00-02.あの日


『コータ、早くっ……早く逃げて!!』

「リオっ……で、でもっ!!」


 国際連合機構に参加する各国合同で行われていた入隊式典の会場、富士演習場は火の海になっていた。


 突如現れた所属不明のMKモビルナイトを中心とした部隊、それと新型MKモビルナイトに搭乗していたリオ以外のパイロット二名が国際連合軍を裏切り、虐殺行為を始めたのだ。


 英雄級のエースパイロットの裏切りに会場は一気に大パニックにおちいった。


 逃げ惑う新兵達に銃弾を浴びせ、踏み潰し、虐殺した。緊急出動してきた日本軍のMKモビルナイトも桁違いのスペックを誇る新型を、ましてや歴史に名を残すようなエースパイロットに敵うわけもなくひと薙ぎで鉄塊と化していく。


『コータ! 私が食い止めるから、その間に「リオも逃げるんだ! 早く!」ダメ! 私が逃げたら他の人たちは――』


 二〇mを超える巨体の背中に庇われて僕は歯噛みした。

 

 何故僕はリオに守られている!?

 

 何故僕はリオを守ってあげられない!?


 僕は彼女の隣にいる事しか考えていなかった。

 隣を歩く事こそ幸せなのだと思っていた。

 けど違う。僕はこんなにも無力だ。弱い。何もできない。圧倒的な力の前に、武力の前に僕は何もできない。


 何かの破片が突き刺さった左眼の痛みなどとうに忘れた僕は、自分でも信じられない程の力で拳を握った。


『他の人たち? そんな者どこにいる。生き残っているのはシロサキ少尉・・、キミとそこの青年だけだ』


 〝ライラック〟と対峙するMKモビルナイトの外部スピーカーから男の声が聞こえてくる。

 

『我々はこれから〝レイズ〟に出向き、新国家の独立のために動く。差別のない平等な政治を行う新たな国家だ。そのために武が必要となる。シロサキ少尉、キミと〝ライラック〟の力が必要だ。我々と来い。そして新国家の剣となり盾となるのだ』

『……私が行けば、この青年は逃して頂けますか?』

「リ、リオっ!?」


 聖騎士の異名をもつ前大戦の英雄、ガーランド中将が駆る新型MKモビルナイトの鋭いツインアイが僕を捉える。

 そして操縦者の動きをトレースしたかの様に少し首を振った気がした。


『……それは叶わない』

『何故です!』

『私も、そこにいるドゥカウスケート大尉も今ここで戦死した事にしなければならない。我々の存在を知ったまま返すわけにはいかない』

『で、では一緒に連れていく訳には――』

『無理だ。諦めろ』


 冷徹にそう告げるとガーランド中将の新型MKモビルナイト〝ダリア〟が僕に巨大な銃口を向けた。そこから銃弾が吐き出されそうになった刹那、僕と〝ダリア〟の間に〝ライラック〟が立ち塞がった。


 僕はその華奢で、しかし巨大で勇敢な背中を見上げた。右腕マニュピレータで光の剣、フォトンセイバーを引き抜いた。


 そして〝ライラック〟は、リオは短く一言だけ告げる。


『コータ。……愛してる』

「やめてくれ、頼む、お願いだ、リ――」


 懇願する僕。


 しかし次の瞬間〝ライラック〟は〝ダリア〟に突撃を仕掛けた。

 

 前大戦の英雄〝聖騎士〟ガーランド中将が駆るMKモビルナイトに。

 

 勇敢にも、無謀にも、僕を守るために。


『うわぁぁぁァァァァァァァァァァァァァァァッッ!!!!』


「――――――――――――――!!!」


 僕が最期に見た光景。

 確実に胸部を、コクピットをひと突きされた〝ライラック〟の姿だった。

 

 〝ライラック〟の四肢は脱力して膝を突く。

 コクピットがあったはず・・・・・の場所の装甲は融解し、ぽっかりと穴が空いていた。


 リオがいたはずのその・・・・・・・・・・場所・・に。


「あぁ……あ、ああああ、ああ……」


 僕はその場に膝を突いた。リオには逃げろと言われたが、心を支配する虚無感に抗う事が出来ず、もはや立つことも叶わない。


 リオに会いたい一心で、リオと幸せになるために、リオと夢を叶えるためにやってきた今までのこと。何もかもが暴力により奪われていく。

 

 何故こんな事になってしまったのか、何故僕はリオに守られてしまったのか、リオに守られたのか、リオを守ってあげられなかったのか。


 情けない、情けない、情けない。


 ただただ僕は自分の無力さを思い知った。


 そして僕は願った。心の底から。


 輪廻転生があるとして、次の人生ではリオを守ってあげられるような力が欲しい、と。


 この理不尽な暴力に抗う術が欲しいと。


 〝ダリア〟に踏み潰されるその瞬間まで、僕は切に願った。

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