第5話 進歩
的あて屋から館までの帰り道。
場所を覚えようと周りの建物を見ながら帰る。
「んっ」
前に男の人が。
顔を見せないように布を深くかぶり視線をそらす。
危ないと思い避けようとする。
男がまるで追尾するように俺のほうに迫ってきた
「邪魔だ!」
ぶつかってきた。
そしてローブの襟あたりを掴まれた。
やばっ、終わったか。
なんとかローブを体に纏わせて服を見せないようにする。
「服が汚れた」
長身で細い男が俺の顔を見てきた。
つい視線をそらしてしまう。
後ろには、体格ががっしりしている男もいる。
どうしよう。
すると細長い男が俺の着ているローブを漁り、一つの袋が出てきた。
男は無遠慮に袋を漁った。
「安、まあいいや。服代もらってくよ」
長身がそう言って、2人の男が去っていった。
面倒くさいのに絡まれた。
まあ、いいや。
あの袋はダミーだし。
男たちが持っていった袋に大した額は入っていない。ちょっとしたお金と大量の小石が入っている。いかにも子供が持ちそうなものを入れてみた。
ここに来るためにしたもう一つの対策、ダミーの財布プラス服の至るところにお金を隠している。
例えば靴の中とかにも。
見ていたアニメで似たようなことをやっていたから真似してみたけど、やっていて良かった。
しかし怖かったな。
今後はより一層気をつけよう。
この布も変えたほうがいいかもしれない。
人にぶつからないよう注意しながら帰路を急いだ。
館で十分に魔法の練習をしたら、成果を見るために的あて屋に向かい、改善点を見つけて館でまた練習し直す。
そういう流れが出来始めた。
2回目の的あて屋で的を壊すことができ、3回目ではほぼ狙った位置に撃てるようになった。
ちょっとずつ上手くなっているのが実感できると、より練習したくなってくる。
そんな日々を送っている。
ただ張り切りすぎたせいかやたら疲れている。
まあそこまで心配することはないか。
いつも通り庭で詠唱したり瞑想をしたり剣を振ったりしている。
「はっ! ふんっ!」
突きや切り、スクワットや腕立てをした。
「はぁはぁ」そのままどすんと地面にお尻をつける。
「大丈夫ですか?」
「ちょっと疲れているだけです」
少し休憩してすぐに立つ。次は魔法だな、撃つのはムリだから形とあとは魔力の込める感覚を思い出して。
「今日も的あて屋に行くんですか?」
「うん」
アスレアさんには的あて屋に行っていることは話している。会話の流れで話すことになった。
瞑想を教えてくれた件もあるし話してもいいと思った。
「そんなに良い景品があるんですか?」
「それなりかな」
「それなり」
一応、景品を手に入れることが目標。
だけど景品自体に興味はあまりない。
良い点が取れれば景品がもらえる、つまりそれだけ魔法を上手く撃てているということ。
本命は魔法を撃つこと、そのために分かりやすい目標を立てている。
もらえるに越したことはないけど。
的あて屋に行く前の準備運動も終わり、色々と準備をして窓から館を抜け出す。
最初のころよりかなり手慣れてきた……隠れて家出ることに慣れたくはないな。
そう思いながらいつもの道を走る。
体力もそこそこついてきたと実感しながら、目当ての店に着いた。
もはや見慣れた店内。
「……」
ついに俺がきても何も言わなくなった店主。
俺も黙ってお金を置き台の上に立つ。
「始め」
その言葉と共に目の前に的が現れる。手のひらを突き出し、方向を合わせ適切な威力をイメージする。
詠唱をして言う。
「小さき風の精よ我が力を贄に暴風の片鱗を行使する
その言葉と共に風玉が発射、気持ちのいい音が響く。
よし! まず一つ。
魔法を発動することにも慣れてきた。
次々と現れる的を撃ち抜いていく。
ここまでは十分、問題は次だ。
的が出てきたが今度は動いている。
先を予測して撃っていくが何度か外していく。
腕を動かしたり少しでも集中が乱れれば、風玉の速度が遅くなったり威力が弱くなる。
今後の課題だ。
なんて思っている間にも的は速くなり続ける。
機械でも使っているんじゃないかという速さ、たぶん魔法なんだろうが。
「はぁはぁ」
1つ1つ丁寧にそれでいて素早く的に向けて魔法を放つ。
最終的に何度か外しはしたが今までよりいい結果だった。
というか本当に全部当たるように設計されているんだろうか?
「ん」
店主は何かを台に置いた。
見るとそれは石でできていて丸い形をしている。
的がモチーフなんだろう。
ゲーム的に言うなら換金アイテムだろうか?
