01.涙の種、笑顔の花

01-01.restart

 


 急に目の前が明るくなり、僕は顔をしかめた。


 長い廊下に並列したガラス窓。そこから夕陽だろうか、赤い光が差し込んでいる。


 学校の廊下と見紛う、そんな見たことがある光景。デジャヴかと一瞬思ったけど違う。既視感とかそういう感覚じゃない。もっとリアルな。


 僕は意識を失ったのか?

 僕は、MKモビルナイトに踏み潰された……そう思っていた。けれどこうして立っている。生きて、いる。


「……」


 ……夢、だったのか?

 何となく寝起きのような、モヤのかかったような感覚があるが何とか思考する。


 何気なく自分の手を見つめてみる。

 いつも通りの僕の手だ。心なしか肌ツヤが良い様にすら思える。

 それと目に入るのは学生服の袖・・・・・だ。


 よく見ると僕は詰襟の学生服を着ていた。昔の陸軍軍服を模したとされる学生服。ボタンを確認すると母校の校章が刻印してある。


 どうして僕はこの服を着ているんだ?

 夢……なのか?

 いや、夢じゃないよな、これは。


 夢を見ている様な、でもしっかりとリアルな、そんな不思議な感覚が広がっていく。


 僕はふと視線を上げる。

 液晶モニター型のカレンダーが壁にかけてある。学校などの施設ではごく一般的なものだ。

 もしかしてと思い、僕はカレンダーを見る。そして僕は思わず声を上げた。


「新暦0094年、5月18日だって……?」


 0094年と言えば僕が中学三年だった年だ。


 夢見心地で、自身の事なのにどこか傍観している。

 混乱したまま視線を移すと、壁面に設置されている姿見が目に入った。僕は恐る恐るそこに近づき、自分の姿を確認する。


「………………」


 僕は自分の姿を見て絶句した。


 そこには当然ながら自分自身が写っていた。目を丸くして驚いた表情をした僕が。

 けれど驚くべき事にその僕自身が中学時代の、少年の姿をしていた・・・・・・・・・からだ。

 

「嘘だろ、そんな事って……え、こ、声が!?」


 ようやくそこで自分の声の異変に気づく。声変わりする前の少年の様な、そんな声をしている事に驚いた。

 

 僕は、富士演習場で……。


「う……」


 あの光景が一気にフラッシュバックしてきて吐き気が込み上げてくる。それを口を押さえて必死に堪える。

 

 思い出したくもない、思い出したくもないけど、あれは夢なんかじゃない。


 あの痛み。夢なんかじゃ……?

 

「っ!? め、眼が……!?」


 そこで僕は自分の左眼が見えている事に気付いた。

 

 あの火の海と化した富士演習場で何かの拍子で飛来してきた金属片が僕の左眼に突き刺さった。

 眼球は確実に潰れてしまっていたはず。完全に失明したと思っていた左眼が見えている。


 時間が戻った、のか……?

 いやまさか……でも、そうとしか考えられない。


 学園で散々に理数科目ばかり専攻して学んだ。それなりに現実的に物事を考えられると思っているのだけど……。

 

 やっぱり時間が戻ったのか?

 

 一通り混乱して僕の頭をそんな事が過った。

 いやまさか、でも、この状況をどう説明する……? 

 

 僕は国際連合軍の合同入隊式典に参加していた。そこでガーランド中将たちが裏切った。そこで僕は死んだはず。


「リオ……」


 僕はリオの名前を呟いた。

 無力な僕を守って死んでいった勇敢な幼馴染の名前を。


 やるせなさが心を支配していく。僕は力の限りに歯噛みし、自身の拳を握る


『コータ。……愛してる』


 そう僕に告げて散っていったリオのことを思うと自然に涙が出てきた。

 

 リオに会いたい。リオに謝りたい。僕が無力で無能なばかりに。大切でかけがえのない幼馴染を、いや、大好きな女の子を死なせてしまった。


 そしてもう一度、さっきよりも大きな声でその名前を呼んだ。


「リオ……!」


 夕陽が差し込む廊下に僕の声が弱々しく響く。


「……なに?」


 不意にかけられた声に僕は驚いて振り返った。

 

 すると僕の後ろにセーラー服を着たリオが立っていた。


 腰まで伸びた艶やかな黒髪、翡翠色の大きな瞳。形の良い眉毛と整った鼻筋。白雪のように透き通った肌と桜色の唇。



 当時のまま・・・・・の、五年前のままの姿のリオがそこに立っていた。


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