第16話 ウルフ? そんなことよりお宝だ!

「孝ちゃん、ま、待たせてごめんね」


 管理局の建物の外で、椎名さんとの会話で火照った頬を冷ましていると、てっちゃんが到着した。


「ま、また顔が赤いよ?」


 うっ、気付かれちゃったか。


 僕は椎名さんと偶然会ったことを説明した。


 もちろん最後の妄想の部分は割愛して。


「し、椎名さんの鎧姿、僕も見てみたかったな」


「きっとダンジョン探索続けてたら偶然出会うこともあるよ」


「う、うん、そうだね。じゃあいこっか」


 なんとか恥ずかしい妄想をしていたことは誤魔化せた。


 僕らは慣れた調子で二階層を目指して歩く。


 道中、てっちゃんにも僕の用意した秘策を説明しておいた。


「ま、まあ、失敗しても二階層ならフォローできるから」


 あれ? 失敗前提で話してません?


 僕は成功する自信しかないよ?


「い、色々考えて工夫してみるのはいいことだから」


 ちょっとちょっと、信じておくれよ。


 それから前を歩いてる探索者の人、聞こえてるよね?


 さっきから肩を震わせて笑いをこらえているのバレてるからね?


 恥ずかしさで、また顔が真っ赤になってしまった。




 二階層。


 いつものようの人の居ない場所を探して壁尻さんを呼び出す。


 ウルフを探して最初の玄室へ。


 残念ながら中にいたのはアントとゴブリンだった。


 さっさと倒して次へ。


 次の玄室にもやっぱりウルフはいなかった。


 いたのは芋虫一体だけ。


 おのれ物欲センサー。


 芋虫をさくっと倒して次を目指す——と思ったところで見慣れないものが目に入った。


 そこにあったのは銀色に輝く豪華な宝箱。


「てっちゃん、これってアレだよね?」


「あ、アレだよね」


 鍵付き宝箱。


 ランダムで発生するダンジョンイベントの一種。


 今目の前にあるように、銀や金のいつもより豪華な宝箱が出現することがある。


 この宝箱には鍵がついていて、無理やりあけようとすると大爆発するらしい。


 これを開けるためには、この宝箱が出現している間限定で、同じ階層のモンスターが低確率でドロップする宝箱と同じ色の鍵を使う必要がある。


 もちろん、開けるのに手間がかかる分中身は豪華なはずだ。


 宝箱の上部に数字が浮かんでいる。


 刻一刻と減っていくその数字は多分制限時間。


 今の時刻から計算すると、今日の真夜中がタイムリミットだ。


「ねえ、てっちゃん?」


「うん、孝ちゃん」


 欲望に濁った眼で、僕らは顔を見合わせた。


 宝箱の前にしゃがむ僕とてっちゃんの間で、壁尻さんもぷるんぷるんと揺れている。


 僕らは頷いて立ち上がった。


 足早に次の玄室へと向かう。


 鍵を見つけるまで帰れまテン、始まります。


 さあ、虐殺パーティの始まりだー!!





 僕らは欲に飽かせて猛烈な勢いで魔物を倒していった。


 無駄な体力を消費しないためにお喋りさえも極力控えて。


 倒しても倒しても、鍵はドロップしなかった。


 思った以上に低確率だ。


 途中あまりにも鍵が出ないので、何度か『もう宝箱が開けられたんじないか』と心配になって宝箱のあった部屋に戻ったけど、依然として宝箱はそこにあった。


 やっぱり思った以上に低確率なだけらしい。


 お昼も摂らずに僕らは黙々と狩り続けた。


 鍵が見つからないまま気付けば夕方。


 もう出ないんじゃないかなーと半ば諦めムードだった。


 でも————。


「出た! 出た出た! 出たよ!! 鍵だ!!」


「や、やったー!!」


 ぷるんぷるん!!


 もう何体目かもわからないゴブリンを倒したときに、それはドロップした。


 銀色に光り輝く小さな鍵。


「は、はやく開けに行こう!」


「うん! ……何が入ってるかな?」


「ま、魔法剣とかだったらいいな」


「それなら僕はかっこいい杖がいいな。壁尻さんはなにがいい?」


 ぷるん! ぷるるん!


「なに? 黄金の壁尻? そんなの何に使うの?」


 ぷるん!


「部屋の壁に飾る? インテリア? 趣味悪いよ」


 ぷるるん!!


「壁尻さんのいない、てっちゃんの部屋用なの?」


 ぷるん!


「だって、てっちゃん」


「ちょ、ちょっと遠慮したいなぁ」


 ぷるるん!




 僕らは銀の宝箱の前まで戻って来た。


 三人で宝箱の前にしゃがみ込む。


 僕が代表して鍵を開けることになった。


「じゃあ、いくよ」


 緊張の瞬間。


 震える手で、鍵を差し込む。


 開く宝箱。


 中に入っていたのは——。


「こ、これは、まさか!」


「あ、あの有名な!」


 てっちゃんが箱から丁寧に折りたたまれたソレを取り出して、広げてみせる。


 際どいビキニにシースルーの布地が取り付けられたもの。


 RPGでお馴染みのセクシー装備、『踊り子のふく』だ!!


「え、えっちだね」


「すごく、えっちだ」


 もしも、もしもこれを椎名さんが着ていたとしたら……。


 そんな妄想に思いを馳せる。


 想像しただけで鼻血が出ちゃいそうだ。


 きっと隣でてっちゃんも同じこと考えてる。


「一度でいいから着てもらいたい」


「い、一回だけでも見たいよね」


 僕らのアホな姿に壁尻さんはぷる~んと萎れちゃってる。


『はあ。バカばっか』


 そう言われた気がする。




 くー、とお腹がなった。


 そういえばお昼を食べてないんだった。


 自覚すると空腹感はますます強くなる。


「今日はもう帰ろっか」


「そうだね」


 僕らは脱出結晶を割ってダンジョンから帰還した。




 買い取り窓口に提出した魔石とドロップアイテムは猛烈な鍵探しの影響でいつもよりだいぶ多い。


「あら? 今日はたくさんね」


「実は、鍵付き宝箱を見つけて——」


「開けたの?」


 お姉さんの端的な質問に僕らは頷いてアレを差し出す。


「『踊り子のふく』ね。需要がないから価格的にはハズレね」


「そうなんですか?」


「さすがにこの恰好で探索したがる子はいないでしょ? あるとすれば最近流行ってるダンジョン配信者がネタで着るくらい。主な需要は夜のお楽しみ用ね」


 ぬぬぬ。


 こんな格好で夜のお楽しみですと。


 けしからんですなぁ。


「君たちも興味あるの? なんならお姉さんが着てあげよっか?」


 妖艶な笑みを見せるお姉さん。


 僕らの顔が一瞬で真っ赤になる。


 お姉さんのセクシー衣装姿をもろに想像しちゃったよ。


 ちょっと興奮しすぎて気絶しちゃいそう。


「ふふ、揶揄いすぎちゃったかしら? これも買い取りでいいわね? 査定するからちょっと待っててね」


 揶揄われちゃいました。


 需要がないという『踊り子のふく』はそれでも二万円の値がついた。


 てっちゃんと二人、なんとなくそわそわしながら家路につく。


 冬の空気が火照った頬を冷ましてくれた。





「——あ、ウルフのテイム忘れてた」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る