第27話 紫さんとの専属契約

「それで、私との専属契約、受けてみる気はあるかしら?」


 紫さんとの専属契約。


 こんな美人で有能な人との契約なんてまたとないチャンスだと思う。


 紫さんなら信用できるし、色々相談に乗ってもらえたら心強い。


 それに、公私ともに親しくなれる機会が、なんて考えると断るなんて考えられない。


 でも、いいのかな?


 紫さんならもっと有能な探索者の方がふさわしいんじゃないかな?


「あの、紫さんはいいんですか? 僕ら程度に専属なんていらなくないですか?」


「私がしたいから提案してるのよ。孝太郎くん、欲深い大人を侮っちゃダメよ。あなたたちの成果は十分に悪い大人たちを引き付けるものよ。そのままだと食い物にされちゃうわ」


 紫さんは真剣な表情で続ける。


「もし私が信用できないならもっと他に信用できる職員を斡旋してもらえるよう上司に掛け合うわ。その人との専属契約は必ず結んでおきなさい。管理局の後ろ盾があなたたちには必要よ」


「紫さんがいい! 契約するなら紫さんがいいです!」


 思わず叫んで立ち上がっちゃった。


 ふふ、と紫さんに笑われて恥ずかしくなる。


 うにゃー。


「鉄平くんはどうかしら?」


「こ、これって、僕もなんですか?」


「もちろんあなたもよ、アイテムバッグ持ちの鉄平くん?」


 僕とてっちゃんは凍り付いた。


 な、なんで知ってるの?


「隠したいなら人目につく所には出さないか、別の袋ですっぽり覆わなきゃダメよ。鉄平くん、あなたにも言うわ。欲深い大人を侮っちゃダメよ」


 鑑定スキル!


 いつの間に調べたんだろう。


 全然気づかなかったよ。


「鑑定スキルはね、熟練度が上がるほど気付かれにくくなるの。そして私の鑑定スキルには星マークがついてるのよ。熟練度最大でマスターの証よ」


 紫さんはそう種明かしした。


「私との契約を拒否しても吹聴したりはしないからそこは安心してね。それで、契約はどうするかしら?」


 僕とてっちゃんは顔を見合わせて、それからしっかりと頷いた。


「「よろしくお願いします」」


「はい、こちらこそよろしくね。それじゃあ契約書、問題無ければサインしてね。きちんと三回は読み返して隅々まで確認すること。分からないところはちゃんと聞きなさいね」


 言われた通りに契約書を確認する。


 難しい法律用語なんかの意味を時々確認して、問題ないことを確認したのでサインする。


「はい。これで契約完了、といいたいところだけど。二人はまだ未成年だから保護者の承諾が必要です。この契約書は私が一旦預かって、後日二人の保護者の方にご挨拶と説明に窺うってことでいいかしら? 簡単にでいいから事情説明をしておいてくれると嬉しいわ」


「あ、僕の実家県外でちょっと遠いけど大丈夫ですか?」


「もちろん大丈夫よ。あとで住所を教えてもらうわね」


 うう、なんか手間を掛けさせちゃって申し訳ないな。


「ふふ、これもお仕事だし、好きでやってるから気にすることないわ。それともう一つ結んで欲しい契約があるの」


 そう言って渡されたのは一枚の羊皮紙。


「それはギアススクロール。四十階層に出てくる魔物のドロップ品で、この紙で交わした契約は絶対に破れないし、無理に破ろうとしたり契約の穴をつこうと不実なことをすれば大量の死神に襲われて死ぬことになるわ」


 怖っ!


「契約内容は『専属契約が結ばれるまでに私が見知った二人の情報を二人に許可なく他者に知らせることを禁じる』って内容ね」


「紫さんが一方的に命のリスクを背負うことになるじゃないか!」


「そ、そ、そんな契約必要ないです!」


「孝太郎くん。鉄平くんも。私は既に知りすぎてるわ。あなたたちを守るためにも必要な契約よ」


 厳しい眼差しで睨まれてしまう。


 言いたいことは分かるけど、でも。


 僕はてっちゃんの顔を見る。


 僕の言いたいことがわかったのか頷いてくれる。


「わかりました。契約します。でも、紫さんの判断で好きに話してもらえるよう許可を出しておきます」


「孝太郎くん!」


「紫さんはポーションの時からずっと僕らに優しくしてくれて、僕らのみを案じて色々考えてくれました。僕らはそんな紫さんには誠実でいたいから」


「ぼ、僕らが貰った親切に今返せるものは信用くらいだから」


 しばらく厳しい眼差しを向けられたけど、ふふ、と笑って目元を緩めてくれた。


「本当に二人ともいい子ね。でも悪い大人に騙されない様にしっかり気を付けなきゃダメよ?」


 そう言って笑う紫さんの笑顔はとても優しくて温かい。


 やっぱり紫さんは素敵な人だ。


 こんな人が専属になってくれるなんて、僕らは本当に運がいい。


「あ、折角だから僕らの秘密を今のうちに知ってもらっておく方がいいですよね?」


「秘密って種族不明のテイムモンスターのことかしら?」


 あ、やっぱバレてるんですね。


「たしか名前はマーガレット(壁尻さん)だったかしら。(壁尻さん)ってのはちょっとよく分からないんだけど」


「あー、えっと、壁尻さんってのは僕が呼んでるあだ名です。ちょっと見た目が特殊ですけどいい子なんです。変態じゃないですからね?」


 紫さんは首を傾げる。


「変わった見た目だけど、引かないでくれると嬉しいです。それじゃ壁尻さん、出てきて」


 ぷりん!


 ずっと地面に潜ってた壁尻さんが待ってましたと飛び出て来て、渾身のドヤ尻を決める。


「お、お尻??????」


 あ、紫さんの顔が宇宙猫みたいになってる。


「えっと一階層の隠し部屋にいた、種族不明のマーガレットさんです。女の子です。あ、撫でてみます?」


「え、ええ。よろしくねマーガレットちゃん。あら、すべすべもちもち。お肌綺麗ね。羨ましいわ」


 ぷりん、ぷりぷりん!


「あ、多分、紫さんもとっても綺麗よ! って言ってます」


「ふふ、ありがとうね、マーガレットちゃん」


 意外にも紫さんはすんなりと壁尻さんの存在を受け入れた。


「ダンジョンに潜ってたら訳分かんない事だらけよ? 目の前の現実を受け入れるしかないのよ」


 そう言う紫さんは遠い目になってる。


「もう秘密はこれだけかしら?」


「んっと、あ、黄金郷で『ジョブクリスタル:空間』ってのを使って『空間魔術師』ってジョブが解放されてると思います。まだ確認してないけど」


「空間魔術師!? 未確認ジョブじゃない!?」


「あ、あと、アレも見せた方がいいんじゃないかな?」


「アレ? ああ! アレね!」


「なに!? まだあるの!?」


「黄金郷の宝箱って純金製っぽくて凄く豪華だったんですけど——持ってきちゃいました」


 僕の言葉に合わせて、てっちゃんがアレをアイテムバッグから取り出す。


 目の前に置かれる純金宝箱(大きな宝石付き)に、紫さんは今度こそ頭を抱えてしまった。


 多分一つ当たり百キロはあるんじゃないかな?


 仮に純金百キロとして、金だけでえっと、七、八億くらい?


 それに巨大宝石の値段も合わせれば、ちょっと想像できない金額ですね。


「これは、表に出せないわよ。絶対に出しちゃダメ。どうしても売りたいならプロライセンス取りなさい。プロになればいくらでも誤魔化してあげるから」


 そう呻く紫さんの表情は完全な虚無顔だった。

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