第9話 出立
兄から学園に向かえと言われた後は色々と準備をした。
なんせ長く館に戻ることはない。
といっても俺が持っていくものなんて多くない。
少ないお金と着やすそうな服を部屋から見つける。
あとはあれをどうするか考えたほうがいいか。
ベッドの下を探り目当ての本を見つける。
「これどうしよ?」
特殊な魔法の本。
見つかったら大事になる、かといって部屋に置いたままなのもな。
持っていくか。
服と一緒に適当な袋に入れればバレないだろう、たぶん。
なら次は袋を探さないと。
そんな感じで次から次へと準備するものが頭に浮かび上がり自室や館内をあさりまわった。
大して過ごしてないから思い入れもない。
妙な気持ちだ。
長い旅行をしているような非日常感というか。
さすがに魔法には慣れたけど、ここでの暮らしは嫌っている人も多いから慣れることはなかった。
建物の思い入れという部分だけを見るなら的あて屋のほうがあった。
……最後に行ってみようか。
善は急げ。
まだ日が昇っている間に俺は館を出た。
見慣れた裏路地を走る。
だがよそ見はしない、当たらないように絡まれないようにする。
慣れたもので的あて屋にすんなり着いた。
親の顔より見た、店名と火球と丸い的。
扉を開けて店に入る。
お金をカウンターに置き、店主が指で台を指差す。
仁王立ちで台に立ち片手を前に突き出す。
音が鳴り、的が出てきた。
使い慣れた風魔法で的を壊す。
最初は良い、こっからだ。
的が動いた、左右に上下に。
だがもう慌てない。
昔と違い俺には心唱と短縮詠唱がある。
片手を動かし素早く発射。
盛大に的は壊れた。
間髪入れずに的を壊していく。
「終了だ」
店主はそう言って、何かを渡してきた。
鉄みたいなのでできた的の形をした物。
「全部壊したぞ」
「おお」
最初は当てることもできなかったのに、全部壊したのか。
「ありがとうございました」
これで、この町のやり残しはもうない。
俺は扉を開けて外に出た。
そう思っていたが俺は思い出した。
書斎から取ってきた魔法書のことを。
帰ってすぐ書斎に忍び込み本棚に返した。
危うく忘れるところだった。
旅の準備も終えて、あとはいつも通り練習しながら待った。
その間、アスレアさんと会うこともなく気づけば出発前日になっていた。
朝起きてご飯を食べ、庭で遅くまで魔法の練習をして、自室に戻ったら荷物のチェックを行った。
妙にそわそわする、前日だからだろうか。
自室に戻ってもう何度やったか分からない荷物チェックにも飽きてきたのでベッドに入る。
明日は早いから寝過ごさないようにしよう。
こんな高そうなベッドで眠るのも今日が最後かもしれない。
意味もなく大の字になった。
遠足前なのか、旅行の最終日なのか分からないなと思いながら目を閉じた。
目を開ければ見慣れた天井。
ベッドを出て荷物を確認する。
忘れ物はない。
少しだけ風魔法を使う。
机に置いてあった紙がひらひらと中空を舞い、再び机に着地した。
うん、大丈夫。
荷物を持つ。
歩きながら館でも見て回るか。
扉を開けて廊下に出る。
やっぱりすごい廊下だよな、カーペットが敷いてあって扉がたくさんあって。
そもそもこんな長くて本格的な廊下がある家は前世でも見たことない。
まあそれを言うなら、外の景色だって電柱もなければマンションもないから初めてのことだらけではある。
左右を見ながら廊下を進む、気分は完全に観光。
恐らくここに戻ってくることはもうないというのも影響しているんだろう。
俺が入った部屋って自室と食堂くらいかな。
庭を部屋とカウントしていいのなら3つ。
ちょっと前に執務室みたいなのにも入ったか、ああ書斎にも入ったな。
すれ違う使用人に見られながら廊下を歩く。
顔と好感度を見る。
相変わらず嫌われている。まあそれは別にいい、気にしないようにした。
これから先、会うこともないだろう。
それに、もうすぐ玄関だ。
思い返してみれば、玄関から外に出たことあんまりない、1回だけだ。
久しぶりに真っ当に玄関から館を出た。
外には馬車が2台あった。
直で見るのは初めてだ、テンションが上がる。
馬車の近くにはアスレアさんがいた。
それと数人の見知らぬ人も。誰だろうか?
「おはようございます」
俺に気づいたアスレアさんの挨拶に同じくおはようと返して、見知らぬ人たちについて聞いてみた。
返ってきた答えは護衛や御者だった。
旅、馬車と来れば確かに納得の答えだ。
しかし護衛か、冒険者ギルドから来たとかだろうか?
でも教会とかならお抱えの騎士もいそうだ。
確かめるために護衛や御者の人たちを見ると服装が違うことに気づく。
白い服で品がいい感じがする。
「あの人たちが?」
質問ばっかで申し訳ないと思うが、気になるんだからしょうがない。
「教会所属の兵士たちです」
教会所属の兵士か。
白くて品のよさそうな理由が分かった。
しかし教会の兵士に護られるのか、若干アウェーというか信者じゃないからな俺。
旅中に勧誘でもされるのだろうか。
前を進む馬車にはもう一人の治癒術師である男の人が乗り、俺はアスレアさんと一緒の馬車に乗り込む。
馬車が動き出す。
ふと外を見る。
館が、町が遠ざかっていく。
転生した俺にとっては生まれ故郷といってもいい場所。
館の人間からほとんど嫌われていたし、町に関しての思い出も的あて屋ぐらいのもんで心からいたいと思える場所ではなかった。
ただ世話になったのは確かだ。
俺は館や町に一礼した。
区切りみたいなものだ。
よし!
前世のように流されず、人と向き合って、生き残る力を手に入れる!
心の中で再度決意を固めた。
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