第12話 買い取り窓口の美人なお姉さん

 火曜日の放課後。


 今日はいよいよ二階層に突入する日だ。


 学校が終わってから急いでダンジョンにやって来たけど、てっちゃんはもう少しかかるみたい。


 ヒマになっちゃった。どうしようかな?


 あ、そういえば二階層のドロップアイテムって何がいくらで売れるんだろう。


 全然調べてなかったや。買い取り窓口で聞けばわかるよね。


 買い取り窓口に行ってみると、今日もいつものお姉さんがいた。


 まだ探索者が帰ってくるには早い時間なのか、周囲はがらんとしている。


 僕が近付いていくとお姉さんがこっちに気付いた。


 小さく手を振るとにっこり笑って手を振り返してくれた。


 うう、やっぱり美人だ。


 でも僕の信仰は大天使・椎名さんに捧げてるから……。


「こんにちは。あの、二階層のドロップアイテムと買い取り額が知りたいです」


「あら? もう二階層に行くの?」


 そうだ、この前慎重にしろって助言をくれたんだった。


「えっと、友達と二人でパーティ組んで、前衛と罠解除を受け持っててくれて、えっと、レベリングも終わったから、今日は下見のつもりで」


 しどろもどろになりながら、弁明を披露する。


「ああ、あの背の高い子ね」


 こくこくと頷く。


「そう。ポーションは持ってる?」


「ローポーションなら。一階層で拾ったやつが一本だけだけど、持ってます」


「出来たら人数分のローポーションと緊急用にミドルポーションも持ってた方がいいんだけど、予算的に厳しいかしら?」


 僕は力なく首を振る。


 一階層の稼ぎじゃローポーションさえ厳しいんです。


 アパートの家賃に生活費まで出して貰ってるから両親にこれ以上たかるわけにもいかないし……。


「少し待ってて」


 お姉さんはそう言って席を立ってしまった。


 戻って来たお姉さんは手に袋を提げていた。


 袋を差し出されて、反射的に受け取る。


 中を覗いてみるとポーションの瓶が三本入っていた。


「あ、ああの、これ——」


「一本は君の分。ローとミドル一本は相方くんに渡してあげて」


「で、でもこれ——」


「頑張ってる君にお姉さんからのご褒美。秘密よ?」


 指を口元に当ててバチコンとウインクされた。


 あうあうあう。


 や、やっぱり凄く美人だ。


 ドキドキしちゃう。


「あ、あの、いつかお礼させてください」


「あら? それじゃあお姉さんが惚れちゃうくらいいい男になったらデートしてもらおうかしら?」


 今までとはちょっと違う妖艶さの混じる笑顔。


 あうあうあう。


「が、がんばります」


 真っ赤になって俯く僕。


 頭の上からクスクスと笑う声が落ちてくる。


 か、揶揄われちゃったかな?


「はい。これが二階層の価格表。命を大事に、頑張ってね」


 しっかりと頷いてから窓口をあとにする。


 ちらりと振り返ったらお姉さんと目があっちゃった。


 あ、またウインクされちゃった、あうあう。


 真っ赤になった顔はてっちゃんが来ても元に戻らなくて、風邪を引いたんじゃないかって心配されてしまった。





「——というやり取りがあったんだよ」


 てっちゃんに貰ったポーションを渡した結果、顔の赤さの理由を説明するハメになっちゃった。


 ちょっと恥ずかしい。


「こ、孝ちゃんの人徳だね」


 てっちゃんは僕の話を聞いて我が事のように誇らしげにそう言った。


「えー? お姉さんが優しくていい人だからだよ。それと、僕が頼りないから心配されちゃったんだよ、きっと」


「お、お姉さんが優しくていい人なのは僕もそう思う。で、でも孝ちゃんが毎回楽しそうに頑張ってるから手助けしてくれたんじゃないかな?」


 そうかな? どうだろ。


 僕はダンジョンガチ勢ってわけじゃない。ただのエンジョイ勢だ。


 僕にとってダンジョン探索は楽しい趣味だ。


 だからこれっぽっちも頑張ってるつもりはない。


 う~ん、やっぱり頼りなくて心配されてるだけだと思うんだけどな。


「ぼ、僕が勇気を出してダンジョンに挑戦しようって思ったのは、孝ちゃんが頑張ってたからだから。き、きっとそうだと思うんだ」


 そうなのかな?


「んー、やっぱり自分じゃよく分かんないや。僕としては楽しく趣味を満喫してるだけだからね」


「こ、孝ちゃんはそれでいいと思う。ぼ、僕やお姉さんが勝手に思ってるだけだから」


 てっちゃんの中ではお姉さんもそう思ってることは確定的らしい。


 ちょっとてっちゃんは僕贔屓なところがあるからなぁ。


 友達としては嬉しいけど、客観的な意見が欲しいときにはちょっとバイアスかかっちゃってると思う。


 ま、いいか。


 それより今日の探索だ!




 ダンジョンに飛び込んで二階層へと続く階段までの最短ルート、いわゆる正規ルートをたどる。


「ま、マーガレットさんは呼ばないの?」


「うん。二階層の人がいないところまでたどり着いたら呼ぶつもり。今日はちょっと呼ぶのが遅くなるって言ってあるから」


 そんな話をしながら道を進んでいく。


 そういや正規ルートを歩くのは初めてだ。


 初探索で壁尻さんをテイムしてからずっと人目を避けてたから当然だよね。


 周囲には結構人がいる。


 なんか新鮮。


 『関東大迷宮』を含む日本に四つある大迷宮は各大迷宮ごとに百以上の入り口となるゲートがあって、同じ大迷宮に通じるゲートならどのゲートから入っても一階層に一つだけの同じ出口に出てくる。


 そして大迷宮から出る時は、一階層の出口から出ようが脱出結晶を使って出ようが入る時に使用した入口から外に出ることになる。


 数あるダンジョンの不思議の一つ。通称『大迷宮の入り口問題』。


 もうダンジョン発生から数十年経っているのに未だにその原理は解明されていない。


 今周囲にいる人たちも、僕らとは違う入口からやって来たのかと思うととても不思議な気分になる。


「ね、てっちゃんはどう思う? 『大迷宮の入り口問題』」


「別のゲートから入っても同じ場所に出てくるって話だよね? んー、入る時に魔力か何かで印をつけられてるって説が一番有力なんじゃないかな」


「その印を使って脱出する時に出るゲートを振り分けしてるってやつ? なんか凄いありえそうな説だよね」


「し、証明する方法がさっぱり見つからないみたいだけどね」


 印っぽいものは計測されてるらしいけど、脱出の時にゲートを振り分ける方法がさっぱりわからなくて証明に至ってないとかそんな話だった気がする。


 雑談を交わしながら五分ほど歩いたところでようやく二階層へと続く階段にたどりついた。


 この階段を下れば、いよいよ二階層だ。


 てっちゃんと顔を見合わせて頷いてから、僕は階段へと足を踏み出した。

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