第36話 暴虐のピクシー!

 僕らは現在、ピクシーの群れの暴虐にさらされている。


 ピクシー。


 体長十センチほどの背中に虫みたいな羽の生えた人間の女の子みたいな容姿の妖精。


 妖精が魔物かどうかは長年議論されているけど、いまだに結論は出ていない。


 遭遇事例は数あれど、テイムに成功した事例は一切なく、代わりに友好関係を築くとフェアリーテイマーという特殊職への転職が可能になるらしい。


 おまけに遭遇してもこちらから敵対しない限りは攻撃されることもなく、会話が可能である。


 このことからも妖精はダンジョンに生息する魔物ではない存在である、というのが現在の通説だ。


「まつげー! ひっぱっちゃえー!」


「こら! やめなさい! 鼻も引っ張るな! 唇もやーめーてー!」


「わきゃー」


「へんなかおー」


「アハハハハハ」


 そういうわけで、暴虐にさらされようとも手荒な真似は出来ないのだ。


 まあ、そうじゃなくったってこの見た目の子たちに攻撃なんて出来ればしたくないんだけどね。


「おっきーねー」


「ひりょうはなにつかってるのー?」


「に、人間だから肥料はいらないかな?」


「よろいくろーい」


「まおうなの? ゆうしゃなの?」


「ど、どっちでもないかな?」


「きのこたべるー?」


「い、今はいらないよ」


 てっちゃんはなんだか気の抜けた会話を繰り広げている。


 すっごく平和的だ。ずるい。


「うきゃー、もふもふだー」


「もっふもふー。もっふもふー」


「みつあみにしちゃえー」


「ぜんしんみつあみ。おしゃれさんよー」


 わん太郎は大量に群がられて可哀そうなことになってる。


 南無南無。


「ぽよんぽよーん」


「とらんぽりんみたーい」


「きのこよりずっととらんぽりーん」


 壁尻さんのところでは数体のピクシーがお尻の上で跳ね回ってる。


 あ、壁尻さんが怒ってる。


 お尻をぷりぷりさせ始めた。


 ピクシーたちはますます楽しそうに壁尻さんのお尻で跳ねている。


 壁尻さんがマーガレットさんモードになっちゃった。


 地面から飛び出した鎖をぶんぶん振り回してピクシーたちを捕まえようとしてる。


「こっちだよー」


「つかまんないよー」


「おそいおそーい」


「おっぱいもとらんぽりーん」


「ぽよんぽよーん」


 あ、マーガレットさんのおっぱいで遊んでる。うらやましい。


 じゃなくて。


 マーガレットさんモードになった途端、わん太郎で遊んでた子たちまで群がり始めた。


 マーガレットさんが振り回す鎖が面白かったみたい。


 たまらずマーガレットさんは壁尻さんモードに戻って僕の方に逃げてきた。


「こら! 壁尻さんをいじめるなー!」


「わきゃー」


 拳を振り上げて叱ると、壁尻さんを追って来たピクシーの群れは楽しそうに散会した。


「きゃらめるをよこせー」


 君はさっきからそればっかりだね。


「キャラメルはないけど果物ならあるよ」


「わきゃー」


 昨日採取したベリーを一粒渡すと嬉しそうに抱きしめて踊り始めた。


「よこせー」


「もっとちょーだーい」


「たべたーい」


「もっともっとー」


 僕がベリーを渡したのを目ざとく見つけたピクシーの群れが一斉に襲い掛かって来た!


 ひぇっ、おたすけー。





 結局、昨日と今日で採取した果物をいくらか差し出すことでどうにか難を逃れた。


 僕らは近くのガゼポに避難して休憩することに。


 なぜか数人のピクシーまで着いて来ちゃった。


「ふぅ、酷い目にあったよ」


「あ、あはは」


 一人イージーモードだったてっちゃんが気まずげに目を逸らす。


 別に当てつけじゃないよ?


 広場の方に視線をやるとピクシーたちは楽しそうに遊んでいる。


 その光景を見ていると自然と笑みがこぼれる。


「ねーねー」


「どうしたの?」


 ぼんやりしてると僕らについてきたピクシーが話しかけてきた。


「なんでつくりかけなのー?」


「作りかけ?」


 なんだろう?


「これこれー」


 ピクシーがつんつんと突っついたのは僕の腰に挿してある妖精のナイフだ。


 鞘ごと引き抜いて手の上にのせて、ピクシーに見せる。


「これが作りかけ?」


「つくりかけー」


 作りかけってことはどうにかすれば完成品になるってことかな?


 どうすればいいんだろう?


「ぴかぴかのいしをはめるのー」


「わたしたちがちからをこめるのー」


 ぴかぴかの石。


 なんだろう?


 とりあえず今日ドロップした魔石を見せてみる。


「ちがーう」


「ぴかぴかのいしー」


「宝石のことかな?」


「そうだよー」


「しゅるいはなんでもいいよー」


 宝石かぁ。


「今は持ってないかな。持ってきたら完成させてくれる?」


「いいともー!」


 宝石を用意して今度持って来よう。


 このナイフがどんな風になるのか楽しみだ!




 しばらく会話を楽しんで、そろそろ行こうかと立ち上がる。


「もういっちゃうのー?」


「またきてくれるー?」


「うん。きっとまた来るよ」


「お礼あげるのー」


「くだもののおかえしー」


「おくりものにはおれいがひつようー」


 そう言ってピクシーサイズの小さなワンドを振り上げた。


 キラキラと光りの粒が僕らに降り注ぐ。


 気付いたら僕の首に精緻なデザインのペンダントがかかっていた。もちろんてっちゃんにも。


 わん太郎には首輪にペンダントトップがついている。


 あれ? 壁尻さんは?


 そう思っていたらマーガレットさんモードになった壁尻さんの首にもペンダントがかかっていた。


「ともだちのあかしー」


「またきてねー」


「よんでくれたらあそびにいくよー」


「いっぱいあそびましょー」


 なんて、ピクシーたちは嬉しいことを言ってくれる。


 ここに来てよかった。


 僕らはちょっぴり感動しながらピクシーに別れを告げた。





 去り際にピクシーの一人に情報をもらった。


「ひみつのおかにすてきなきがあるのー」


 言われた場所に行ってみると、そこには小高い丘があって、その天辺に一本の木が生えていた。


 木には洋ナシが実っている。


 早速採取して鑑定してみる。


『ピクシー梨 食用可。ピクシーのいたずらで果汁がアルコールになっている不思議な梨。アルコール度数二十度』


「てっちゃん、これお酒だ! 果汁がお酒になってる!」


「僕らは食べれないね。紫さんへのお土産にしよっか」


 紫さん用に数個だけ採取しておいた。


 丘の上は森の緑で出来た天井よりも高く、木々に覆われた森が随分遠くまで見渡せる。


 夕方の時間帯で外ならもう空が真っ赤に染まってるはずだけど、ダンジョン内は青空のままだ。


 地べたに座り込んで、しばしこの風景を楽しむ。


 遠くの空にはフレースヴェルグが優雅に飛んでいる姿が見えた。

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