的を全部壊してないから売っても大した値段にはならなそうだが、もらえるものはもらおう。
ポケットにしまう。
「どうも。ふぅ」
魔力を使いすぎたな。
鈍重な動きで扉を開けて外に出る。
まだ昼間だというのに薄暗い。
いつもと同じように帰り道を辿っていると声が聞こえてきた。
女性と男性、何か揉めている。
偶にここらへんではあることだ。
巻き込まれたくないので通り過ぎようと思ったが、聞き覚えのある声だった。
この声、アスレアさんか?
なんでこんな場所に、いやそれより。
俺は近くにあった木箱に身を隠しながら、揉めている現場を見る。
バレないように覗く。
アスレアさんがいる。遠くて分かりづらいが、たぶん服装的にそう。あとは男が2人。
何をしているんだろう、人さらい?
ありえない話じゃないよなこの世界だったら。もしくは何かの勧誘か。
「……よし」
止めよう。
何でもかんでも首を突っ込む気はないが、アスレアさんには瞑想の件で世話になった。
もし勘違いだったとしてもそれはそれでいいだろう。
せっかく転生したんだ積極的になろうじゃないか。
俺は布を深くかぶり服を見せないようにする。
この状況で貴族の子だとバレたら面倒くさそうだ。
揉めている現場に近づきながら話している内容を聞く。
「お前、ぶつかってきただろ」
「すみません」
うん、勘違いというわけでもない絡まれている。
男たちがしているのはお金の要求か。ぶつかったとかなんとか。どっちの過失かは分からないが路地裏の狭さならぶつかることもあるだろう。
もうちょっと話を聞こうと思い男たちのほうまで近づこうとしたとき、がたいの良い男がこっちを向いた。
「お前見た顔だな、ガキ」
見た顔? 男の声はかすかに聞き覚えがあった。
恐る恐る顔を見る。
ああ、初めて的あて屋に来た帰りにぶつかった男2人か。
ってそんなことより、細長い男が彼女の手首を掴んだ。
「ちょっと」
「邪魔だ!」
がたいの良い男が怒鳴る。
瞬間、好感度が光った。
嫌な予感がして咄嗟に避ける。
「いっ」
頭を壁にぶつけてしまった。
だけどその直後にさっきまでいた場所に拳が振るわれていた。
「チッ。ガキ、そこそこいい服着てるな」
「あっ」
布の下の服が見えていた。
やっぱりいい服判定なんだな。
「ん? なんだこれ」
男が何かを手に取り、俺に向けてきた。
あれは的あて屋の景品だな。
さっきの衝撃で落としたのか。
「ただの景品です」
「ふーん。あんまり高そうじゃないな」
「でもこの服ですよ、高いやつかも」
細長い男がこっちに来て景品を見て言った。
そのおかげで彼女の掴まれていた手首がフリーになった。
あれなんか勘違いしてる?
たぶんそんなに高くないと思うけど。
「もらいましょうよ」
ご自由に。
そうだな男たちが景品を見ている隙に彼女を連れて逃げるか。
なんてことを思っていたら。
「あの、それ大事なものだと思うので返してくれませんか?」
言ったのはアスレアさん、意外と冷静な声。
彼女には的あて屋のことを話している。
覚えていてそう言ってくれたのかもしれない、嬉しい気持ちになった。
だけど、それは悪手だ。
「うるせえな」
細長い男が言った。
子供に指図されたからか若干のイラつきが見える。
がたいの良い男が彼女の腕を掴んだ。
「ちょっと黙っててくれよ」
まずいかもしれない。
「それは」
「おっと」
細長い男が行く手を遮り、腕を伸ばしてきた。
さすがに強行突破か。
魔法で風を生成。
威力は弱め、相手にぶつけて怯んだすきに抜け出す。
「小さき風の精よ我が力を贄に暴風の片鱗を行使する風玉(ウィンドボール)」
早口の詠唱。
手のひらの風を相手の腹を殴ると同時に発動。
「うっ!」
細長い男は地面にくずおれる。
風魔法と合わさりそれなりのダメージは与えた。
「おい! ガキ、何した!」
ガタイのいい男が近づき布を引っ張られた。
「うっ!」
体勢を崩し地面に体をぶつける。
男が近づく。
殴られるかもしれない。
手のひらを男に向けた。
「小さき風の精よ我が力を贄に、うっ」
手首を掴まれた。
いやなんでもいいとにかく言う。
意地でも手のひらを男に向け続けて言う。
「暴風の片鱗を行使する風玉(ウィンドボール)」
「なっ」
発動間際、掴まれていた力が抜けた。逃げようとしたのかもしれない。
だが間に合わず男は向こうの壁まで吹っ飛んでいった。
ガンッと音が聞こえた。
威力強すぎただろうか。
「うっ」
頭が、体中が痛い。
魔力もそこそこ消費した。
「アスレアさん、大丈夫、ですか」
世界が揺れている。
「私よりもあっ、あの!」
意識が暗闇に落ちた。
う~ん。なんか頭に何かある? 何だこれ。
「大……ですか?」
ん、この声? 混濁した視界が徐々に鮮明になっていく。
同時に体も安らかな気持ちになっていく。
「起きましたか?」
「……うお!」
アスレアさんが目の前にいた。
いや目の前というか俺が横になっているから上にいたというか、彼女の白い髪が美しい滝のようになって、まて落ち着け。
状況を確認しよう。
的あて屋の帰り、争っている現場に俺が入っていって戦って頭とか体とか打った。
それにしては体が痛くない。
頭の感触は、彼女の手があるのか。
よく状況を確認すると、俺は地面に横になっている。アスレアさんは横になっている俺の頭の下に右手を差し入れ、左手は俺の体の方に向いている。膝枕ならぬ手枕だ。
これ手痛くない?
