第22話 石板とレリーフ

 玄室の壁にもたれかかって昼食を摂る。


 一旦外に出て昼食を摂ると三階層まで戻ってくるのが面倒なので、今日からはダンジョン内でご飯を食べることに。


 コンビニのおにぎりをぱくつく。


 一つ余っちゃった。どうしようかな?


 ごろごろと寝っ転がるわん太郎が僕の手の中のおにぎりを凝視してる。


 食べたいの?


 フィルムを剥いでから投げてやると、器用に口でキャッチしてバリバリ食べ始めた。


「おいしい?」


 わふん。


「昆布の塩気が乙ですな? 何のキャラだよ」


 わふん。


「グルメレポートの練習? 必要かなぁ?」


 わふわふ。


 備えあれば憂いなし、なんて真面目くさった顔で言ってる。


 そういえば壁尻さんはどこに行ったんだろう。


 さっきから姿が見えない。


 あ、いた。


「何してるの?」


 壁尻さんは壁に空いてる四角いへこみにぴたっと収まっていた。


 狭い所に入り込む猫みたいだ。


「もしかして挟まっちゃった?」


 ぷりん!


「違うの? この狭さが落ち着くって?」


 ぷりん!


「こここそがベストプレイス? そんなに気に入ったんだ」


 ぷりぷり、ぷりん!


「アパートにも作ろうって? 壁へこませたら大家さんに怒られちゃうよ」


 ぷりん。


「丁度いい大きさの箱とか用意するからそれで妥協してね」


 ぷりん。


「額縁でも可? 前衛芸術みたいになっちゃうよ」


 さっきは気付かなかったけど、壁尻さんが収まってるくぼみを中心に、ここだけ壁がレリーフになっているみたいだ。


 くぼみの上部には豪華な王冠を被った老人の横顔が。


 左右には金貨が零れる袋や大きな宝石のついた指輪、思いつく限りのたくさんの財宝が所狭しと並んでいる。


 そして下部には、何かを渇望するようにたくさんの人物がくぼみに手を伸ばしている姿が描かれている。


 何の絵だろう?


 そもそも何でこんなところにレリーフがあるんだ?


 う~ん————あっ!


「壁尻さんそこどいて! てっちゃん! 僕の荷物持ってきて!」


 わん太郎とじゃれ合ってるところに突然声を掛けられてびっくりしてるてっちゃん。


「持ってきたよ。どうしたの?」


「これ、このへこみ。やっぱりぴったりだ」


 取り出したのはさっき見つけた石板の欠片。


 壁のへこみに押し当てると、分厚さがぴったり。


 多分この欠片が中央部分で、残りはサイズ的にあと四つかな?


 納得して石板を取り外すと、くぼみのところに数字が表示された。


 いつぞやの銀の宝箱と同じ、制限時間の表示。


「もしかしてこれって——」


「ダンジョンイベントだ……」


 残り時間は半日弱。


 やっぱり今日の夜中までだ。


「お宝の匂いがするよね」


「は、はやく残りの石板を探しにいこう!」


 欲深い僕らはすぐさま駆けだした。





 先ほどの石板はゴブリンシーフがドロップしたものだけど、他の魔物がドロップする可能性も考えて視界に入った魔物は全て殲滅していく。


 玄室に飛び込む。


 ゴブリンシーフが五体。


 ≪ファイアアロー≫で一体、壁尻さんが≪闇弾≫を放って二体目、てっちゃんが剣を振るって三体、四体。


 殲滅完了。


「あれ? 一体足りなくない?」


「五体いたはずだよね?」


 周囲を見渡すと——いた!


「いた! 壁をよじ登ってる! 穴に逃げ込むつもりだ! わん太郎お願い!」


 すぐさまわん太郎の≪シャドウランス≫で撃ち落とす。


「まさか逃げようとするなんて。ドロップはどうだった?」


「あ、あったよ孝ちゃん! 石板だ!」


「やった! わん太郎ナイスだ!」


「ねえ、さっきのゴブリンおかしかったよね?」


「まさか穴に逃げ込むなんてね」


「そうじゃなくて、何か荷物を背負ってなかった?」


 そうだっけ?


 そういえば泥棒に入ったあとみたいに、風呂敷みたいなのを背負っていたような?


「もしかして石板を持ってるゴブリンは荷物を背負ってる?」


「その可能性が高いかも。み、見つけたら優先して倒そう。誰か一人が荷物持ちゴブリン担当になるといいかも」


「それじゃあわん太郎を担当にしよう! わん太郎、見つけたらす逃げられる前に倒してね」


 わふん!




 二時間ほど駆けまわって、僕らは全ての石板を集め終えた。




 お昼を食べた玄室。


 レリーフの前に並ぶ。


 集めた石板を一つ一つ順番にくぼみにはめ込んでいく。


 そして、最後の一つ。


「いくよ」


 それを中央にはめ込むと、ぴかっと光って一つの完全な石板が出来上がった。


「これで終わり?」


「まさか?」


 その時だった。


 どこからともなく声が響いてきた。


『恐れ知らずの強欲なるものよ。栄光は手を伸ばすものにだけ与えられる。この先に立ち入れる勇気を示せるならば全てを与えよう』


 聞こえてくる言葉は絶対に日本語じゃないんだけど、なぜか意味だけははっきりと理解できる。


 言葉が途切れた瞬間、ゴゴゴといかにもな音を鳴らしながらレリーフの刻まれた壁面がせり上がっていった。


 中に現れたのは——ゲートだ。


「これってゲートだよね? どこに繋がってるのかな?」


 僕らが大迷宮に入場する際にいつも使ってるのと同じ、真っ黒い渦を描くゲート。


 行き先が分からないのに不用意に飛び込むのはいくらなんでも危険すぎる。


 出た先で強大な魔物が待ち構えてるかもしれないし、あるいはこのゲート自体がトラップでマグマや毒沼に真っ逆さま、なんてこともあるかもしれない。


 折角のダンジョンイベントだけど、これはスルー安定かな。


 うう、でもこの先が気になってしょうがないよ。


「は、入ってみよう」


「てっちゃん?」


「ぼ、僕らは冒険を楽しんでるんだ。これをスルーしたらこの先ずっと気になって、ダンジョンを楽しめなくなっちゃうよ」


「てっちゃん……。そうだね! 折角のダンジョンイベントなんだから楽しまなきゃ!」


 無謀かもしれない。


 危険すぎるかもしれない。


 でも僕らは冒険してるんだ!


 さっきの声も言っていたじゃないか。


『栄光は手を伸ばすものにだけ与えられる』


 きっとこの先には栄光が待っているんだ!


 僕らは皆で頷き合って、ゲートに飛び込んだ!




 あ、でも脱出結晶の準備だけはしっかりしておこうね。

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