第20話 モフモフと戯れる椎名さんはかわいい

「そういえばさ、てっちゃん最近あんまりどもらなくなったよね?」


 学校の教室、お昼休み。


 いつものようにてっちゃんと二人でお弁当を食べる。


「じ、実は元々はこれくらい喋れたんだ」


 ちょっと前まではかなりひどい吃音だったけど、今は会話の出だしでちょっとどもるくらい。


「そうなの?」


「うん。か、揶揄われたり、イジメられてたせいでひどくなっちゃってね。精神的な問題だからどうしてもよくならなくて」


「そっかぁ。やっぱりダンジョンのお陰かな? てっちゃんアビリティの≪勇敢≫とか持ってたよね? それが影響してるのかな?」


 ジョブのアビリティがダンジョンの戦闘だけじゃなくて日常でも効果を発揮してたりして。


 お、だとしたらすごくない?


 魔法使いを極めたら成績アップできるかも!


 あ、バードを極めたら僕の音痴も治ったりして!


 夢が広がりますなぁ。


 僕が妄想してたらてっちゃんはくすくす笑いながら首を振った。


「そうじゃなくて、孝ちゃんのおかげだよ」


「僕?」


「こ、孝ちゃんが居たから勇気を出してダンジョンに挑めた。孝ちゃんに置いてかれたくないって思ったから頑張れた。孝ちゃんの友達だって胸を張って言いたかったから、周りの目も気にせず堂々としていようってそう思えたんだ。だから、孝ちゃんのおかげだよ。僕と友達になってくれてありがとう、孝ちゃん」


「てっちゃん……。僕も! 僕もてっちゃんと友達になれて嬉しいよ! ありがとね、てっちゃん」


 えへへ。


 ちょっと恥ずかしいね。


 嬉しさと恥ずかしさにはにかみながら僕らは食事を再開しようとした。


 そのときだ。


「陰キャく~ん。ダンジョン探索がんばってる~?」


 無粋な声。


 クラスメイトのやたらと声の大きい、ええと、織田くん? ちがうな、野田くん? だ。


「頑張ってるけど?」


「何階層までいったんだ? 五階層? 十階層?」


「二階層」


 面倒なので端的に答える。


「に、に、に、二階層~?? ぶひゃひゃひゃひゃ、あんだけ探索してんのに、まだ二階層?? お前ら才能なさすぎだわ。辞めた方がいいんじゃないの~?」


 バカにした声。


 すごく頭の悪そうな喋り方に、逆によくそんな喋り方できるなって感心しちゃう。


 てっちゃんが怖がってないかちらりと確認した。


 ちょっと前なら顔を青くしていたてっちゃんは、平然とした顔色で不快そうにしている。


 てっちゃんはやっぱり強くなったよね。


「野田くんはさぁ——」


「孝ちゃん、戸田くんだよ」


「あれ? そうだっけ? 間違えちゃった、ごめんね戸田君」


「あ? 陰キャが舐めてんのか?」


 てっちゃんが精神的に成長して強くなったのは間違いないんだけどさ。


 やっぱ急激に変わりすぎてて、アビリティの影響が出てるんじゃないかって思えるんだよね。


 気になるなぁ。


 ちょっと検証してみるのもいいかも。


「おい、何か喋れよ陰キャ」


「戸田くんはさ、僕らのこと好きすぎだよね」


 ああ、そうだ、いっそ将来はダンジョン研究者になるのもいいかも。


 探索中に感じた疑問を片っ端から調べていくのって楽しそう。


 うん、いいかも。


 でもダンジョン研究者ってどうやってなるんだろ?


 そもそも理系? 文系?


 どっちかっていうと理系かな? むしろ魔系?


「ああ?」


「僕らみたいな陰キャのことなんてみんな興味ないでしょ? 僕らもいちいちいつダンジョン探索してるかとかみんなに話してないし。なのに戸田くんは僕らがどれくらいダンジョンに潜ってるとか何故か知ってるんでしょ? わざわざ調べたのかな? そういうのってよほど相手に関心がないとやらないでしょ? だから戸田くんは僕らのことが大好きなんだなって。でもごめんね。僕もてっちゃん、佐伯くんも君にはあんまり興味ないかな。あとさ、こそこそ調べるとかそういうのってストーカーみたいだから止めた方がいいと思うな。気持ち悪いよ?」


「なっ、なっ、なっ、」


 し~んと静まり返る教室。


 あー、他所事に気を取られてて変な事言っちゃったかな?


