第10話 てっちゃんとの合流

「てっちゃん、おはよー」


「おはよう、孝ちゃん」


 日曜日。朝早くからダンジョン前で待ち合わせ。


 てっちゃんは剣道の胴と小手に膝用プロテクターと登山用ブーツ、頭には原付用の半ヘルという出で立ちだ。


 なかなかに珍妙な恰好だけど、実はこれネットに載ってる初心者推奨のテンプレ的なセットなのだ。


 腰には真新しいロングソード、背中に大きな盾を背負っている。


「緊張してる?」


「う、うん。少しだけ」


 今日初めてダンジョンに潜るてっちゃんの緊張がほぐれる様に軽くお喋りしながらダンジョンに飛び込んだ。


 いつもの様に人の流れから離れて行って壁尻さんを召還する。


「マ、マーガレットさん、おはよう」


 ぷるん。


 二人の挨拶が終わった所で歩きながら作戦会議だ。


「最初はさ、やっぱり怖いと思うんだよね。僕は魔法でもちょっと怖かったけど、てっちゃんは近接だから余計に、ね」


「うん。い、いきなりだと、多分パニックになっちゃうと思う」


「だよね。だから最初は壁尻さんのスキルで拘束した相手を攻撃するって感じが良いと思うんだ。壁尻さんもいいよね?」


 ぷるん!


