第15話 彼氏ではないらしいです
木曜日。
引き続き二階層を探索する。
今日の目的はダンジョンウルフのテイムだ。
火曜日の探索では最後のモンハウでしか出会わなかったし、あの状況ではテイムなんてしてる余裕がなかった。
だから今日こそリベンジ。
そのつもりだったんだけど……。
僕は自分の鈍くささを舐めてました。
魔物をテイムするときは、ダメージを与えて弱らせてからテイムをするのが基本。
しっかりダメージを蓄積させて弱った所で近づいてテイムしようとするんだけど、ここで僕の鈍くささが発動。
意気揚々とウルフの元に走り込んでる途中で焦って転んで喰われそうになったり(三敗)、慎重に警戒しすぎてモタモタしてたらバインドが切れて飛びかかられたり(二敗)。
連敗につぐ連敗。
てっちゃんと壁尻さんに協力してもらったと言うのに。
あまりにダメダメ過ぎて、てっちゃんにまで大笑いされてしまった。
壁尻さん? あの子は最初の失敗の時点から盛大に揶揄ってきましたとも。
結局そのまま目的を果たせずに探索を終えることになった。
成果らしい成果と言えば魔法使いのレベルが一上がって十五になり、≪火魔法Ⅲ≫スキルとアビリティ≪輪唱≫を覚えたくらいだ。
新たな魔法は≪ファイアアロー≫。ボールよりも弾速の早い攻撃魔法だ。
≪輪唱≫は簡単に言うと、同じ魔法を連続して使う際にキャストが速くなるアビリティ。
一発で倒せない敵が出てきたので、手数で補おうというチョイスだ。
「むむむむむむ」
湯船に浸かりながら唸り声をあげる。
このままではウルフのテイムが出来ずじまいになってしまう。
何かいい作戦を考えなければ。
「むむむむむむ」
壁尻さんは洗面器の湯船でくつろぎながら、ぷるぷると笑っている。
くっ、馬鹿にされてる気がする。
「しょうがないじゃないか。壁尻さんの時は特殊だったんだし、実質初めてのテイムなんだから」
ぷるぷるりん。
ごめんね、と謝りながらまだ笑ってる。
ぐぬぬ。
壁尻さんを睨みつけてもお構いなしだ。
————あっ!
「そうだ!」
ざばり、と湯船から立ち上がる。
水しぶきが飛び散って壁尻さんに抗議されたけど、無視無視。
僕は仁王立ちで腕を組み高らかに宣言した。
「通常テイムがダメなら、特殊テイムすればいいのよ!」
特殊テイム。
壁尻さんのときのように、戦闘状態に移行する前に友好を築いて相手にテイムを同意してもらう方法。
探索者を見れば襲い掛かってくるダンジョンの魔物相手には使う機会のほとんどない方法だけど、やり様はある。
ふっ、ダンジョンウルフといえども所詮は犬!(※オオカミです)
この勝負もらった~!!
土曜日、僕は前日に用意しておいた秘策をもってダンジョンへとやってきた。
いつもと変わらない恰好だが、一つだけ違いがある。
それは腰に提げたでっかい巾着袋。小学校の給食袋みたいなやつ。
この中に入っているものこそが僕の秘策。
中に入っているのは『骨ガム』。ペットショップで売っている犬の大好きなやつだ。
ふっ、ダンジョンウルフといえども所詮は犬!(※オオカミです)
この骨ガムを投げてやれば食いつかずにはいられない。
骨ガムに夢中になってるところをこっそり近づいて、この高級犬用ブラシでブラッシングしてやれば完璧だ!
こいつで好感度を稼いでばっちり特殊テイムしてやるのだ! フハハハハハハ!
と、意気込んでやってきたのだが、間の悪いことに今日に限っててっちゃんが一時間ほど遅れるらしい。
なんでも今朝急にお母さんに近所に住む親せきの家までおつかいを頼まれたんだとか。
出鼻を挫かれたお陰でちょっと冷静になって、さっきまでのおかしなテンションが恥ずかしくなってきた。
どうしようかな?
先にダンジョンに入ってる訳にもいかないし、一時間ぼおっとしてるのはちょっと長すぎる。
結局管理局に併設されているカフェで時間を潰すことにした。
ちょっと後悔してる。
カフェは洒落てて、僕みたいな陰キャには場違いな空間だった。
出来るだけ目立たない席に陣取り、陰キャの固有アビリティ≪気配遮断≫で息を殺す。
コーヒーをちびちびと飲みながらじっと静かに時が過ぎ去るのを待っている。
これなら外でぼおっとしてた方がよかったよ。トホホ。
「あれ? 沢山くん?」
耳に馴染みのある素敵なボイスが聞こえてきた。
まさか、と顔を上げるとそこには大天使・椎名さんの麗しきご尊顔が!
「し、し、椎名さん!?」
「ふふふ、驚きすぎだよ。偶然だね」
かわいい。しゅき。
「なんで椎名さんがこんなところに?」
「ここはダンジョン管理局だよ? それにこの恰好。ダンジョン潜りに来たに決まってるでしょー?」
そりゃそうだけど。
椎名さんはドレスアーマーっぽいデザインのお洒落な白銀の鎧を着ている。
「あ、その装備とてもよく似合ってます」
「んふふ。ありがと」
それにしても椎名さんがダンジョン潜ってるなんて初耳だ。
「年齢制限をクリアしてすぐに始めたんだ。私は四月生まれだから、もう半年以上やってるんだよ?」
「おお、先輩だね」
「うむうむ、敬いたまえー。で、沢山くんはダンジョンどんな感じ?」
「えっと、今は二階層でね。実はダンジョンウルフをテイムしようと思ったんだけど——」
椎名さんと会話出来るのが嬉しくて、前回のみっともない大失敗の経緯を話してしまった。
もうやぶれかぶれで今日用意した秘策についても話してみる。
「アハハハハ。その発想はなかったなー。やっぱり沢山くんは面白いね」
「そうかな?」
「ふふ。上手くいったら教えてね」
かわいくお願いされたら断れない。
真っ赤な顔でこくこくと頷く。
はあ。かわいい。心臓止まりそう。しゅき。
「お~い! 聖子! そろそろ行くぞ!」
遠くの方からイケメンの大学生っぽい人が椎名さんを呼んでる。
「は~い! 今行くから~!」
ま、まさか彼氏??
「彼氏じゃないよ」
はっ、口に出しちゃった?
「顔に書いてあるよ。ふふ。彼氏じゃないからね」
学校では見たことがない、悪戯っぽい笑みを見せる椎名さん。
えっ、その感情はなんですか?
こんな陰キャをからかってどうしようってんですか??
なんで僕なんかに念押しして二回も言ったんですか???
『僕には誤解されたくないと思ってる』とか都合のいい勘違いしちゃいますよ????
こ、こちとら陰キャですからあああああああああああ!!!!!?????
「じゃあ、行くね。ばいばい」
僕の荒れ狂う内心を知ってかしらずか、椎名さんは小さく手をふって颯爽と去っていってしまった。
あ、嵐のようなひと時だった。
ああ、もう。あれは一体何だったんだ?
『椎名さんが実は僕のことが好きかもしれない』という妄想が、頭にこびりついて離れなかった。
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