01-09.帰宅

「コータっ!」


 施設の門をくぐると僕を待っていてくれたのか、リオが心配そうな表情で駆け寄ってきてくれた。


「ただいま、リオ」

「ケガはない? 大丈夫?」


 僕はなるべくリオに心配をかけないようにと思って努めて明るくそう言ってみたんだけど、リオの顔はすぐれない。


 僕の顔や手に触れて怪我がないかひと通り確認した後でようやく安心した様にほっと一息をついた。


 こんなに心配してもらって申し訳ないと思いつつも、リオの気遣いがなんとも心地良い。リオには悪いけど少し嬉しかった。


「もうビックリしたよ。コータがケンカしたなんて聞いたから」


 ケンカか、そうかそんな話の広がり方をしちゃったか。ケンカをしたつもりは無いんだけどなぁ。はたからみたらそう見えてしまうかもしれないな、


 僕がことの顛末てんまつを話すとリオは納得したように頷いた。


「だから帰ってからずっとシンスケがソワソワしてたのね」

「シンスケも運が悪かったよ、タケに絡まれるなんて」

「そうだ、タケ! どうなったの?」

「ああ、アイツは……」


 タケは結局このまま留置される事になった。


 リオには心配させたくなかったから内緒にしたけど、実はタケのナイフは僕の制服を切り、脇腹をかすめていた。

 本当にキズは浅くて、縫合したりする程でも無かったんだけどヤツがやった事はれっきとした殺人未遂。もちろん問答無用で逮捕された。


 ヤツの手首は骨折はしていなかったが脱臼という大怪我だった。結果的に襲われた僕の方が大きな怪我を負わせてしまったけど、それは正当防衛による怪我だから心配はしなくても大丈夫だろうとの事だった。


 本人も何を思ったのか、殺すつもりだったと供述しているらしい。本当にやばいヤツだ。多分このまま勾留されるので僕たちの前には二度と現れないだろう。


 殺人未遂だなんて言葉が出てきたので、リオの表情はまた青くなってしまった。下手したら刺されていた訳だからね、そりゃぞっとするだろう。


 僕はリオにこれ以上心労を重ねて欲しくなかったので無理やり話を変えてリオと一緒に施設に入っていった。

 警察署での聴取中に軽食(レーション一個)が出たけど、お腹はぺこぺこだ。僕はリオと話をしながら夕食を摂った。話題はなるべく昼間の出来事から遠ざけて。


 けれど僕の脳裏にはあの感覚・・・・の事が張り付いていた。

 

 あれはなんだったんだろう。


 相手がどう動くか分かるみたいな……思考、意識? 数瞬先が見えた……という表現が正しいのか、ヤツが何をしたいのかが分かった、といった方が一番近いかも知れない。


 今までに感じたことのない事だった。


 アイツが繰り出したナイフを僕は反射的にヒジで叩き落としていたけれど、決して僕の動体視力が良かったり、運動神経が優れていたわけじゃない。

 

 確かに僕は1周目の時に防衛学園で実践訓練に励んだ。対人で戦う時のノウハウも学んだし、実技訓練も何度もやった。

 その時の勘、みたいなものが残っていたとして、僕の身体はまだできていない。体格に優れたタケの一撃をそんな僕がかわせるだろうか。しかも反撃までして。


 タケが動き始めてから僕が防御なりの動作に移ったのなら、間に合わなかったかも知れない。


 あれは、相手が動く前から動作に入っていたような、そんな感覚だった。


 まぁ何よりシンスケもたかられることはなかったし、逮捕されてしまえばアイツは僕たちの前には二度と現れる事はできないだろう。


 大事にはなってしまったけれど、とりあえずこれで脅威は無くなった。後輩たちも厄介者が居なくなって生活しやすくなっただろうしね。


 僕はそのように頭を切り替えて夕食にがっついた。

 

 ちなみに僕とリオが、タケの名前が本当は〝タチ〟だったと知ったのは数日後の事だった。

 

 

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