第29話 壁尻さんの上半身さん

 燃え立つような赤い髪。


 目元は金属板のような目隠しでぐるぐる巻きにされている。


 口元からあごにかけても同様。


 かろうじて分かる輪郭と、見えている鼻筋からは、それでも美人であることが窺える。


 首から下は一糸まとわぬ姿で。


 身体を抱きしめるように腕を正面でクロスさせた状態で太い鎖が何本もがんじがらめに巻き付いている。


 背中には骨がむき出しの骨格だけの大きな翼が一対。


 大事な部分を腕で隠された大きな胸、くびれた腰、その全てに鎖が巻き付いている。


 そしていつものあのお尻。


 そこから下は相変わらず地面に沈んでいる。


 異貌の美女。


 そう呼ぶにふさわしい存在がそこにいた。





 ど、どうしよう。


 壁尻さんがこんなセクシーな美人さんだなんて。


 あうあうあうあう。


「わん太郎、ど、ど、ど、どうしよう。壁尻さんがえっちな女の子になっちゃった!」


 わふわふ。


「そ、そりゃ壁尻さんは元から女の子だけどさ! そうじゃなくて! あんなえっちな美人さんだとは思わないじゃないか!」


 わふん。


 呆れた様子のわん太郎が壁尻さんの方にあごをしゃくる。


 ああ。


 壁尻さんが所在なさげに佇んでいる。


 僕が変な反応したせいで、しょんぼりしてるじゃないか。


 僕は一体なにをやってるんだ!


 壁尻さんは僕の大事な相棒だろ!


 姿がちょっと変わったからって何だって言うんだ!


「ごめんね、壁尻さん。ちょっとびっくりしちゃっただけだから」


「(こてん?)」


 可愛らしく首を傾げる。


 床に座りこんで壁尻さんと頭の位置をあわせる。


「とっても美人さんになったね。かわいいよ」


「(くねくね、どやっ!)」


 ああ、この反応は完全に壁尻さんだ。


 そっと抱きしめる。


 体に巻き付いてる鎖がごつごつしていて、ちょっと抱き心地が悪い。


「その姿で壁尻さんって呼ぶのはなんか変だね。マーガレットさんって呼んだ方がいいかな?」


「(こくん)」


「じゃあマーガレットさん、これからもよろしくね」


「(すりすり)」


 頬ずりしてくれるのは嬉しいんだけどさ。


 目隠しがこすれて痛いよ、マーガレットさん。





 マーガレットさんのステータスを確認する。


 種族のところが読めるようになっていた!


 マーガレットさんの種族は『アニマ』っていうらしい。


 調べてみたらラテン語で『生命』や『魂』を表す言葉だそうだ。


 肝心のアニマという魔物の種族に関しては何も情報が出てこなかった。


 やっぱり未発見の種族みたいだ。


 まあ、これは壁尻さんの時点で予測してたことだからね。


 レベルは一に戻っていて、新しくスキルを覚えている。


 ≪カオスブラスター≫。


 なんだろう、すごく強そうな名前。


 使ってみるのが楽しみだ。




 ステータスチェックをしてたら背中をつんつんと突かれた。


 振り返るとマーガレットさんが床から飛び出る鎖を操って僕をつんつんと突っついている。


 君、そんなことも出来たんだね。


「どうしたの?」


「(ぐでー)」


「疲れちゃった? 休んでていいよ?」


「(ふるふる、ぐでー)」


「えっと? その姿でいると疲れちゃうからもとに戻る? 戻れるの!?」


 こくん、と頷いたマーガレットさんはぬぷぷっと地面に沈み込んでいく。


 頭の先まで全部床に潜ってしまって、そして——ぷりん!


 マーガレットさんが壁尻さんに戻っちゃった!


 ぷりぷり、ぷりん!


「やっぱりこの姿が落ち着くって? 省エネスタイル? そっかー」


 ぷりりん?


「美少女モードじゃなくなって残念じゃないかって? そ、そんなことないよっ!」


 ぷりぷりぷりぷり。


「もう! 揶揄わないでよっ!」






 元の壁尻さんに戻ったマーガレットさんとわん太郎と一緒にお風呂に入る。


 いつも通り壁尻さんを洗おうとしたんだけど——。


 あうあう。


 マーガレットさんモードの姿を思い出して意識しちゃう。


 このお尻があんな美人さんのお尻だったなんて。


 僕って今まで壁尻さんを何度もなでたり揉んだり、寝るときは枕にしてたんだよ?


 あ、あんな美人のお尻を枕にするなんて、ぼ、僕って変態さんだ……。


 と、とりあえず壁尻さんとマーガレットさんは別物だと考えよう。


 着ぐるみのキャラクターと中の人は別人って感じで。


 壁尻さんは壁尻さん、美女モードの時はマーガレットさん。


 二人は別人。二人は別人。


 頑張って思い込むんだ!


 じゃないと、まともに壁尻さんを見れなくなっちゃうよ。





 ちょっとまだドキドキしながらも壁尻さんを洗ってあげる。


 そういえば上半身とか髪は洗わなくていいのかな?


「ねえ壁尻さん? 上半身は洗わなくていいの?」


 ぷりぷり。


「封印されてるから大丈夫? あれって封印されてるの?」


 ぷりん。


「巻き付いた鎖と目隠しが封印の証? そうなんだ。封印中は汚れないの?」


 ぷりん!


「すっごく便利って。封印されてていいの?」


 ぷりん!


「そのうち解けるからへーきへーきってさ。壁尻さんは気楽だよね」


 ぷりぷりぷり。


「褒めてないよ?」


 ぷりん。


 バカなやり取りをしてたらいつの間にか変に意識することはなくなっていた。


 やっぱり壁尻さんは壁尻さんだよね。


 例え正体がえっちな見た目の美人さんでも、やっぱり壁尻さんだよ。


 僕の相棒でちょっと変わった不思議な魔物。


 それ以上でもそれ以下でもないってことだよね。


 ああ、でも、いつか壁尻さんの封印が解けたらあの真っ赤なキレイな髪を洗ってあげたいな。






 別に変な意味じゃないよ?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る