第20話 成果
でかい足音が木々の中から聞こえる。
「っ!」
俺と彼女は魔導具から距離を取る。直後に木々の中から魔物が飛び出してきた。
魔導具はどうなったかと思い見ると、覆っていた布は地面に落ちている。
さっきの回避か魔物の襲来で落ちたようだ。
目の前には魔物、魔導具は布を被せても光が消えない、とどめに俺たちは疲労困憊。
どうする、とりあえず倒すか。
走ってくる魔物を魔法で撃つとあっさり倒せた。
一撃で倒せる部分は変わらないのか。
いや、でも倒してどうなる。
目的は魔導具の光をなくすことにある、ここにいる魔物を全滅したところで意味はない。
そもそも迷路にいる魔物は作られたものだ増やそうと思えばいくらでも増やせる。
俺たちがジリ貧で終わる。
もう一度布を被せに行こうにも魔物が多く確実に阻まれる。
なら「俺はあれに魔法を撃ってみる」
一か八かやってみよう。先生は光を失わせろと言った、なら壊すという手もある、と思う。
「……分かった」
彼女の了承も取れた。
魔法は風じゃなく石を出したほうがいいだろう、硬くて当たったら割れそうな石を。
次に魔法を撃った時に一直線で目標にぶつけることができるよう魔物の間を縫って撃つ必要がある。
俺は近づいてくる魔物を倒しながら一直線になる瞬間を待つ。
今!
「小さき土の精よ我が力を贄に大地の片鱗を行使する」
確実に撃てるように詠唱。
大きくて速い弾丸をイメージして石の魔法を撃つ!
「土玉(ソイルボール)!」
魔法が放たれると同時、魔物が腕を高く上げ攻撃体勢で近づいてくるのを後方に避けながら目標を見る。
放たれた石の弾丸は光を放つ魔導具にぶつかった。
……だめか。
魔導具は石がぶつかった瞬間輝きを増したが割れることはなく、突撃した石のほうが割れた。隙を見てもう一度してみたが、さっきと何も変わらなかった。
他の魔法、鱗はここじゃ難しい。
ならもう一度布を被せるか、今度は1枚じゃなくて持っている布全部。
「っ!」
避けながら魔法を撃っていたせいか足が一瞬もつれた。
その隙を魔物は見逃してくれず、気づいたら眼前に魔物が近づき覆いかぶさるように襲ってきていた。
魔法を撃つことを忘れて咄嗟に腕でガードしてしまい、そのまま押し倒される。
さらにまずいことに腕に鱗が生えてきた。体が危険だと思っているのだろう。
現に魔物は1体だけじゃなく数体が俺に近づいている。
「くっ」
「フリート!」
彼女のほうも囲まれている。
これはヤバイか。
「はぁ」
もう十分なのか。
彼女と協力して4つの魔導具の光を消した、今までのことを考えると十分だ。
それに学園の授業の一環だ、死ぬことはない。たかが授業、そう授業でしかないはずだけど。
怖いと思ってしまう。
眼の前の魔物が怖い。死ぬ直前にいるんじゃないかと錯覚するほど。
眼の前に車がぶつかってくる威圧に似ている。
抜けないと、咄嗟にそう思った。
「はあっ!」
鱗が生えた腕を盾にして、体を一気に起こして魔物を飛ばす。
尻もちをつきながらでも後ずさる。
「っ! 偽物の魔物なんかに負けるか」
声が聞こえる。
怒気があり、いつもの冷淡な印象とは違う。
だけど彼女の声だ。
囲まれていた状況から抜け出した彼女は俺に近づく。
「何か案は?」
魔物を切りながら再び冷淡な声に戻っていた。
「……そうだな」
倒れた体をすぐに起こして、魔物の襲撃に備える。鱗も消しておく。
「全部の布をあれに被せる、方法はあそこまで走って行くしかない。風魔法はこの乱戦じゃ無理」
問題は誰が行くかだけど、彼女は厳しそうだな。
ちょっと前から疲労が体に出ている。
「俺が行く」
「でも」
「まだ余裕があるから。魔物の引き付けはお願い」
俺も疲れているが身体強化をすればたぶん大丈夫、授業で覚えたばかりだけど。
「……分かった」
「布ちょうだい」
彼女の持っていた残りの布を受け取る。
右手で布を握りしめ、魔法を撃つ左手は自由にする。
魔物を注視しチャンスを見極め、走った。
授業で習った身体強化を発動して魔物の群れを走る。
近い魔物は彼女が引き付けてくれているが、奥にいる魔物は俺を待ち構えている。
ダダダッと襲撃してくる魔物は風で飛ばす。
「風玉(ウィンドボール)!」
複数飛ばせた。
あと5歩ほど走れば、っ!
