第38話 ゴブリンの体を張った策略

「やっぱさ、ゴブリン相手なら楽勝すぎて手ごたえ感じないよね」


「そ、そんなこと言ってるとヒーローとかジェネラルとか上位種が出てくるかもしれないよ?」


「フラグが立つって? ラノベじゃないんだからそんなことあるわけないよ」


 軽口を言い合いながら洞窟を道沿いにしばらく歩いていると、開けた空間に行き当たった。


 目の前は崖になっており、壁沿いをゆるい下り坂がスロープのように伸びている。


 見下ろせばそこは広場のようになっており、中央には井戸、その周囲で二体のゴブリンが井戸端会議をしている。


 まだこちらには気づかれていない。


 ここから狙い撃てるかな?


 身振りで皆に許可を貰ってから杖を構える。


 よ~く狙って~。


「≪輪唱:ファイアアロー≫」


 炎の矢がゴブリンの頭を過たず貫く。


「グギャッ!」


 相方の突然の死に驚いたもう一体が悲鳴を上げた。


 もう一発。


 首尾よく二体とも撃破したけど、さっきの悲鳴を聞きつけて他のゴブリンが壁に空いた横穴から這い出てきた。


 十二、三体はいるだろうか。


 ほとんどが棍棒を担いだ普通のゴブリンだけど、中に一体だけ変わったやつがいる。


 他とは違い骨のネックレスを身に着けた、錫杖のような杖を持つ個体。


 回復魔法を使うゴブリンシャーマンだ。


 ついでなのでアイツも倒しておこう。


 さらにもう一発≪ファイアアロー≫。


 放った魔法はバシュンとシャーマンに突き刺さり、シャーマンはそのまま倒れる。


「グギャギャッ!!」


 今の一発でこちらの居場所に気付かれた!


 ゴブリンたちが坂道に殺到する!


「ここで迎え撃とう!」


 てっちゃんの提案に了承を返す。


 僕の魔法だけで殲滅出来るけど、探索はまだまだ続くんだから温存しないと。


 一応いつでも魔法が使えるように待機しながらこちらにせまるゴブリンをじっと見つめる。


 あ、ゴブリンが罠踏んだ。


 しまった! 丸太トラップだ!


 壁から突如突き出てくる丸太。


 それはゴブリンに直撃して、ゴブリンはギャグ漫画みたいに吹き飛んでいく。


 落ちていくゴブリンと目が合う。


 ゴブリンは『えっ? なんで?』と言いたげな切ない表情で落下していった。


「フハッ!」


 だ、だめだ……笑っちゃう。


 真面目な戦闘中なのに。


 あんな表情卑怯でしょ!?


 おのれ、これがゴブリンの卑劣な策略か……。


 てっちゃんもあのゴブリンの表情を見ちゃったみたい。


 さっきから背中が小刻みに震えている。


 壁尻さんは……あ、こっそりと坂の終わりあたりの壁にへばり付いている。


 なるほど、そういうことか。


「てっちゃん」


 声を掛けて壁尻さんを指さす。


 てっちゃんも壁尻さんのやりたいことを理解したみたい。


「≪タウント≫!!」


 てっちゃんがスキルで注目を集めるとゴブリンは途中の壁尻さんを無視して走り込んでくる。


 ゴブリンが壁尻さんの目の前を通り過ぎる瞬間、壁尻さんが≪風弾≫を放った!


 吹き飛ぶゴブリン。


 再び生じるギャグ空間。


 風弾に押されたゴブリンはやっぱり、『えっ? なんで?』と言いたげな切ない表情で落下していった。


「んぐひゅっ!」


 ふ、腹筋に悪い。


 不謹慎だけど笑っちゃうよ。


 ゴブリンがおならで吹き飛んでいるようにしか見えないんだもん。


 次々駆け込んでくるゴブリンが、みんな同じ動きで壁尻さんに吹き飛ばされていく。


 哀れなゴブリンたちはみんなまとめて落下死してしまった。


 最悪のピタゴラスイッチだ。


「フフッ、フハハ」


「あは、あはははははは」


 わふわふわふわふ。


 静まり返る戦場に、僕たちの不謹慎な笑いだけが響く。


 壁尻さんは輝かしいドヤ尻を披露して、静かに佇んでいた。





 戦闘が終わったらお次は集落の家探しだ!


