01-13.進路


 ホットドッグで腹を満たしてセットのアップルパイをかじっていると、バニラシェイクをすすり終わったシャルが聞いてきた。


「コータはどこの学校に行くんだ?」

「えっ」

 

 シャルは自身の紅いネイルを眺めながらそう言った。

 本人としては何の気なしに聞いてきたんだろう。中学3年生の8月ともなれば同級生の会話のほとんどとは行かないまでも頻繁に上がる話題だ。


 シャルの進路はシャルの思いのままに。当然だけど無理にアカデミー進学を進めるようなことはしない。と、一応は僕自身の中で整理はした。


 けれどシャルの一言で心が揺らぐ。一度は決めたのに、僕の本心がシャルをアカデミーに誘えと囁いてくる。


 やっぱり僕は心の中ではシャルと一緒にアカデミーで技を磨いて、リオを守るために力を貸してほしいと思ってしまう。信頼のおける友人だから。


 けど、信頼のおける友人だからこそ、僕のワガママに付き合わせるわけにはいかない。彼女の一度きりの人生を僕が、僕なんかがコントロールしてはいけないと思った。


 だから僕はシンプルに、何の含みも持たせずに告げる。


「僕はアカデミーに行くよ」と。するとシャルは中身のなくなったシェイクのストローを更にすすってから「じゃあアタシも行こー」と言った。


「……え、え?」

「いや、アタシもアカデミー行こうって言ったんだよ」

「ど、どうしてだよ。防衛学園に行きたかったんじゃないのかよ」

「どうして知ってんだ? そんな事話したっけ?」


 するとシャルはストローから唇を離して首を傾げた。

 しまった、進路の話をするのはこれが初めてだったか。決心が揺らぐからなるべくその話をしないようにしていたのにうっかり要らぬ事を言ってしまった。


「え、あ、いや……」


 僕は誤魔化すようにアップルパイをかじった。


「……? まぁいい。アタシの連れでアカデミー行くヤツ誰もいなかったからな。知り合いが居ないとこいっても仕方なくね」

「仕方なくはないよ」


 僕がそう言うとシャルは快活に笑った。


 そうか、本来なら僕は防衛学園に行っているし、何よりこの時点ではシャルに出会ってすらいない。

 知り合って数週間しか経って居ないとはいえ、ウマが合いそうな僕がアカデミーに行くといったから……気が、変わって?


 そ、そんな単純な理由で……?


 いや、もとよりシャルはそういうヤツだ。


 けど願書提出期限が迫った今からでは学力が追いつかないんじゃ?

 その旨をシャルに問うとデコピンをされた。普通に痛い。


「あたま悪そーとか思ってんなら殴るぞ」


 そうだった。素行はともかくシャルの学力は問題無い筈だ。素行はともかく。


 机に向かってペンを握るより、エレキギターとかの方がよっぽど似合いそうな彼女であるがその辺は心配ないだろう。

 

 でも、本当にそれでいいのだろうか。

 シャル自身が防衛学園で学びたかった事があるんじゃないのだろうか?

 僕は1周目の記憶を繰り越して今2周目の人生を送っている。

 けどシャルの人生は1周目……いや、一度きりのはずだ。

 

 確かに防衛学園での生活は辛かった。こうして今は笑っているシャルですら、陰湿なクラスメイト達の行いには心を病むほどには悩んでいた。


 とはいえ、それでも防衛学園での出来事は結果的に有意義であり、それだからこそに芽生えた友情もあった。

 

 それを知っている僕だからこそ、本当にそれで良いのかと、そう思った。

 それに、もしシャルが僕と同じ学校を目指してくれるともなればきっと僕は望んでしまう。期待、してしまう。


 この心強い友人の、パイロットとしての技量を。


 だから僕はもう一度問う。「本当にいいのか?」と。

 するとシャルは肩をすくめる。


「なんでコータがそんな事言うんだよ。いいも何もアタシが決めた事だ。行きたいから行くし、行きたくなければ行かない」


 そう、シャルは、シャーロット・ルイスという女性はそういう人物だった。


 自分の心に正直に真っ直ぐ。やると言ったら最後までやり遂げるし、やらない、やるべきではない事は絶対にやらない。

 

 シャルがアカデミーに行くと言ってそれを僕が止めるのはおかしいし、そうすべきではない。

 

 もしその時にシャルの力が必要になったら、その時は助けを乞えばいい。

 シャルはきっと力を貸してくれるだろう。彼女はそういう女性ひとだ。


 けれどそれは今考えずとも良い。時が近づけば決断しなければ行けなくなる時が来る。


「……そうだね、シャルらしい」


 僕がそう言って笑うとシャルは「お前にアタシの何が分かるんだ」と言って怒り、笑った。


 

 

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