木々から魔物が飛び出してきた。
「うおらっ!」
右腕で殴り飛ばす。
「あっ」
また右腕に鱗が生えてきた。なんだ危機だと感じたのか体が。
ああ、もういいこのまま突っ切る!
1歩2歩と魔物を腕で殴ったまま魔導具まで突っ切り「おらっ!」布を魔導具に叩きつけた。
「はぁはぁ」
疲労の体を無理やり動かして状況を確認する。
布はしっかりと魔導具にかかっている。
腕にいた魔物はいつの間にかいなくなっていた、倒したのか飛ばしたのかは分からない。
後ろを見るとまだ魔物がいた。俺やフリートを襲おうと変わらず動いている。
布をかけるだけじゃ駄目なのか。なら他にどうしろと、ん?
視線を魔導具に戻すと、光が徐々に弱まっている。
しっかり見ても間違いなく弱まっている。
これなら後少しで光が消える。
すぐに体勢を変えて近づいてくる魔物に魔法を撃つ。
全速力だったからか俺の方は距離があって余裕がある。
だけど彼女の方は多い、しっかりと引き付けてくれたからでもある。
「横に避けてくれ!」
避けたのを確認して風魔法を撃つ。
彼女の前にいた魔物は霧散、同時に周囲の魔物も消え始めた。
魔導具を見ると、光がなくなっていた。
近くの木々が海を割ったように開く。
俺たちは恐る恐ると迷路の外に出た。
グラウンドと建物が見え、他の人もいる。
終わったのか、やっと。
「はぁ」
風魔法で布を千鳥足にしたり、走って布を叩きつけたり、魔物と戦ったりずっと忙しなかった。
……思い返してみると、がむしゃらだったな。
恥ずかしさが湧き上がってきた。
いや、とりあえず話そう。
一緒にあの激戦を乗り越えた後に一言も声をかけないわけにはいかない。
「お疲れ」
「お疲れ……大変だったね」
口調は淡々としているが、お疲れと返してくれた。
「うん、でもフリートさんのおかげで助かった。ありがとう」
「それは……」
彼女が何かを発しようとしたとき、先生が俺たちを呼んだ。
「いや、なんでもない」
そう言って彼女は1人先に先生の元に向かった。
……見てみるか。ちらっと好感度を見てみる。
マイナスの部分が減っている。
あと数ミリ程度だけど、プラスもある。
風情がないな。自分から見ておいてだけど。
しかし嫌われ始まりからプラスになるとは。
妙な気持ちになる。
これは、達成感なんだろうか。
いや単に嬉しいだけか。
気を引き締めたほうがいいんだろうけど、さすがに疲れた。今日はもういいだろう。息を整えながら俺も先生の元に向かった。
授業が終わりグラウンドを去るとき先生の話し声が聞こえた。
「傷がありますね」
「いつできたんでしょうか?」
傷?
ちらっと先生たちの方を見たら、さっき授業で使っていた魔導具を手に持って何か話し合っている。
魔導具に傷。
もしかして石ぶつけてできた傷とか。
いやでも大丈夫だろう。
「何かで引っ掻いたような跡ですね」
引っ掻いた!?
「Aランクの素材なども使っているのですけどね」
Aランクの素材!?
つまり高価ということか。
……俺なのか。
鱗のせいでそうなったとか……逃げよう。
俺はそそくさとその場を去った。
翌日、翌々日も俺は職員室に呼ばれることはなかった。
良かった。
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