第41話 イブでもダンジョ……椎名さん!?
翌週の土曜日。
ぴち子という新たな仲間との出会いがあったものの、収益的には大敗北の≪ゴブリンホール≫には早々に見切りを付けて別の固有ダンジョンに挑む。
今日行くのは≪再生の庭≫。
紫さんがおススメしてくれたダンジョンの最後の一つだ。
最寄り駅からダンジョンまでの街並みはイルミネーションで陽気に装飾されている。
そういや今日はクリスマスイブだ。
去年までは毎年繰り返しテレビ放映される同じ映画を見るだけの日だったからちっとも気にしてなかった。
でも今年は壁尻さんたちがいる。
帰りにケーキでも買って帰ろうか。あとチキンも。
あ、ぴち子にチキンは微妙かな。
共食いになっちゃう。
代わりにフルーツと好物のポップコーンでも用意してあげよう。
うん、そうしよう。
管理局の建物でてっちゃんと合流する。
管理局の中は探索者の姿が少なくがらんとしている。
もしかしてこのダンジョンって人気ない?
それとも今日がイブだから探索に来る人が少ないだけ?
窓口で地図を購入して、買い取り表をチェックしておいた。
「あーあ、イブにまで仕事なんてサイアク!」
「本当よね。どうせ今日は探索者も少ないんだし人員減らせばいいのに。支部長は頭が固すぎるのよ」
「だよねー」
ヒマを持て余した職員の雑談が耳に入ってくる。
やっぱり今日は特別、探索者が少ないみたいだ。
「今日は人が少ないみたいだよ」
「すいててラッキーだね」
僕ら陰キャにはクリスマスなんてイベントは関係ないのだ。
皆が遊んでる間にたっぷり稼いでやるぞー! ガハハ!!
「沢山くんに佐伯くん?」
振り返るとそこにはまさかの人物がいた。
「「し、椎名さんっ!?」」
「フフッ。息ピッタリだね」
まさかだ。
リア充の化身の如き椎名さんがこんな日にダンジョン探索してるなんて。
はっ! もしや彼氏とダンジョンデート!?
「違うよ。普通に探索に来ただけだからね」
はっ、口に出しちゃった?
「顔に書いてあるよ——って、前もこんなやり取りしたよね」
ふふふ、と笑う椎名さんのご尊顔は今日も変わらずお美しい。しゅき。
「し、椎名さんはみんなと遊びに出かけるんだと思ってたよ」
「そうそう。クリパ的な」
「色々誘われてたんだけど、ダンジョン優先で断っちゃった。それに——」
それに?
「パーティメンバーと探索のあとでクリスマスパーティしようって前から約束してたんだよね」
椎名さんのパーティの人たちが羨ましいよぉ。
でも。
楽しそうな話題なのに、椎名さんは微妙な表情。
どうしたんだろ?
「なにか——」
「おーい、聖子! 行くぞー!!」
僕の発しかけた言葉は、椎名さんを呼ぶ声にかき消された。
いつぞや見かけた椎名さんのパーティメンバーだ。
大学生っぽいイケメンさんと、そのそばにはカップルっぽい男女。
「はーい! ごめん、もう行くね。ばいばい」
そう言って走り去る椎名さん。
リーダーのイケメンさんと椎名さんが並んで歩く姿は傍目にはお似合いのカップルのように見えて。
だけどなんだか、なんだか椎名さんの動きがいつもよりぎこちなく僕には感じられた。
まるでイケメンさんのことを避けたがってるような。
これって僕の願望かな?
「椎名さんちょっと変じゃなかった?」
「そ、そうかな?」
てっちゃんは何も感じなかったみたい。
やっぱり僕の認知が歪んでるだけかも。
椎名さんを見送って、少し間をおいてからダンジョンに入る。
さっき別れたばっかで出くわしたら気まずいからね。
今日潜る≪再生の庭≫はフィールド型多層構造のダンジョンだ。
実はちょっと他の多層構造のダンジョンでは見ない珍しい特徴がある。
全八階層あって、ボスフロアである最終階層を除く全てのフロアで同じ魔物が湧く、同じような構造の階層になっている。
通常、多層構造のダンジョンでは深く潜るほど魔物が強くなるんだけど、ここじゃどれだけ潜っても変わらない。
なのでここでは人の少ない階層まで一気に下って、そこで狩りをするのが定番の動きになっているらしい。
出現する魔物はトロルとパワーコング。
トロルは二メートル半ほどの身長の、毛むくじゃらの人型の魔物。
かなりの怪力と傷を負ってもすぐに塞がってしまう異常な再生力が特徴だ。
動きがかなりトロいのであまり強い魔物ではないんだけど、再生力のせいで倒すにはそれなりの実力が要求される。
一定以上の高い攻撃力が無いと再生力を突破できずに千日手になることから、探索者からは初心者卒業試験扱いされている魔物だ。
パワーコングはその名の通りムッキムキなゴリラ。
トロル並みの怪力と、トロルとはくらべものにならないスピードを持つ、シンプルに強いタイプの魔物らしい。
再生力がない分トロルよりは倒しやすいんだけど、強みがシンプルなだけに戦う際にはこちらの実力が試される。
そんな二種類の魔物が単体でのみ出現する。
それと、運が良ければダンジョンビーにも出会えるらしい。
その名の通り蜂型の魔物で、ダンジョン内に巣を作って蜂蜜をため込んでいる。
ダンジョンビーの蜂蜜は高級品なので出来れば巣を見つけて採取して帰りたい。
ゲートを潜ってダンジョンへ。
壁尻さんたちはすでに人目のつかないところで召還して、壁尻さんには地面に潜ってもらっている。
ゲートを抜けた先にはいつもの神殿。
さすがに僕らも見慣れちゃったのでそのまま神殿の外まで歩いて行く。
外の景色は一言で言うなら、苔むして緑に浸食された廃墟。
いたる所に石壁の残骸や、辛うじて形を保っているだけの石造りの建造物が見える。
こういう景色にちょっとロマンを感じてしまうのは僕が子供っぽいからかな?
とりあえず、人の少ない階層を目指して歩き出した。
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