01-04.選択肢


「え!? コータもアカデミーに!?」


 僕はリオを施設の共同スペースに呼び出していた。長ベンチに並んで腰掛けて自販機で買ったペットボトルのお茶を飲んでいた。


 僕が第一志望であった防衛学園をアカデミーに切り替えた旨を伝えると、リオは翡翠色の目を大きく見開いて驚いた仕草をする。


 それはそうだよなぁ、この頃の僕は防衛学園に行く事が最良だと言い続けていたもんな。


「うん、そうだよ。明日志望校の変更をお願いしにいくつもりだよ」

「どうしたの、急に。整備士はいいの?」


 そう言われて僕は一瞬なんて言おうか悩んだ。


 だって僕は1周目の人生でMKモビルナイトの一級整備士の資格を取得しているんだし、その知識は当然ながら今も生きている。


 例えば明日にでも試験があるのなら僕は難なくクリア出来るだろう。筆記に於いてはこの年の過去問も頭の中に入っている。事前に問題が漏洩しているのと同義であるから復習無しでもおそらく満点は取れるはずだ。


 なんてまさか言えるはずもないので、少し罪悪感を感じつつ答える。


「もちろん整備士も目指すさ。その上でパイロットにもなりたいなって思ったから」


 僕が第一志望に上げていた防衛学園にはMKモビルナイト開発の第一人者と言われる赤城教授がいる。


 その筋では知らない人はいないほどの人物で、彼の跡を追って著名な博士たちが教授として防衛学園にやってきていた。

 

 その環境は工学や科学に興味があった僕にとっては夢のような環境だった。実際、赤城教授達とはプライベートでも付き合いがある程仲良くなれたしね。


 そのおかげで防衛学園を主席で卒業して勲章まで貰えたわけだし。

 生徒同士の人間関係は最悪だったけど、それを差し引いても最高の学園生活だったと言える。


 一方、【国際連合学園UN・アカデミー】、通称“アカデミー”は日本も所属する国際連合機構を事実上統括するアメリカ合衆国のテキサス州にある連合軍随一の名門兵士学校だ。


 最新の設備に広大な敷地。連合諸国からの留学生を受け入れており、各分野の専門家も教授や教官として在籍している。


 特にパイロット育成には力を入れており、衛星軌道には空間戦闘訓練が出来る独自の基地を保有しているし、訓練機も古い機種から最新の、とまでは行かなくても前線で活躍する機種まで取り揃えている。


 僕のように整備士などの技術者を目指すなら防衛学園、リオのようにパイロットになりたいのならアカデミー。

 それぞれ専攻したい科目が違ったから1周目では違う道を選んだけれど、2周目の僕は今度はアカデミーに進学しようと決めた。


 リオを守るためには僕自身の操縦技術を高めなければいけないと考えたからだ。もちろんリオを守る手段はそれだけではないと思っている。

 でも、あの日感じた無力感は僕の心をどうしようもなく締め付けてくる。

 

「そ、そっか。コータがアメリカに来てくれるなら心強いよ」


 リオは心底ホッとしたようにそんな事を言ってくれた。そんな表情をされたら僕の表情も自然に綻ぶ。


 1周目の時もしきりに海外での寮生活が不安だと言っていたもんな。義務教育から英会話が必修科目になっているとは言え言葉の壁もある。


 まぁ実際のところ彼女の英会話の成績は良かったし、持ち前のコミュニケーション能力を発揮してアカデミーでの生活を楽しんでいたようだったけど。


「僕も、リオと一緒にいたいなって思ったから」

「ふぁっ!? ちょ、こ、コータ?」


 リオは驚いたような声をあげると瞬間的に真っ赤になって僕を見た。

 キレイな黒髪の間から覗く形の良い耳まで真っ赤になっている。まったく可愛い事この上ない。


 そう、僕がアカデミーに行こうと決めた最大の理由はリオと離れ離れになるのが嫌だったからだ。

 

 1周目ではお互いの夢を叶えるために別々の道へ進んだ。そして、再会した暁には想いを告げようと決めていた。

 けど結局僕たちは互いの想いを確認しあう事はなかった。後悔した。心の底から。


 だから、僕はこの2周目の人生では出来るだけ一緒にいたいと思ってしまった。


「リオ」

「な、なに……?」


 僕はリオに向き合って彼女の翡翠の瞳を真っ直ぐに見つめた。

 頬を紅潮させ、瞳を潤ませているリオは本当に可愛い。離したくない。そう、思った。


「僕もリオとアメリカに行く」


 ……そしてリオを救ってみせる。今度こそ。

 僕は静かにそう誓った。


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