01-12. Charlotte

 夏季休暇が始まろうという季節。

 いよいよアカデミーの入学願書の受付が締め切られる時期が近づいてきた。


 僕は毎日の日課にした朝夕のトレーニングと入試に向けた受験勉強を行なっていた。トレーニングも勉強も、リオと一緒に。

 

 朝、一緒にトレーニングをして、ご飯を食べて学校へ行く。同じクラスで授業を受けて一緒にご飯を食べる。放課後は図書館で勉強して、一緒に下校。夕食を済ませて夜のトレーニング。お風呂に入ったら遅い時間まで受験勉強をする。


 いや、本当にずっとリオと一緒にいられて僕は幸せだよ。冗談抜きで別々になるのはお風呂とトイレと寝る時だけくらいなものだ。


 それだけ一緒にいると話す事も無くなって、無言の時間があったりするんだけどそんな間すら楽しい。


 いや、本当に。


 ああ、リオと一緒の時間を過ごしているんだなって感じられるからね。

 これは自惚れじゃ無いと信じたいけれど、リオもそれは同じ(であってほしい)で、下校する時とか、たまに、その、手とか繋いじゃったりする。

 

 それもリオの方から。


 おずおずと、僕の気持ちを探るかのように絡めてくるリオの手は少し冷たくてすごくスベスベで、とても触り心地が良い。

 僕がリオの手を握り返すとリオも指を絡ませてくる。

 リオがどんな顔をしているのか気になって表情を伺うと、耳まで真っ赤にして俯いてしまっていて……。


「……かわ……」


 僕は呆けたようにそう呟いた。いや、声を出そうとした訳じゃない。思わず口から出てしまったんだ。


 そしてそれは当然一緒にいる友人の耳に届いたらしい。長身の〝彼女〟は呆れたように肩をすくめる。


「何をにやけてんだ」

「え、え、うそ、僕にやけてた?」

「めっちゃニヤけてた、彼女の事でも思い出してたのかよ。ったく」


 隣町の大型商業施設のフードコート。

 僕はそんな指摘を受けて慌てて自分の頬を触る。なるほど確かに情けないほどに緩んでいたようである。


 赤のインナーカラーが施されたショートボブ。前髪は一直線で切り揃えられており、シャープな眉毛が覗いていた。真紅の瞳は切長で、華奢で長身の彼女はどこかアウトローさを醸し出していた。

 15歳にしては派手な化粧。パンクロックなオーラを纏った彼女こそ、僕の親友、シャーロット・ルイスだ。


 と言っても、この2周目の世界ではまだ知り合ってまもないんだけどね。


 彼女は呆れたように肩をすくめると、ファストフード店のドリンクを啜りながら僕の対面の椅子にどかっと腰掛けると長い足を組んだ。

 周りにいたお客さん、主に男の人たちの視線が集まるけど〝シャル〟はそんな視線は気にしていないみたいだった。


 パイロット云々は抜きにして僕は彼女、〝シャル〟ともう一度友人になりたかった。


 防衛学園では苦楽を共にして性別の枠組みを越えて、本当の意味でお互いを親友だと呼べるほどの関係だった。


 彼女と過ごした5年間は幻になってしまったけれど、それでも僕の心の中には事実として今もなお残っている。大切な思い出として。


 2周目である今世では僕は防衛学園には行かない。そうなれば僕とシャルは知り合う事は恐らくないだろうと、もしかしたらこの2周目の人生ではシャルと出会わないかも知れないと。


 そう考えたら、すごく寂しくなってしまった。


 少し無理矢理にでもシャルに出会って、出来れば前みたいに友達に……親友と呼べる間柄になれたら。そう思った僕は行動に出た。


 彼女が中学時代にこの商業施設のゲームセンターに入り浸っていたのは防衛学園に在学中だった時に聞いていたから、夏休みに入ってすぐに会いにきた。

 さすがに正面を切って友達になろうぜ! なんて言っても中指を立てられそうだし、彼女にゲームでの対戦を挑んだ。


 何回も勝って負けてを繰り返していくうちに、少しずつ会話をしていくことになった。

 今のプレイはどうだっただの、あの技はどうだのと。


 もともと人見知りしない性格のシャルであるし、僕はある意味ではシャルの事を友達だと思って接しているので、2人が仲良くなるまで時間はかからなかった。

 1周目と同じように、とまでは行かなくとも僕たちは次第に打ち解けていった。


 シャルは、こんな短い間に仲良くなれたヤツは初めてだと言っていたけど、そのセリフは1周目の時も聞いたセリフだった。


 2周目でも、同じように仲良くなれそうだって思えて本当に嬉しかった。


「ていうか彼女じゃないよ、まだ告白もしてないし」

「リオちゃんだっけ? ちょい写真見せてくれよ」

「やだよ。てか持ってないよ」

「じゃあ誰似? 歌手とか」

「いないいない。リオはオンリーワンなんだよ」

「うわ寒っ!」

「じゃあ服着なよ、へそ出して恥ずかしい」

「見られて恥ずかしいへそしてねぇんだよ」


 そう言うとシャルはタンクトップの裾から覗いた自らの腹をペチンと叩いてカラカラと快活に笑う。

 

 いや、確かに無駄なお肉は着いていなさそうだけどね。

 恥じらいは持とうよ。


 あの頃と変わらない、そんな会話。


 いや、今現時点では2人で過ごした時間は僅かだからそんなはずはないんだけど。


 それでも僕はシャルはやっぱりシャルなんだと、なんだか故郷に久しぶりに帰ってきたときのような、そんな気分になれた。

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