第7話 対話と贈り物

「よお」

「んあ?」

どこだここ? 暗い場所にいる、というか闇に浮かんでいる? 

そうとしか表現できない場所にいる。

そして目の前に人。


「え」

そいつは悪人顔で、身長も特段高くない。

ゲームに出てきたら中ボスがいいところだろうと思わせるような雰囲気と顔をしていた。


「よう簒奪者」

そいつは俺だった。正しく言うなら、悪役のリージス・スモールディアがいた。



どういう状況だ? どうしてリージスがいる?


「誰だ、お前は?」

「分かっているだろお前も」

分かっている。

ちょっとしたジャブみたいな質問だ。


でもなんでいきなり……もしかして意識を取り戻しに来たのか? 

可能性として十分にある、ありすぎる。


リージスの体を俺の意思で動かしているほうがおかしい。

けど今になってか? 

やっと魔法も上手になってきた今? 

いや元々がリージスの体なのは知っているけど。


「俺はもう消えるぞ」

「え? なんで?」

すっとんきょうな声が出た。


「詳しいことは俺も知らん。ただ言うなら、俺の魂とお前の魂が混ざる、そして魂の量が多いお前の意識が残る。それだけだ」

「混ざる? 量?」

なんだ。どういうことだ? 

「少しは自分の頭で考えたらどうだ」


言われれば確かにそのとおりかもしれない。

一旦落ち着こう。


「ふぅ、はぁ」

深呼吸をして、軽い瞑想をする。

……よし、多少は頭も冴えたはず。


「なんでいきなり、俺たちはこうして会うことになった?」

「自分で考えるじゃなかったのか?」

「考えても分からない。だから聞いている」


さっきした深呼吸で分かったことは、何も分からないということだ。

だったら目の前にいる訳知り顔の男に聞いたほうがいい。


「俺の魂とお前の魂が完全に混ざろうとしている、だからこうやって会うことになった。不可抗力だな」

「なるほど。さっき魂の量とか言っていたけどそれって?」

「そのまんまの意味だ。俺の魂は、まあ色々やばい魔法を使ったら消えた。代わりに量が多いお前の意識が残った。今の俺は魂のカスみたいなもんだ」


なるほど。分かるような分からないような。

「ふ~ん。あれ? ほとんどってことはあるにはあるのか?」

「あるに決まっているだろ、こうして会ってるんだから」

「ということは、人格とか変わる?」

どうしよういきなり乱暴になって周りのもの壊し始めたり、使用人の体触りまくったりしたら。


「でかくは変わらないと思うが、ああでも魔法は変わるかもな」

「魔法?」


「今までは不完全な魂で魔法を使っていた。今後はまあ多少は魔法も出しやすくなっているじゃないか」

「そうなのか」

そんな状態で魔法を使っていたのか。


「なら今までの練習は無駄?」

「無駄ってことはないだろう。逆に良い練習になっている可能性もある」

そうなのか。変な癖とかついてないといいけど。



「聞きたいことは終わりか」

「ん~、なんで俺はリージスの体に入ったんだろう?」

「さあ、俺と似てるからじゃないか」

「俺が? それはないだろう」


周りに流されたまま死んだ俺と、傍若無人に振る舞って死ぬリージス。

似ている部分より、違った部分のほうが挙げやすい。


「あと人の好感度が見えるんだけどそれは何?」

「は?」

俺は好感度について大まかに説明した。


「知らん。どうせここに来るときに他人から奪ったんだろ」

「ええ」

いやありうるか。

転生途中に俺に付与された、神様の勘違いで。


「あるかもな」

「やっぱりか。簒奪者が」

人を小馬鹿にしたような表情と声。


むかつく奴だ。

俺も人と話しているときはこんな感じだったのだろうか、いやたぶん違うはず。

これは性格でそう見えるだけのはず。

でもちょっと前まで人のことまともに見てなかったしな、どう思われているかは微妙なところか。


「もうそろそろ終わりだな」

「そうか。なんか俺が質問してばっかだったな、質問とかある?」

「皮肉か」

「そう、か」

そうだよな。消えるんだから。


「あっ、館にいる人で体調悪そうなのいたか?」

体調? ああ、そういえば。


「治癒術師が来ていた、体調を崩している人が多いとかで」

「やっぱりか」

「え、何か関係してるの?」

「やばい魔法を使った影響だ」

特に悪びれるでもなく言った。


「ベッドの下の本あるだろ、あれバレるなよ」

その言葉を最後にリージスは消え、真っ暗になった。




「はっ」

目を開くとまず見慣れた天井。首を動かしても見慣れた高そうな家具がある。

意識はある、昨日の夢の内容も不思議なほど覚えている。

いや別に夢ではないのか、魂の対話? 

