01-06.理解者
僕がアカギ教授に提示したのは、1周目で
パイロットの脳波を感知し、機体にダイレクト伝達するための素材……なんだけど、今この時点ではアカギ教授の頭の中にしか無いその素材はこの時は夢のまた夢のシロモノ。言わば〝ブラックテクノロジー〟だ。
1周目の時にアカギ教授が提した案をアカギ教授や僕を含む数名の研究者が血眼になって研究、開発したんだ。
その研究結果をこのように提示されたアカギ教授は目を皿のようにしてデータに目を通し終わった後に僕を見た。
その顔は心底驚いているような、そんな表情だった。
もしかしたらアカギ教授は僕のことを恐ろしいと思ったかもしれない。ズレた老眼鏡を摘んで直すと絞り出すように言う。
「このデータは一体……。キミは何者じゃ……」
その問いに対して僕は一息飲んでから答える。
「僕は五年後の未来からタイムリープして来たんです」
◇
「……なるほど。いや、にわかには信じられんが……」
そう言ってアカギ教授は背もたれに体を預けて天を仰ぐ。
僕はアカギ教授に全てを話した。
僕が防衛学園に行っていた事、その学園で整備士を目指しながらアカギ教授と一緒に研究に励んだ事。
国際連合軍の入隊式典の最中に裏切られ、新型
あの事件を回避するにはアカギ教授の力が絶対的に必要だったので、どうしたら教授の協力を得られるか考えに考えた。
その結果、まだ名前もついていない新素材の研究結果を開示することにしたんだ。
何よりこの素材の提案者はアカギ教授ご本人だ。
今の技術だけでは到底辿り着くはずのない研究結果を提示されれば僕の言っている事も信じてもらえるかも知れないと感じたからだ。
「信じて頂けますか?」
「……信じられん。しかし、こんなデータを見せられれば信じる他あるまい」
そう言って眉根を寄せて顎ひげを撫でた。
アカギ教授はユーモアのある方だけど、反面現実主義者でもある。
僕の言っている非現実的な事を信じて貰うには数字、または科学に裏打ちされた結果を見てもらうしかなかった。
リアリストであるアカギ教授にこの非現実的な事実を信じてもらえるかは賭けだった。
けど、どうやら僕の考えは間違ってはいなかったようで、僕がタイムリープして来たという事実をなんとか飲み込んでくれたみたいで僕は胸を撫で下ろした。
「……しかしあの〝聖騎士〟ガーランド
「信じて頂けないのもわかります。目の当たりにした僕ですら未だに信じられません……しかし、それは事実です。今この時点でも水面下で状況が動いているに違いありません」
うーん。やはりこうしてデータを提示してもガーランド中将……いや、今この時は少将か。ガーランド少将が連合を裏切るだなんて信じてはもらえないか……。
運良くタイムリープを信じてもらえたとしても、ガーランド少将の裏切りは信じられないと。やっぱりガーランド少将の信頼は高い。
けど、アカギ教授はそれを全面に否定する訳ではなく、一応耳を傾けてくれるみたいだ。
「全てを鵜呑みにする事はできんが」と前置きをして僕に再び向き合う。
「いまだに信じられんが、仮にそのような事件が起こるとして、わしに何をさせようというんじゃ? まさか愚痴を言いに来たわけではあるまい?」
アカギ教授は少し訝しげに眉根を寄せる。
けれどその質問、それこそ僕が話したかった話題だ。僕はアカギ教授に顔を寄せ、周りの人に聞こえないよう声を低くする。
「はい。僕はアカギ教授が
「……!?」
僕はアカギ教授だけに聞こえるような声量でそう伝えると、その言葉でアカギ教授が驚きの表情を見せた。
「それをどこで聞いた? ……いや、なるほど。それも未来の知識というわけか……」
「はい、そうです。そして、新型
「……」
そう、あの事件の時に奪われた新型
その開発にアカギ教授は思うところがあって加わっていない。教授の意思で参加を拒んだ事すら僕は知っている。
「アカギ教授が国際連合から高性能量産機の開発を委託されている事は知っています。その量産機開発計画において、その素材を使って新型
「この素材を使って?」
「そうです。あの新型のスペックは桁違いです。だから機体を操れるパイロットも限定されますが、彼らが扱えば鬼に金棒です。はっきり言って新型の量産機が何機あってもそれらの高性能機には歯が立ちません」
「……なるほど。それに対抗できるワンオフの超高性能機が必要。しかし個人ではどうにもならんからワシを巻き込もうと。そういう事か」
「あ、いえ、そんな事はないのですが……」
アカギ教授は他人の研究データをもとに開発に向かうのが気掛かりなようすだけど、これは他ならないアカギ教授の研究チームが導き出した数字だ。使ったところで誰の迷惑にもならない。はずだ。
何より人命が掛かっている。
「ふむ。……全部は飲み込めん。じゃが、このデータは正確なようじゃし、ワシには君が嘘をついているようには思えん」
「……! では」
「新素材の研究はこのデータを元に進めさせてもらう。ワシとしてはかなり複雑な心境じゃがの」
「ご安心くださいそのデータは教授が弾き出した物です。僕が保証します」
「はっはっは。それは良い。うむ。これで五年のアドバンテージを得られるというわけじゃ。まずは
研究にストイックなアカギ教授の事だ。本当なら自分で導き出したかった結果だと思うけど、どうやら状況を飲み込んでくれたみたいで僕は胸を撫で下ろした。
身に覚えの無い他人が弾き出したデータなどいらんと言われたら僕の復讐はそこで詰んでいたのだから。
復讐……いや、僕は裏切ったガーランド少将達を殺したい訳じゃない。もちろんアイツらは憎い、殺してやりたいほどに。けどそれじゃ僕もアイツらと何も変わらない。
アイツらの裏切り行為をなんとか抑止したい。方法はこれから考えなければいけないけれど、相手に対抗出来る兵器……そうでなくとも〝切り札〟が無ければ前回の二の舞だ。
そのあと僕とアカギ教授はしばし雑談をして別れた。これからは定期的に連絡を取ってくれるとのことなので連絡先も交換して。
ガーランド少将達のことはどうか内密に、と言うとアカギ教授は「こんな事を触れ回ったらワシの頭がイカれたと思われるわい」と
新素材の事は教授なら上手く辻褄を合わせてくれるはずだ。あとは任せて問題ないだろう。
アカギ教授は間違いなく信用していい人物だ、これは断言できる。だから僕のタイムリープの事を話した。
僕はアカギ教授と過ごした五年間があるのだけれど、本人は僕のことを未だに知らない。
1周目の知り合いと2周目で会うのはこんな感覚なんだな。
僕は教授とのやりとりに手応えを感じながら帰路に着いた。
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