 さっきゴブリンたちが飛び出してきた横穴はゴブリンたちの塒になっていたらしい。


 中には粗末な藁のベッドといい加減な造りのかまどが置いてあった。


 そんな横穴が全部で十個。


 ゴブリンは十体以上いたし、夫婦や兄弟がいたのかも。


 そんな事をちらっと考えてしまった。


 苦笑してバカな考えを打ち消す。


 ダンジョンのモンスターは親から生まれてくるわけじゃない。


 こんな風に生活空間が存在しても本当に生活してるわけでもない。


 これらはいわばダンジョンのフレーバー要素だ。


 ここのゴブリンだって、数時間もすれば別の個体が湧いてくる。


 だから関係性とかそんなものは端から存在しないのだ。





 ちょっと変な方向に思考がそれちゃったけど、探索に集中する。


 かまどの上には陶器の鍋。


 中身が入っているので鑑定してみる。


『ゴブリンシチュー 食用可。悪食なゴブリン好みの味付けのシチュー。びっくりするほどマズい』


 うげっ。


 間違っても食べない様にしよう。


 シチューはスルーしてベッドの周りを調べる。


 ベッドのわらの中まで探したけど何も見つからない。


 ベッド脇の壁には棚がついていて、本が数冊おかれている。


 ゴブリンの本?


 一体何が書いてあるんだろう。


 ファンタジー小説だと凄い魔導書が無造作に置かれてたりするよね?


 ちょっと鑑定してみようかな。


『薄い本。落ちこぼれゴブリンとゴブリンキングの禁断の愛を描いたBLラブコメディ』


 ファッ!!


 み、見なかったことにしよう。


「宝箱あったよ!」


 別の横穴を調べていたてっちゃんから声があがった。


「何が入ってた?」


「これ。マジックアイテムかな?」


 抱えていたのはキレイなガラス製の水差し。


「ランクは低いみたい。僕でも鑑定できそうだ」


『水入らずの水差し。ランク一。魔力を込めると水が補充される』


 び、微妙。


 水道が整備されてる日本じゃ使い道なくない?


 ダンジョンでの水分補給にってこと?


 でも魔力使うんだよね?


 水を担ぐのよりはマシなのかな。


「僕らにはマジックバッグがあるからなぁ」


 そうなんだよ。


 僕らには重量無視で持ち運べるてっちゃんのマジックバッグがある。


 だからなおさら使い道がないんだよなぁ。


 でも、まあ。


「記念品として持ち帰ろうか」


 マジックバッグに放り込んどけば邪魔にならないしね。


 なんだかこのままてっちゃんのマジックバッグがガラクタ置き場になっちゃいそうだ。




 集落を抜けてしばらく進むと、奥の方から騒ぎ声が聞こえてきた。


 ゴブリンたちが何かと戦ってるみたいだ。


 警戒しながら近づくと、姿が見えた。


 ゴブリンと戦っているのは白い大蛇、ゴブリンイーターだ。


 双方満身創痍と言った様子で、イーターはズタボロに、ゴブリンたちは何体もの死体が転がっている。


 未だ健在なゴブリンはあと三体。


 恐らくファイターであろう二体と、ひと際大きな体躯のゴブリンが一体。


 そいつはマントを羽織り、金属製の兜を身に着けている。


 ゴブリンヒーローだ。


「フラグ、立ってたね」


「えっと、ごめんね?」


 これって僕のせいなの?

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