どっちでもいいか。


ともかく今、俺とリージスの魂が混ざっているのか? 

変わった感じはない。前世の記憶は自分のこととして思い出せるし、転生前リージス記憶は映像を見ている感じなのも変わらない。


ここまで変化がないと本当に単なる夢だったのではと思ってしまう。

確かめよう。

手を突き出す。

最近は制御が上手くなったから部屋でやっても大丈夫。


「暴風の片鱗を行使する風玉ウィンドボール

短縮詠唱。片手から風を感じる、ここまではいつも通り。ん、なんだこれ!

いつも通りにしたはずだけど風は吹き続け威力を増している。


いつもと何かが違う、一旦止めよう。

危うく部屋で暴風を起こすところだった。


さっきの感覚を思い出す。魂が混ざる前と後でどういう変化があっただろうか。

……風玉を出すのがスムーズだった気がする前と違って。

だから魔力を込めすぎて暴走した?


もう一度やってみよう、今度はさっきより少ない魔力で。


「暴風の片鱗を行使する風玉ウィンドボール

風を感じていく。

魔力を少なく少なく……安定した。


手のひらで一定の大きさ威力のまま止まった。第一段階はクリア。

「ふぅ、良かった」

努力はしっかりと身になっていた。

次は撃つ段階だけど、ここじゃさすがにな。

やるとしたら庭だ。

ひとまず魔法は止めて、次はあの本について調べる。



ベッドの下を探ると、あった。数ヶ月前に見たまんまの本。

まだこの世界に慣れてなかった頃に読んで断念した記憶がある。

今なら読めるはず。

本を開きページをめくっていく。


……読めるな。内容が入ってくるというか、なんなら一度読んだ感じがする。

これは悪役の記憶だろうな。

魂が混ざったらしいし、転生初期より悪役の記憶も思い出せているのかも。


ただ記憶があるといっても本は分厚い。

なんとか斜め読みして大体の内容を頭に入れる。

メモ書きみたいなのもあるな、悪役が書いたものかもしれない。


本を読んでいる間、館の使用人が何度か扉をノックしてご飯とかをどうするか訪ねてきて、俺は丁寧に断った。


転生前リージスと会話したときに感じた人を小馬鹿にしたような表情と声はしないようにと心がけて。


それはいいとして、この本の内容はざっくり言えば魔法の本だ。

ただ世間一般に出回っている魔法の本じゃない、特殊な魔法の本。

そしてこの本を読んで思い出した、悪役の力について。



俺は周りに誰もいないことを確認して魔法を発現する。

手の甲に意識を集中、変化するように。

皮膚が徐々に硬くなり変わっていく。


「おおっ」

手の甲に鱗が生えたみたいな感じになった。

どれぐらい硬いのか木剣で叩いてみる。

カンッカンッ。

硬そうだな、そして強そうだ。


確かゲームのリージスも似たような力を使っていた気がする。

もうこの時点であったのか。


試しに手の甲の鱗を消して他の場所にも発現してみる。

胸であったり、首であったり、致命傷になりそうなところにも鱗を生やすことができた。

今のところ範囲は狭いが即席の鎧ができるといってもいい。

便利だ、便利だけど。


さっきこの鱗を出したとき頭に浮かんできた。

鱗を出して学院内で周りの貴族から引いた目で見られている風景。

たぶんゲームの記憶。

この国ではあまり好かれない魔法なんだろう。

いわゆる闇魔法的な。


それに手を出したから転生前リージスは魂を失ったのか。

だとしたらゲーム内リージスは魔法が成功した世界線ということなのだろう。

どうして分岐したのか分からないが、まあ今はそれより。



「どうしようか」

本片手に棒立ち。


というかこの鱗を見られてより学園で嫌われて、だから主人公に殺されたんじゃないだろうかと思ってきた。

だとしたら死亡フラグの1つだ。


とにかく人前では使わないようにしよう。

人前以外だったらなるべく練習したい。使いこなせたら強いだろうし。


……気づかぬうちに俺は悪役と同じ道を歩んでいるのかもしれない。気をつけよう。

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