すぐに体を起こす。
「大丈夫ですか?」
「うん、もう痛くない」
「念のためもう一度しておきます」
そう言って彼女の手が俺の頭に触れる。
淡い光。
柔らかそうで優しい気持ちになりそうな光だ。
回復魔法か、まだ俺が習得してない魔法だ。
その間に少し周りを確認。
さっきまでいた場所ではない、薄暗い場所ではあるが大通りに近い、移動したのか。
「ありがとう」
「いえ、私のほうこそありがとうございます助けてくれて」
うーん。勝手に出て場を荒らしただけのような気も。
「あの男たちは?」
「大丈夫です。しばらくしたら目を覚めるかと。結構移動したのですぐ会うこともないと思います」
良かった。
咄嗟に魔法撃った俺が思うのも何だが。
でも死んでほしくはない。
「アスレアさんがここまで俺を運んだの?」
「はい」
「すごいな」
子供ということもあってそれほど俺は重くないと思うが、彼女も似たような年齢だろうから苦労しただろう。
意外と力持ちなのかもしれない、回復魔法も使っていたし身体強化とか使ったのかも。魔法がある世界だ不思議じゃない。
「いえ、私がもう少し速く避けていればこんなことには」
「避ける?」
「はい。道を歩いているときにあの人たちが近づいてきて、私がもっと速く避けていれば当たることもなかったので」
やってること変わらないな。あの人たち。
アスレアさんもそういう問題じゃないと思うけど。
「そもそも、道に迷わなかったらこんなことには」
彼女は真剣な表情で反省している。
ん? 何か違和感を感じた。
なんだろうか。
アスレアさんが反省して、白い髮が目について。
「そういえば、初めてしっかりと顔を見た気がします」
「え、初めて?」
「ええ、脇目も振らず練習に熱中していましたから」
初めて、そうか。そういえばそうだ初めてだ、彼女の顔をしっかり見るのは。
チラッと見たことはあった、でもそのときの記憶はすれ違う人を見る程度の記憶しかない。
いや、そもそも彼女だけじゃない、ここ最近は人の顔をまともに見たことなんてなかった。
ずっと剣や魔法にばかりかまけていた。
なんで、いや分かり切っている。
最初の頃は見ていた館の人たちとか、でも好感度を見てから見なくなった。あれは顔の位置にあった。
怖かったんだ、人の顔を見るのが好感度を見るのが。
大半がマイナスで、それ以外は無関心で。
どれだけ表面上は丁寧にされても、ああ嫌っているんだなと思ってしまう。
「ごめん」
「どうしました?」
「ずっと顔見て話してなくて」
「いえそれは別に、練習に夢中で疲れもあったと思いますし」
「そうか」
そう思ってくれるのは、ありがたい。
彼女の顔を見る、そして好感度も見てみる。
近未来を想像させるような半透明な板には見たこともない色の横棒がマイナスとは違う方向にあった。
オレンジ色。
長さは数センチ程度。
プラスだろう。
風情がないな。
人の気持ちを見ているという後ろめたさみたいなのもある。
棒も長いとは言えない。友人未満だろう。
でも初めてのプラスだ。
ああ、なんかとても嬉しい。
……いや初めて見るプラスが俺にとっても悪役にとっても他人というのは悲しい話だな。
でも嬉しいという気持ちは事実だ。
「リージスさん、これ」
「ん? あっ、これって」
受け取ったのは石でできた丸い形をしたもの。
的あて屋の景品だ。
拾ってくれたのか。
「頑張っていましたから」
もしかして彼女の好感度のプラスって、応援したい的な感情かもしれない。
練習は本気でしていたし。
「ありがとうございます、怪我も治してもらって」
「一応、治癒術師ですので」
ここまで正面を見て話すのは久しぶりだ。
こうして俺は人と正面から会話できるようになった。
なんとも言えないが、これも進歩だろう。
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