第32話 新装備で≪新緑の楽園≫
土曜日。
僕らはいつもの大迷宮ではなく固有ダンジョン≪新緑の楽園≫へとやってきた。
ダンジョンへのゲートのすぐ近くにある管理局の建物はいつものところと比べると随分と小さい。
大迷宮と違って固有ダンジョンは数年から数十年でダンジョンが消滅するからあまりしっかりと整備されないらしい。
消滅するダンジョンの数と新しく発生する数は大体釣り合っているのでダンジョンの総数は変わらないんだとか。
そんな小さな管理局支部の前で、僕とてっちゃんは新装備をお披露目していた。
まず僕の装備、頭には『魔法使いの三角帽子』、体には『魔法使いのローブ』。
これはダンジョン産のアイテムで、見た目では考えられない防御力とセットで装備すると魔法の威力が増す不思議な力を秘めている。
そしてローブの中にはスパイダーシルク製のシャツ。
肌触りがよく、防刃性に優れている一品。ただしよく燃えるので火の魔法にはご用心。
そしてチャージカウの牛革製のベストとパンツ。
足元は管理局推薦の工房謹製のダンジョン探索用軍靴(プロモデル)だ。
杖も新調して、クラフタージョブ持ちの職人が手作りした樫の杖(魔石付き)に持ち替えた。
サブウエポンとして魔力を込めると切れ味が少し増すマジックアイテム『妖精のナイフ』をベルトに挿している。
それとアクセサリー。
元々付けていた魔力の指輪に加えて、紫さんおススメの『矢避けの指輪』というのを購入した。
これは矢や魔法による不意打ちに対して自動で障壁を張ってくれるマジックアイテム。
自分が気付いている攻撃には反応せず、障壁自体もすぐに壊れるらしいけど、紫さん的には必須クラスの装備らしい。
不意打ちを受けてそのままって探索者はとても多いのよ、と悲しそうに言われたらつけないなんて選択肢はない。
以上、総額は四百万円ほど。
指輪とナイフがとにかく高かった。特にナイフ。
その効果以上に稀少性と見た目の優美さで値が吊り上がっていたけど、運動音痴な僕には扱いやすくてなおかつ効果も有用なこのナイフ以上のサブウエポンはなかった。
高かったけれど僕は満足だ。
紫さんが見繕ってくれたってのもあるしね。
次にてっちゃんの装備だ。
まずはダンジョン産の魔鋼という金属の全身鎧。
鍛冶師ジョブの職人が手掛けた既製品ながらも初心者から中級者くらいまでの使用に耐える優秀な品だ。
艶消しのブラックがダークな感じで格好いい。
そして武器はブロードソードと片手用のメイス、持ち運びにはマジックバッグがあるので両手用のグレートソードとモーニングスターも用意した。
それから盾はタワーシールド。
いずれも鎧と同じ職人さんの作った既製品だ。
あとは指には僕と同じ『矢避けの指輪』を嵌めている。
ほぼ既製品のみでマジックアイテムが指輪だけだったので、武器を四つも買った割りにお安く総額は三五〇万円ほど。
いや、全然お安くはないかな。
ちょっと感覚がマヒしてきそう。
やっぱりちゃんとした装備にはお金がかかるよね。
ダンジョン探索は国が推進してるのに全然探索者が増えないのって絶対この初期費用の高さが原因だよね?
なにはともあれ、おニューな装備に身を包んだ僕らは颯爽とダンジョンへのゲートへと飛び込んだ。
もちろん気分はウッキウキだ。
さあ、新しい冒険へ、いざ行かん!
