01-07.早朝訓練

「はぁ……はぁ……」


 未だ薄暗い早朝6時。僕は息を切らして滴る汗を拭っていた。


 赤城教授に会ってから数日。僕はもともと日課にしていた早朝トレーニングをおこなっていた。


 防衛学園では朝起きて20kgの荷物を背負い、防弾チョッキを着込んで小銃に見立てた10kg程の鉄の杖を持ってランニング10km。

 その後に射撃訓練だったり逮捕術訓練だったり、実践系の訓練をしてから登校していた。


 5年前の僕は運動は人並みで、整備士になるんだから体力は多少有ればいいでしょくらいに思っていた。だから特に筋トレやランニングなどはしていなかったんだけど……とんでもなかった。


 やはり軍人になるための学校であるから体力作りは基本中の基本だったらしく、在学中の五年間は余程のことがない限り毎日こなしていた。


 そのおかげで卒業する時にはかなり体力がついていた筈なんだけど……残念ながら鍛え上げた身体もリセットされてしまっていて、それなりに着いていた筋肉は無くなってしまった。


 流石にいきなり学園でやっていたようなトレーニングは出来ないけれど落ちた体力を早く戻さなければならない。いやこの場合、体力が落ちたという表現が正しいとは思えないけど。

 

 アカデミーに入学するまでに出来るだけ体力を元に戻しておきたい。そうしなければただでさえ体力が無い僕が防衛学園よりも過酷なはずのアカデミーの操縦訓練についていけるはずがない。


 息を整えると次は雲梯うんていに向かう。


 幸い、僕やリオが住んでいる孤児院には小さな公園があり、ささやかながら遊具類が設置されている。


 これは幼児や小学生などの子どもたちも一緒に住んでいたりするからなのだけど、それを利用して訓練もどきをしている。


 タイムリープしてきて毎日続けているけど、体力の増加は感じられない。


 この訓練方法でいいのか? と少し不安になって来るけどそんな短期間で実感できるわけもない。

 そのことを自覚してキチンと継続させないとメンタルがやられる。その辺りはしっかりと自分に言い聞かせなきゃな。


「コータ、おはよう」

「うわぁ!! び、びっくりしたぁ!?」

「あはは、ごめんごめん」


 何回か雲梯をクリアして給水していると、いきなり声をかけられた。

 声の主はリオ。驚かせたのを悪いと思っているのかどうなのか。一応謝りはしたけど、口端が上がってるんだよなぁ……多分半分くらいは楽しんでいるなコレは。


 けどまぁ一度死んだ僕としては、こうしてリオにいじられるのはもちろん悪い気はしない。リオにつられて僕の表情も自然にほころぶ。


「笑いながら謝られてもなー」

「ふふっ、ごめんごめん。最近トレーニングしてるよね。なんだか意外ぃ」

「まぁ……うん、そうかもね」


 『日課にしていた』と言った早朝トレーニングだけど、それは防衛学園での話で中学時代の、つまり今の僕にはそんな日課はなかった。


「それでリオはどうしたの? って、もしかしてトレーニングに付き合ってくれるとか」


 見るとリオは学校のジャージ姿だ。自慢の黒髪も後頭部の高い位置で結んでいて動きやすそうな姿をしている。

 僕の問いに満足したのか、リオはにっと笑って頷いた。


「そう。コータが頑張ってるのに私だけ寝てられないよー。さ、行こう行こう♪」

「待って、待って! 僕もう走り終わったんだけど」

「え、そうなの? 何時から走ってるの?」


 僕が5時前には起きて走っていると答えるとリオは驚いたように言う。


「なんだかコータじゃないみたい」

「ははっ、かもね」


 中学当時の僕は早起きしてトレーニングをするような人間じゃなかった。

 むしろ夜遅くまでゲームをしてフラフラの状態で学校に行っていたような生活をしていたなぁ。良く施設の先生に叱られたっけ。


「ゲームばかりだったコータがこんなに頑張ってるんだし私も頑張ろうかなって思って」


 そう言ってリオは翡翠の瞳を細める。

 受験勉強もしてるのに、リオのそんな気遣いがすごく嬉しかった。

 もちろん断る理由もないし、リオと一緒にトレーニング出来るなら僕も嬉しい。


「ありがとうリオ。今日はそろそろ上がろうと思ってたから、明日から一緒に走ろう」

「うん。ふふっ、なんか秘密特訓みたいで楽しみ」

「パイロットになるなら基礎体力は付けなきゃだしね」


 まぁもっともリオは僕と違って運動は得意だし、優秀な人材が集まるアカデミーの中でもトップクラスの成績を出すことになるんだけどね。


 けど明日から楽しみだなぁ。


 リオとそんな約束をした僕はシャワーを浴びるために部屋に戻ろうと歩みを進めていると。


「おっと……」

「えっ、ちょっと大丈夫?」


 少し追い込み過ぎたのか、情けないことに脚がもつれてふらついてしまった。

 

「あうん、大丈夫大丈夫。ありがとう。ははっ、足がもつれちゃった、情けない」

「もつれただけならいいけど。けどそんなんで大丈夫? 今日は一限から体育だよ?」

「えー……そうだった……」


 リオに言われるまで忘れていた。

 ただでさえ体力のない僕なのに今日は一限目から体育の授業じゃないか。


 朝からかなり追い込んでしまったから相当疲れた……いや、体力を付けるためにやってるんだから体育もしっかりやるべきなのは分かるんだけど。


 項垂れる僕をリオは眉端を下げて苦笑しつつ労ってくれた。

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