 あまりに話題に興味が持てない時とか時々やっちゃうんだよね。


 失敗失敗。


 戸田くんは頭に血が上ったのか、顔を赤黒くしてる。


 大丈夫? 血圧あがっちゃうよ?


「ええと、」


「て、テメェ、ぶっ殺——」


 あ、これ殴られるやつだ、と思った。


 でも『ぶっ殺す』と続くはずの言葉は中途半端に途切れ、いつまでも殴り掛かられることはなかった。


 それもそのはず。


 戸田くんが拳を振り上げた瞬間、僕の影からソイツが現れて僕と戸田くんの間に立ちふさがったのだ。


 ソイツは黒い毛並みのバカでかいわんこだった。(※オオカミです)


 そう、わん太郎だ。


 わん太郎は戸田くんを睨みつけてぐるるっと喉を鳴らして威嚇する。


 教室中に強烈なプレッシャーが満ちる。


 あ、戸田くんが腰抜かしちゃった。


 教室の関係ないクラスメイトもみんな息を呑んで震えちゃってる。


 平然としてるのは僕とてっちゃんと、椎名さんだけだった。


 椎名さんはすごいな。怒ったわん太郎相手でも平然としていられるなんて。


 クラスの皆さんは吃驚させてごめんなさい。


 それよりも、だ。


「こらっ! わん太郎! 留守番しててって言ったでしょうが! 先生に見つかったら怒られちゃうでしょ! 早く隠れて!」


 くぅん。


 そんなに哀しい声で鳴いてもダメです。


 しぶしぶと、わん太郎は影に潜っていった。


 よし。隠蔽完了。


「えー、クラスの皆さん、お騒がせしてすみません。あの子はわん太郎といってカワイイわんこです。優秀なテイムモンスターだから主人の僕が殴られそうになったから守ろうとしただけなんです。普段は優しくていい子なんです。これはもう暴力を振るおうとした戸田くんが全面的に悪いということで一つ、見なかったことにしていただけると——」


「沢山くん! さっきの子は何? 絶対普通のウルフじゃないよね?」


 完璧な自己弁護でしれっと戸田くんに全責任を押し付けようとしてたのに遮られた。


 でも、全然嫌じゃない。


 だって僕の話を遮ったのは椎名さんだから。


 だだっと走り寄ってきて、目をキラキラ輝かせながら僕の方に顔をグイッと近づける。


 ああ、ふつくしいご尊顔が、こんなに近くに。しゅ、しゅきぃぃぃぃぃぃ。


「し、椎名さん、孝ちゃんが吃驚してるよ」


「あ、ご、ごめんねっ」


 キスできそうな距離からばっと顔を離す椎名さん。


 ナイスだてっちゃん。


 でも、もうちょっと時間をおいてからてもよかったよ。


「それで沢山くん、あの子は一体何?」


「あの、この前話した秘策憶えてる? 骨ガムのやつ。あれでテイムしようと出会ったのがわん太郎なんだけどさ、最初は僕らもただの変異種か希少種だと思ってたんだけどさ、なんかテイムしてから確認したら上位種のファングウルフの希少種のシャドウファングだったんだよね」


「シャドウファング……よく無事だったね」


「うん。後で知ってから冷や汗掻いちゃったよ。ね、てっちゃん?」


「ぼ、僕は止めたんだけどね」


「あー、あの時ちゃんと謝ったじゃないかっ」


「クスクス、二人ともすごいね。ね、ちょっとだけ撫でさせてもらえないかな?」


「うん。もちろん! わん太郎、この人は椎名さんだよ。出てきてご挨拶して」


 わふ。


 わん太郎は上半身だけ影から出てきた。


「よろしくね、わん太郎くん。わぁ! モフモフだ~っ!」


 なでなで、ぎゅ~。


 椎名さんはわん太郎の首に抱き着いてモフモフを堪能している。


 おい、わん太郎、そこ代われ。


「未来ちゃんにも見せてあげたいな……」


 みらい? 人の名前かな? 誰だろう?


 ああ、もしかして引きこもってるっていう妹さんかな?


「妹さん?」


「うん。あの子もわんちゃんとかモフモフが好きだから……」


 見せに行くよ、とは言えなかった。


 だってそれはイコールで椎名さんの家にお邪魔するってことだから。


 陰キャの僕にはちょっとハードルが高すぎた。


 結局曖昧な感じで話が終わってしまった。




 椎名さんがモフモフを楽しんでた姿のお陰か、気付けばクラスの雰囲気も和らいでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る