第34話 フレースヴェルグと葡萄棚

「近くで見ると大きいね」


「きょ、巨大だ」


 いくつかの目印を越えて、途中で昼食や小休止を挟みながらようやく目的地にしていたランドマークの大樹にたどり着いた。


 根元から首が折れそうになるほど見上げれば、思わずぽかんと口が開いてしまう。


 それぐらい巨大だ。


「うわあ! 上の方は雲がかかってるよ。あ! 鳥だ! 鳥も大きい!」


 天辺付近は雲より高い位置にあり、巨鳥が樹の周りをぐるぐると飛んでいる。


 あの鳥はなんだろう?


 もしかしてあれがロック鳥かな?


「ありゃロック鳥じゃねえ。フレースヴェルグさ」


 突然かけられた声に振り向くと男の人が立っていた。


 あごひげを生やしたおじさんと呼ぶべきかお兄さんと呼ぶべきかちょっと悩む見た目の男性。


 黒いロングコートを羽織って、背中には巨大な大剣を背負っている。


 なんか凄く強そうだ。


 迫力に気圧されながら目を合わせると、その人はニカッっと人好きのする笑みを浮かべた。


「こっちからちょっかい掛けなきゃ襲ってこねえから、絶対に手は出すなよ? とんでもなく強いからな」


「えっと、気を付けます」


 僕らが忠告に頷いたことに気を良くしたのか気安い態度で近づいてくる。


 肩にはパンパンに膨らんだ大きな袋。


 中から果実の甘い匂いが漂ってきた。


「これか? 俺の見た目にゃ似合わないだろ?」


 なんと答えていいかわからず曖昧に笑う。


「弟子がジャムを作りたいから取ってこいって言いだしてよぉ。まったく、お師匠様をパシリに使うなってんだよな」


 それからお弟子さん(多分女の人)の愚痴というか惚気をぺらぺらと語りはじめた。


「おっと、坊主たちの邪魔しちゃ悪いな。果物が目当てならここから東にまっすぐ行くと群生地があるからそこがおススメだ。本当は南東の方が近いんだが、つい今しがた俺が大量に採取しちまったからな。今行くなら東だ。そんじゃあ気を付けて探索しろよ。じゃあな」


 言うだけ言って行っちゃった。


 ほっと息が漏れる。


 緊張してたみたい。


 嵐のようだった。


 ——でも。


「格好いい人だったね」


 何と言うか雰囲気のある人だった。


 強者の風格っていうのかな?


 気安い態度なのに、すごくオーラを感じた。


「お、思い出したよ! あの人プロの探索者さんだ! 雑誌に載ってたのを見たことある!」


 あれがプロの探索者かぁ。


 通りで強そうなわけだ。


「プロってみんなさっきの人みたいに強そうなのかな?」


「ど、どうだろ? あの人は雑誌に載るくらい有名な人だから」


 何か凄かったね、としばらくさっきの人が去っていった方向を眺めていた。


 あ! 壁尻さんのこと見られちゃったかも!?


「か、壁尻さん!?」


 ぷりん!


 呼びかけると地面から飛び出してきた。


「人の気配がしたからすぐ隠れたの? そっかぁ、えらいえらい」


 撫でると壁尻さんは嬉しそうに震えた。





 先ほどの探索者さんに勧められたとおりに東に進路をとる。


 何度か魔物と出くわしながら歩いて行くと、やがて目的地に到達する。


 そこにあったのは巨大な葡萄棚だ。


 開けた場所に柱が並び、柱の上を細い横木が格子状に張り巡らされている。


 そこに競うようにブドウのつるが巻き付いていて、豊かな実りをぶら下げている。


 こっちは巨峰、あっちはマスカット、粒の小さいブドウまで様々だ。


 何で森の中に葡萄棚があるのって思うけどダンジョンだからね。


 不思議な光景ではあるけれど、いまはそれより果物だ!


 たくさん実ってるから取り放題!


 いっぱい持って帰るぞー!!




 喜び勇んで採取に向かったけど、ここで問題が発覚。


 横木の位置が高すぎてブドウまで手が届きそうにないのだ。


 背の高いてっちゃんが背伸びしても届かない。


「あ、あれはきっとすっぱいブドウだ」


 恨めしそうにブドウを睨んだてっちゃんが、イソップ童話になぞらえて冗談を飛ばす。


 転移で上に登っちゃおうかと思ったけど、細い横木が折れてそのまま落下する未来が見えるから無理。


 う~ん、わん太郎ならジャンプで届きそうだけど、実が潰れて果汁でひどいことになりそうだなぁ。


「採れそうにないね」


「僕が孝ちゃんを肩車すれば届くかな?」


 背負った荷物を放り出して早速試してみた。


「こ、孝ちゃん、どう?」


「ぬぎぎぎぎぎ……。も、もうちょっとなんだけど……あぁ!」


 てっちゃんの方にまたがって必死に腕を伸ばすけど、あとちょっと届かない。


 時折指先をかすめるんだけど、これじゃあダメだ。


「肩の上に立ってみようか」


 一回しゃがんでもらって、組体操の要領でてっちゃんの肩に足をおく。


 しっかりと足首を掴んでもらってまずはてっちゃんが立ち、それから僕。


「うわっ、おとと、よいしょ!」


 盛大にびびりながら立ち上がってなんとか横木を掴んでバランス確保。


 バランスを崩さない様に気を付けながらゆっくりと手を放す。


 そっと目の前の房を掴んで、ナイフでつるを切り離す。


「やった! 採れた! 採れたよ——うわぁっ!!」


 喜んだ拍子にバランスを崩してしまった。


 後ろにのけぞる。


 下のてっちゃんが僕に引っ張られるように尻もちをついて、その拍子に僕は投げ出された。


 まずいと思って咄嗟に体を丸める。


 腰から地面とぶつかった。


「い、いたい……」


 思いっきりぶつけた腰が凄く痛む。


 めっちゃ痛い。


 なにこれ? 僕の腰爆発してない?


「こ、孝ちゃん、無事?」


 心配するてっちゃんの声。


 足はちゃんと動く。


 腰も爆発してないみたい。


 めっちゃ痛いけど。


「僕はもうダメみたいだ。でもほら、ぶどうは無事だよ」


 軽口を叩きながら何とか死守したブドウを掲げて、僕は笑った。

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