第31話 ダンジョン好きでも飽きはくる

 飽きちゃったな。


 そう思ったのは木曜日に五階層を探索しているときだった。


 別にダンジョン探索自体に飽きたわけではない。


 ただちょっと、代り映えしない迷宮型マップにうんざりというか。


 推奨レベルを大きく超えてしまっていることもよくなかった。


 戦闘に緊張感がないせいで、余計に退屈に感じてしまう。


 どうにも気持ちが緩んじゃって、注意散漫になってる。


 このまま先の階層に進んじゃったらエコーコヨーテの時以上の失敗を仕出かしそうだ。


「ちょっと一回気分を変えたいね」


 てっちゃんも同じことを考えてたみたい。


 二人でどうしたもんかと悩んで、結局また紫さんに相談することにした。




「だったら少し固有ダンジョンで遊んで来たら?」


 ここ最近いつも案内される応接室で僕らの愚痴を聞いた紫さんは事も無げにそう言った。


「迷路型にうんざりするのはあなたたちだけじゃないってことよ。そういう人たちは固有ダンジョンをいくつか回ってレベリングしてから十階層まで一気に駆け抜けるわ」


 固有ダンジョン。


 僕らが足しげく通う大迷宮以外のダンジョンの総称。


 複数の入り口が存在する大迷宮と違って固有ダンジョンは入口が固有の一つだけ。だから固有ダンジョン。


「でも紫さん、固有ダンジョンって数が多いし内部の構造も魔物の強さもまちまちだから丁度いい所を見つけるのが大変なんじゃ?」


「そういう時のためにお姉さんがいるんでしょう? 君たちに合ったおススメダンジョンを紹介したげるわ」


 ちょっと資料を持ってくるから待っててね、と言って紫さんは部屋から出ていった。


 本当に至れり尽くせりだ。専属契約万歳。


「んー、そうねー、これとこれと、あとはこの辺りかしら。電車で一時間圏内に絞るとこれくらいね」


 分厚いファイルを持って戻って来た紫さんがファイルから三枚の資料を取り出して見せてくれる。


 ≪新緑の楽園≫≪ゴブリンホール≫≪再生の庭≫とそれぞれ題されている。


「≪新緑の楽園≫は美味しい果物やハーブが採取できるからそれ目的で潜る人が多いわね。魔物はちょっと物足りないけどね」


 ふむふむ、美味しい果物はちょっと食べてみたいかも?


「一応数は少ないけどオークが出るはずだからそれには注意が必要よ。あとは、運が良ければピクシーと仲良くなれるかもね」


 ピクシー!


 妖精かぁ、見てみたいなぁ。


「≪ゴブリンホール≫はお宝目当てって感じかしら。宝箱を見つけやすいうえに、たまにマジックアイテムが出てくるみたいよ」


 う、それは惹かれちゃうかも。


「≪再生の庭≫は今のあなたたちなら歯ごたえのある戦闘が期待できるわ。それと、ダンジョンビーが出てくるから美味しい蜂蜜が見つかるかも?」


 うぬぬ、歯ごたえのある戦闘に蜂蜜、これも気になっちゃうよ。


 どうしようかな?


 やっぱり≪新緑の楽園≫?


 ピクシー会いたいもんね。


 いや、≪ゴブリンホール≫でお宝探しも捨てがたい。


 いやいや、≪再生の庭≫で力試しをするべきでは?


 ぬぬぬ、決められないよ。


「も、もういっそのこと全部回ろうか」


 てっちゃんがそう言った。


「年末までに土日があと三回あるからさ、土日ごとに一か所ずつ回ればいいんじゃないかな?」


 ぬ、それも悪くないかも?


「いいんじゃないかしら。攻略を急ぐ必要もないんだし、ゆっくり見て回ってくるといいわ」


 う~ん、そうだよね。


 大迷宮は平日の探索でちょっとずつ探索すればいいし、本格攻略は来年になってからでいいかも。


 色んなダンジョンに行ってみた方がきっと楽しいよね?


「じゃあそうしよっか! ねえ紫さん、この資料ってコピーもらえる?」


「ええ、ちょっと待っててね」


「お願いします」


 紫さんが資料を持って出ていった。


「固有ダンジョンか~。どんなところなんだろうね?」


「き、きれいな景色とか見れたらいいな」


「そうだね。あ、そういえばさ、椎名さんは普段固有ダンジョンに潜ってるらしいよ? 偶然会えたりしないかな?」


「さ、さすがにそんな都合のいい偶然は無いんじゃないかな? でも、会えたらラッキーだよね」


「んふふ、黄金郷以上のラッキーイベントかも?」


「それはいいすぎ」


「かな?」


 ああ、まだ見ぬダンジョンに思いを馳せればテンションが上がっちゃう。


 楽しみだなぁ。





 その日の夜、紫さんから僕のスマホにメッセージが届いた。


紫:固有ダンジョン楽しんできてね。


紫:大迷宮とは全然違う環境だからしっかり注意するように!


紫:[ビシッとハサミを突きつけるデフォルメされたサソリのスタンプ]


 ど、どうしよう。


 女の人からメッセージ貰うのなんて初めてだよ。


 えっと、えっと。


 僕は慣れないアプリの操作に四苦八苦しながらあたりさわりのない返事をした。


 うう、こういうのってどう返せば正解なのかわかんないよ……。


紫:それと、注文してた装備が届いたみたいだから早めに取りに来てね。


 ま、また来ちゃった。


 あ、装備届いたんだ!


 明日取りに行こう。


紫:お姉さんは土曜日に孝太郎くんのご実家でご両親に挨拶してくるわ。


紫:[ウインクするデフォルメされたサソリのスタンプ]


 あ、専属契約の話を両親とするんだっけ。


 なんか、この書き方だと別の意味に見えちゃうよ。


 一瞬変な勘違いをしかけて顔が赤くなっちゃった。


 わざとこんな書き方してる気がするなぁ。


 絶対揶揄ってるよね?


 か、揶揄ってるだけだよね?


 ああ、ダメだ。意識しちゃうぅぅぅ。

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