第6話 魔法と好感度

人の顔をしっかりと見ることができた翌日。

俺の気持ちは爽快だった。

食堂に向かうまでの廊下、まっすぐ前を向いて歩くことができている。


逆に今までそうじゃなかったのかと思うが、今までは練習のことばかり考えていた気がする。

そうすることによって人との関わりを避けてきた。


ここで俺のことを好きな人はいないからある意味必然な行動だとも思うが、見ず知らずの彼女の顔も見てなかったのは自分でも驚きだ。

彼女はありがたいことに顔を見なかったことを、熱中していたと捉えてくれた。


彼女の場合は出会いや状況が特殊なせいもあってそう思ってくれたんだろうが、会う人会う人がそう思ってくれるわけじゃない。

今後は気をつけて、しっかり人と向き合おう。


食堂までつき扉を開ける。

するとさっそくこの館で俺を一番嫌いであろう人がいた。

兄だ。

「……おはようございます」

顔を見て言った、もちろんマイナスの好感度も見えている。

「おはよう」

椅子に座って食事をする。

いつも静かな食堂だけど、静かを通り越して冷えている気がする。

もう一度、好感度を見てみる。


マイナスだな……。

そういえば、的あて屋の帰り道で絡まれて殴られそうになったとき好感度が点滅した。

あれはなんだったんだ?

いくつか予想はある。機会があれば色々やってみるか。


食事をすぐに終わらせ、いつもの練習場所に向かった。


日課となった瞑想や筋トレを終えて魔法の練習に移る。


うん、魔法は上手くなっている。

だけど問題もある。

的あて屋での帰りの1件、あのとき詠唱に手間取った。

それに近接戦闘もそうだ。


男たちが本気で殴ってきていたらどうなっていたか。

俺が望んでなくても近接戦闘をしないといけない場面もある。

それを解決する策は、詠唱の改善と好感度の点滅があると思う。


まずは詠唱の改善だな。

俺は書斎から持ってきた本を開く。


確か詠唱に関する記述があったはずだ。

このページかな。


魔法発動にはいくつか方法があり、詠唱、心唱しんしょう、無詠唱の3つあるらしい。


詠唱は時間がかかるし口にするから相手にバレるが、そのぶん安定して成功する。魔法名を叫んで発動だ。


心唱しんしょうは心のなかで唱えて発動する。詠唱より安定性に欠けるが、時間短縮と相手にバレることがない利点がある。小説でいう地の文だ。


無詠唱は唱えないで魔法が発動する。詠唱や心唱と比べて確固たるイメージがなければ失敗するか半端な魔法になる可能性が高い。だけど目の前に土の壁が欲しいと思って魔法を発動したら詠唱も心唱もなしで土の壁が出てくる。転生者の得意分野だ。


本には大規模か複雑な魔法じゃない限りは、心唱と短縮魔法を目指そうと書かれている。

心の中で唱えながら、唱える魔法自体を短縮する。これがオーソドックスらしい。


一回やってみるか。


手のひらを突き出し、心のなかで唱える。

小さき風の精よ我が力を贄に暴風の片鱗を行使する風玉ウィンドボール

「おっ」

目の前の草が揺れた。

なるほどこういう感じ。


短縮魔法っていうのはどうやるんだ?

最初の言葉でも端折ってみればいいのか。


「暴風の片鱗を行使する風玉(ウィンドボール)」

「おっ」

また目の前の草が揺れた。

なんとなく分かってきたかも。


「楽しい」

その後も色々してみて分かったことは、イメージが大事ということだ。

本にも書いてあったが、どれだけ魔法を発動できるかのイメージと制御といった技術。

それらの補助として詠唱がある。


一応、無詠唱もしてみたら、目の前の草がちょっと揺れた。

攻撃として使うには物足りないが、これも練習次第だろう。



「おはようございます」

練習に熱中していたらアスレアさんがきた。

「おはようございます」

今までは練習ばかりして、挨拶の1つもしていなかった。

でも今は顔を見てできる。小さすぎる一歩だが、間違いなく一歩だ。


「魔法の練習ですか?」

「はい、大分と上達しました」

試しに心唱で水玉を出す。そして形を大きくしたり小さくしたりする。

「おお」

感嘆な声をあげてくれる。

すごい自己肯定感が上がりまくる。ずっとしていたい。けど今することはこれじゃない。


「あの少し手伝ってもらえませんか?」

俺は今日の本題を切り出した。



「これで攻撃すればいいんですか?」

「お願いします」

今からすることはあのときの再現だ。

彼女に木剣を持たせ俺に攻撃してもらう。そのとき好感度がどうなっているか見る。


「私で大丈夫ですか?」

「大丈夫です」


彼女には、好感度の件は伏せて攻撃されたときの対処法の練習と伝えている。

この世界で相手の好感度が見えるというのがどういうことなのかまだ分からない。

魔法の一種なのか、はたまた別の何かなのか。

気持ち悪いと思われるかもしれない。


絶対言う必要があるわけでもないから言わないでおいている。

なんか騙しているみたいで心が痛む。いずれ恩を返そう。


「いきますよ?」

「はい」

彼女は足を出して木剣を振り下げる。

おっかなびっくりな動作だから遅いはずなんだけど、そうだとしても攻撃を避けるというのは案外難しい。

まともな戦闘なんて前に男たちとやったあれぐらいだからな。


「はっ、はっ」

声を出しながら彼女は剣を振る。

好感度はマイナス方面が点滅して、それから攻撃がくる。

攻撃のタイミングが分かる。あとはどこにくるのか予測して避ける!


「ふっ、はっ」

これ今は攻撃が遅くて予測できるけど、ガチの剣士相手だったら勝てる気がしないっ!


それから数分ほど続けて休憩に入り、好感度について考えることにした。



あの点滅は殺気なんだろうか?

攻撃をしているときだけマイナス方向に点滅、少なくとも彼女は俺の体に当てようとはしてきてた(俺に命令されてだけど)。

相手に攻撃するということは少なからず攻撃性、怒りなんかの近い感情は出る。

人によっては恐怖や悲しみもあるかもしれない。

それを感知して好感度に反映するのか?


だけど彼女の点滅は男たちと違って分かりにくかった、光の具合というか点滅の速度も遅かった。

だとすれば光や点滅の具合は相手の攻撃性の程度によって異なる、のだろうか?


横棒グラフで相手の好感度が分かり、光の点滅でそのときの感情が分かる魔法、と思えばいいのか?

好感度のほうが分かりやすいから、これからも好感度と呼ぶけど。



「手伝ってくれて、ありがとうございます」

「役に立てましたかね?」

「十分すぎるほど」

「そこまででは」

こそばゆそうな笑みを彼女は浮かべていた。


好感度について少しは分かった、あと近接戦闘の課題も。

素人であろう彼女が剣を振って避けるのに必死というのはよくない。

俺が怖がっているというのもあるんだろうけど、場数を踏めばどうにかなるんだろうか。


俺はそれから1人になっても練習を続け、いい時間になったら自室に戻った。




思えば気楽な生活だよな。

転生してからずっと魔法や剣の練習ぐらいしかしてない、家の仕事的なことを一切やってない。

これで大丈夫なんだろうかとも思うが、俺に仕事を振る人間はいるのだろうか?


いずれ追い出されたときのために今は練習に熱中していたほうがいいのかもしれない。

貴族的な仕事をしたいとも思わないし。


寝る前の小考を終えて目をつぶる。頭の中に色々な課題を浮かべせながら意識は落ちていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る