ゲートを出た先はパルテノン神殿を彷彿とさせるデザインの石造りの建物だった。
固有ダンジョンの出入り口はどこもこういう神殿の様な建造物になっているらしい。
とはいえ、僕らには初めての光景だ。
「すごいね」
てっちゃんは目を輝かせている。
「もしかしてこういう建築物とか好き?」
「うん。い、いつか世界遺産をめぐる旅とかしたいなって思ってたんだ」
「いいね! そういうのも冒険旅行っぽくて面白そうだね」
みんなで辺りを見渡したり柱や床に触れてみたり、しばし思い思いにこの建物を楽しんだ。
一番楽しんでいたのはもちろんてっちゃんだけど、多分二番目は壁尻さん。
柱に貼り付いて登ったり降りたり。
天井付近の壁の良い感じなところでわざわざマーガレットさんモードに変身してポージングしてみたり。
そんな壁尻さんのお茶目な様子を僕とわん太郎はゲラゲラ笑いながら眺めていた。
「それじゃあ行こうか!」
柱の間から見える景色はいずれも鬱蒼と木々が生い茂る森林。
この≪新緑の楽園≫はフィールド型の森林ダンジョンで一階層のみの単層ダンジョンだ。
ほぼ全域が森になっており、所々に存在する目印を頼りに探索することになる。
ここから見える目印は三つ。
南の大樹、北西の剣を掲げる巨大な戦士の石像、そして東北東にある灯台。
灯台のあたりにはオークの集落が点在しているらしく危険なので初心者は近寄らないように、と警告されている。
石造の真下にはこのダンジョンのボス的な魔物がいるらしいけど今の僕らじゃ到底かなわないような強さらしい。
なのでこの二つをスルーして、目指すは南、大樹のある方角だ。
管理局で買った地図を広げる。
地図には今いる神殿と三つのランドマーク以外は目印を示す小さな丸印以外なにも書かれていない。
まあ、ほぼほぼ森なので他に書きようがないみたいだ。
この白地図みたいな地図に自分たちに必要な情報を書きこんでいくのがこのダンジョンの探索の仕方なんだそうだ。
しっかりと方角と地図の向きを確認してから僕らは足を踏み出した。
森の中をゆっくりと進んでいく。
索敵をてっちゃんとわん太郎に任せて、僕はサブジョブをセージにしたことで覚えた≪鑑定≫の熟練度上げを行っている。
美味しい果物やハーブが取れるって紫さんが言っていたので期待したんだけど、残念ながら神殿付近には生えてないみたいだ。
というか、周囲に生えている木々のほとんどが迷宮型の壁と同じくダンジョンの一部って扱いらしい。
多分伐採できないし、出来たとしてもすぐに消えちゃうんだと思う。
時々普通の木が混じってるんだけど、この木を伐採しに来る人っているのかな?
わざわざダンジョンに来て、鑑定で見分けながら伐採するなんてすごい手間だ。
そんな人いないだろうね。
でもいるとしたら?
もしかしたら魔力がうんたらな凄い木材が取れるのかもしれない。
紫さんなら知ってるかな?
今度聞いてみよう。
そんなことに気を取られながら歩いていると、足元の根っこに足を引っかけて何度か転びそうになった。
やっぱり迷宮型と違って歩きにくいなぁ。
「壁尻さんは大丈夫? 歩きにくくない?」
ぷりん!
全然平気らしい。
やっぱ便利そうだよね、その地面をぬるっと滑る移動方法。
僕もそれやりたいなぁ。
しばらく歩いていると最初の目印に出くわした。
最初の目印は円形の花畑。
ラベンダーにチューリップ、ひまわりに金木犀、アジサイなんかも一緒くたに生えている。
季節とか植生とかを丸っと無視したダンジョンならではの不思議な光景だ。
ただ——。
「乱雑すぎるでしょ!」
僕の突っ込みにてっちゃんが笑う。
「ごちゃごちゃに生えすぎだよね」
もうちょっと種類ごとにまとまって生えてくれたらいいのに。
キレイとか不思議とかよりも先に散らかってるなって感想が出てきちゃうよ。
そんなちょっと今一な花畑だけど踏み荒らすのもなんだかなってことでふちの部分を迂回するように進む。
時々木々の隙間から見えるランドマークで方角を修正しながら進んでいく。
花畑を離れて少し歩いていったときだ。
わん太郎が影から出てきて一声鳴いた。
わふん。
どうやら魔物が近づいてきてるみたい。
「てっちゃん?」
「今感知した。こっちに近づいて来てる」
すぐに武器を構えてじっと警戒する。
がさがさっと音を鳴らし、茂みを掻き分けて魔物が飛び出してきた!
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