05-38.あの日 ※リオン・シロサキ視点


「エディータ先輩、早くっ……早く逃げて!!」

『ダメ、まだメイリンが!』

『隊長……私はもう、ダメです……早く、安全な場所に……うっ!』


 “シャムロック”は“ダリア”の前に立ちはだかる。後ろで倒れる“ティンバーウルフ”と“ブルーガーネット・リバイヴ”を守るようにして。


 3対1という圧倒的優位に立っていた私たちは“ダリア”を押し込み、戦闘不能に陥ったコータとシャルから遠ざける事が出来た。

 でも剣を交える内に私たちの癖を見切ったのか、次第にそれを捌かれる様になり、形勢は逆転してしまった。


 戦闘中に何度もあの感覚が過って“ダリア”の動きを読めた気がしたんだけど……“ダリア”は、ガーランドはその予感の更に先を行く動きで巧みに躱していった。


 まず“ティンバーウルフ”が大破。メイリンさんが重傷を負った。それを機に一気に形成が逆転してしまう。今はもう動くのもままならない“ブルーガーネット・リバイヴ”と大破した“ティンバーウルフ”を守る様に立っているだけ。


 そう、もはや私に……私たちに勝機は無い。


 それを一番よくわかっているのは目の前にいる“ダリア”、ガーランドだろう。勝利を確信し、優雅とも取れる仕草でフォトンライフルの銃口を“シャムロック”に向けている。

 しかし油断など1ミリも無い。常に放たれている指す様な殺気を全身で感じつつ、隙ができるのをひたすら待つ。もちろんそんな気配すらないのだが。


『……2号機・・・のパイロット。名はなんという』

「……」


 国際連合で使われている中のひとつのチャンネルでガーランドが問いかけてきた。私は少しだけ迷ってから答える事にした。少しでも隙を産みたかったからだ。


『ミス・シロサキ……いい腕だ。その2号機と共に私の元に来ないか。悪いようにはしない。共に平等で平和な国家を創る剣となり盾となるのだ』


 条件反射で思わず断りそうになったけど思いとどまる。

 レギュレータで人の全てを管理する様な奴に魂を売るつもりはない。奴の言いなりになるなんて絶対にあり得ない。でも、この圧倒的劣勢からは抜け出すことが出来るんじゃ無いかと思った。


 とりあえず生きる事が出来る。機会を伺う事が出来る。生きてさえいればなんとかなる。コータなら何とかしてくれるんじゃないのか。


 私が行ってみんなが、コータが助かるなら。そう、思った。


「……私が行けば、仲間達は逃してもらえますか?」

『ダ、ダメだ、リオ……レギュレータの虜にさせられてしまうぞ』


 レギュレータ。そうか、そうなるのかな。


 ガーランドもバカではない。私が配下に下るといっても全て信用するはずがない。最も簡単に自分の手駒にする事が出来る手段を持っているのだから使うはずだ。……でも、この場を凌ぐにはそれしか無い。


 技量、経験、MKモビルナイトの能力……全てが私の遥か上を行くガーランドと“ダリア”。1対1で勝ち目はないことは火を見るより明らかだ。私1人ではどうしようもない。


 もし私がカスタマイザーになったらコータは泣くだろうか。でもきっとコータが止めてくれる。

 例え離れ離れになっても、この世のどこかにいる私を探し出して……きっと救ってくれるはずだ。


 だから……少しの間我慢すれば良い。


『必要なのは君と〝蒼星〟だけだ。後は必要無い』

「……なに?」

『後ろのゴミ・・は必要ないと言った。飼い主に牙を向くは要らん』

『……』


 ゴミ。犬……そうか、なるほど。やっぱり彼は、ガーランドはそういう風にしか人を見られない人物みたいだ。

 それに〝蒼星〟つまりコータも欲しいと言っている。私だけならレギュレータ漬けになったっていい。どんなに辛い思いをしても、心のどこかでいつかやってくるコータを待つことは出来る。

 でも、コータをカスタマイザーにさせる訳にはいかない。それはコータを守り抜くと誓った私が望んだ結果ではない。


『一度でも裏切った者は信用出来ない。再調整を行ってもな』

「……私だけではダメですか」

『無理だ、諦めろ』


 冷たく低い声。その言葉で決心がついた。これ以上の問答は無用……だよね。


 私は“シャムロック”にフォトンセイバーを装備させる。光の刃が展開し“シャムロック”の翡翠色の装甲を鮮やかに照らした。


『……』


 “ダリア”も静かにフォトンセイバーを構える。私が誘いに乗らない事を察したんだろう。鋭い殺気がひしひしと伝わってくる。不思議と恐怖は無かった。ただただ自分の無力さに絶望するだけ。


 コータ。


 ……最後に会いたかったな。抱きしめたかった。キスをしたかった。私は一言つぶやく。届くはずない恋人への愛を告げる。


「……コータ、愛してる」

『リオ、ダメ……やめて――』


 エディータ先輩のその声はもう私には届いていない。私は己の全てを“シャムロック”に乗せて突進した。

 猛烈な突進。けれど景色はスローモーションのようにゆっくりだった。

 コータと過ごした十数年間の思い出が走馬灯の様に蘇る。

 

 ほんの数秒の時間しか稼げないかも知れない。けれどその数秒で仲間が、コータが生きられる選択肢が生まれるのならそれで良い。それでこの絶望的状況からコータが助かるなら、私の命を捧げる理由になる。


 生きて、コータ。

 

「……うわあああああああああああああああああああッッ!!!!」


 生きたかった。貴方と一緒に、貴方と共に……。


 渾身の一撃。


 しかし、“ダリア”は臆する事なく片腕で“シャムロック”の手首を掴み斬撃を阻止。空いた片腕に装備したフォトンセイバーで突きを放つ。“シャムロック”の胸を、私が居るコクピットを狙って――。


『――オ』

「……?」


 何……?

 聞こえる。耳にじゃない。頭に。いや、胸に……そう、心にコータの声が届いた気がした。

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