 おお、壁尻さんもヤル気まんまんだ。


「もし二体以上まとめて出てきても僕が数を減らすから、てっちゃんは壁尻さんが拘束した一体に集中してね」


「わ、わかった。ありがとう。す、すごく助かるよ」


「いいんだよ! 僕らはパーティなんだから!」


 話が纏まった所で本日最初の玄室だ。


 中を覗くとちょうどいい具合にスライムが一体。


 てっちゃんが剣と盾を構えて玄室に足を踏み入れた。


 壁尻さんと僕もあとに続く。


 壁尻さんが≪チェーンバインド≫でスライムを拘束した。


「やあっ!」


 気合のこもった斬撃がスライムを真っ二つにする。


 おお、一撃だ。


 僕はぱちぱち拍手しながら残心をとるてっちゃんに近寄っていった。


 壁尻さんも尻スリでお祝いしてる。


「初討伐おめでとう。どうだった?」


「あ、あ、ありがと。うん。これならやれそうだよ。あと二、三回試させてもらっていい?」


「もちろん。あ、てっちゃん魔石忘れないようにね」


 てっちゃんは拾った魔石を眺めて嬉しそうにしてる。


 大した金額にはならないけど、それでも初めての魔石だ。喜びも一入ってやつだね。




 次なる獲物を探して僕らはダンジョンを練り歩く。


 てっちゃんはあのあと三度の戦闘を行い、難なく魔物を倒してみせた。


 人型と戦うのがどうしても無理って人が一定数いるらしいのでちょっと心配だったけど、ゴブリン相手でも普通に切りかかれていた。


 次からは壁尻さんの拘束なしで戦ってみる予定だ。


 てくてくとダンジョンを歩きながら、ちょっと気になってたことを聞いてみる。


「そういえばさ、てっちゃんって剣術習ってるんでしょ? 武器って刀じゃなくて大丈夫なの?」


「うん。し、師範に聞いてみたけど、ど、道場で教えてる剣術は対人用で、ま、魔物は想定してないから余り気にする必要はないって」


「そうなんだ。なんかそういう道場の人とかって自分の流派がいつでも最強みたいに考えてるのかと思ってたよ」


「ぶ、武術って合理を追及するものだからね。ご、『合理のために非合理な選択をしてちゃ意味がない。道具は相応しいときに使ってこそだ』ってのが師範の教えなんだ」


「すごい師範さんだね」


「うん。そ、尊敬してる」


 割り切り方が達人っぽくてちょっと格好いい。




 玄室の扉を開く。


 中に居るのはゴブリン三体。


 どうする? とてっちゃんに目線で問いかける。


「ひ、一人でやってみたい」


「分かった。危なくなったら助けるからね」


「うん。お、お願いします」


 落ち着いた様子で歩いて行くてっちゃん。


 ゴブリンがこちらに気付いてこん棒を振り上げながら走り寄ってきた。


 まだ距離があるうちに、てっちゃんは手前の一体に一息で近づいて切りかかる。


「≪スラッシュ≫」


 一撃だ。


 そのまま盾を構えて残りの二体を迎撃する体勢にはいる。


 二体目が飛びかかって来た。すぐ後ろから三体目もこん棒を振り下ろそうとしてる。


 飛びかかって来た二体目を盾で殴り飛ばして、三体目のこん棒を盾で受け止める。


 反撃の≪スラッシュ≫。


 三体目も倒れてしまった。


 これで残りは盾で殴り飛ばした一匹のみ。


 すぐに体勢を立て直して飛びかかって来たところを落ち着いて盾で受け止めて、スキルを使わずに首を狙って切りつける。


 ゴブリン軍団、全滅。


「すごい! すごいよ、てっちゃん! 恰好よかった!」


 ぷるん! ぷるん!


「強かった! プロみたいだった!」


 ぷるん! ぷるぷる! ぷるんぷる!


 てっちゃんの格好いい立ち回りに僕も壁尻さんも大興奮だ。


「そ、そんなに褒められると、て、照れちゃうよ」


 さっきまでの堂々とした姿とはうってかわって、大きな体を縮めて顔を赤らめるてっちゃん。


 そのギャップがおかしくて笑いが込み上げてきた。


 壁尻さんはお尻でつんつんしててっちゃんを揶揄っている。


「そ、それより! た、た、宝箱みつけたよ!」


 てっちゃんの視線の先には確かに宝箱があった。


 入口からは柱の陰になっていて見えなかったみたい。


「てっちゃん、開けてみてよ」


「で、でも、ま、ま、まだ罠解除できないよ?」


「この階層の宝箱は危険な罠はついてないから大丈夫だよ」


「わ、わかった。やってみる」


 こちらに背を向けて宝箱の前にしゃがみ込むてっちゃん。


 僕と壁尻さんは気付かれない様にそろりそろりと後ろに下がる。


「開けるね」


 ぷしゅー! しまった、悪臭トラップだ!!


「ああああああああ!!! くさいくさいくさいくさい! おええええええええええ」


 てっちゃんが悪臭トラップをもろに喰らってしまったぞー。たいへんだー。


 僕と壁尻さんは顔と尻を見合わせて悪い顔で笑う。


「ひ、ひどいよ、孝ちゃん」


「ふっふっふ。僕らも前にひどい目にあったからね。てっちゃんにも経験しておいてもらおうかと、ね」


「うぅ、鼻がおかしくなっちゃったよ」


「ごめんね。次からは僕が開けようか?」


「罠解除できるの?」


「いんや。鼻をつまんで漢解除」


「ぼ、僕も次からはそうしよう……」


 ぐったりとしたてっちゃんは、それからクスクスと笑いだした。


「ああ、ひどい目にあったな。大騒ぎしちゃったよ、ふふふ」


 僕らは顔を見合わせて笑い合った。




 お昼に一回休憩を挟んで、夜までみっちり探索を続けた。


 僕のときは魔力の回復に何度も小休止を挟んでいたけど、戦士のてっちゃんにはその必要はないし、元々体力もあるからほとんど休憩をとらずに戦いつづけた。


 一日でてっちゃんのメインジョブ戦士がレベル六に、サブの盗賊が四に上がっていた。


 てっちゃんが戦士レベル五のときに習得したスキルとアビリティはスキルが≪タウント≫、アビリティは≪勇敢Ⅰ≫だ。


 スキルの≪タウント≫は敵の注目を集めるいわゆる挑発スキルで、アビリティの≪勇敢Ⅰ≫は威圧や恐怖をあおるようなスキルにかかりにくくなるものだ。


 パーティの壁役を目指したチョイスで後衛の僕としてはとても頼もしい。


 夕方頃に切り上げてダンジョンから帰ることにした。


 管理局で魔石の換金をして、今日の収入は全部てっちゃんにわたす。


「いいの?」


「僕も壁尻さんも今日はほとんど何もしてないからね。じゃ、帰ろっか」


「うん。ま、また明日、学校で」



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