付けさせてもらいました』
「え、ちょっと待って下さい。僕が設計図を?」
『忘れたか? 別れ際に私にメモリーカードをくれただろう。あの中にあった設計図をそのまま形にしたのがその機体だ。出力から何から何まで全て君の注文通りだ』
残念ながら図面以上の能力は引き出せなかったがな、とカレンさんは苦笑混じりに言った。
そこで僕は思い出した。“ソメイヨシノ”から旅立つ時にカレンさんに渡したメモリーカードの中には僕の理想を詰め込んだ機体の設計図が入っていた。
でもそれは少なくとも僕が知り得る技術だけでは辿り着く事が出来ないはず。言わば科学の限界値を軽々と超えていた。だから僕は、いつかカレンさんとクララさんと3人で実現出来たらと思っていたところだった。
出力から何から何まで? まさか。そんな事は不可能だ。
「でもあれはただただ理想を詰め込んだだけの夢の機体ですよ。あれを実現させるには今ある金属では無理なはずです」
そう。もし本当にあの設計図通りのスペックを、ジェネレーター出力を叩き出そうとすれば、現在世界にある金属の剛性では到底到達出来ない。
“ティンバーウルフ”のチタニウム合金は愚か、“ワルキューレ・ブレイズ”や“エーデルワイス”、“シャムロック”に使われているルナティック合金ですら溶かされてしまう。
異次元の出力を誇る超高性能ジェネレーター。その出力に耐え得る素材が無ければ実現不可能だ。僕がもつ未来の知識の中にもそんな物は無い。
まさか彼女らはそれを生み出したって言うのか?
その旨を大急ぎでコンソールパネルを弾きながら言うと、クララさんがふと笑う。本当に優しく。
『ふふっ、それすらも貴方は生み出した。お忘れですか、コレの事を』
「……! それは」
ワイプの中の彼女が手にしていたのは、見覚えのある
『この合金が貴方の夢を、私たちの夢を実現させる鍵になりました』
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