第7話 椎名さんは今日もかわいい

 月曜日。


 学校の授業を上の空で聞き流しながら僕は一人悩んでいた。


 僕と壁尻さんは土日にたっぷりとダンジョンに潜ってレベリングを行った。


 僕のメインジョブ魔法使いはレベル十一に、サブのテイマーはレベル七に、そして壁尻さんのレベルは六まで上昇している。


 魔法使いのレベルが十になったときに≪光魔法Ⅰ≫のスキルと≪消費魔力削減Ⅰ≫のアビリティを習得し、壁尻さんも新たに≪チェーンバインド≫というスキルを得た。


 ≪光魔法Ⅰ≫で使えるようになった≪ライトヒール≫の魔法のお陰でちょっとした怪我をしても治療できるようになったし、壁尻さんも新たなスキルでサポート役もこなせるようになっている。


 僕も壁尻さんも順調に成長できていた。


 だからこそ、悩んでいる。


 僕らはずっと一階層を探索してきたけど、一階層に出てくる魔物はスライムとゴブリンだけで、しかも数が大体一、二体しか出てこない。


 なんというか、物足りないのだ。


 敵が弱すぎてレベリングの効率が悪い。


 今こそ二階層に進むべきなんじゃないかなって思うんだけど。


 ただ、二階層は出てくる魔物の種類以外にも一階層と大きく違う点がある。


 一つは、罠だ。


 宝箱に仕掛けられてる罠が毒針や魔物召喚といった危険なものになっているし、宝箱以外に床にも罠が設置されていたりするらしい。


 基本ジョブの一つ、盗賊なら罠の発見や解除が出来るんだけど、生憎と僕は魔法使いでテイマーだ。


 転職するにも魔法使いは戦力的に外せないし、テイマーを外しちゃえば壁尻さんが成長できなくなってしまう。


 実に悩ましい状態なのだ。


 そしてさらにもう一つ。


 二階層からは玄室がモンスターハウスになっている可能性があるのだ。


 一見普通の玄室に見えても中に足を踏み入れた途端に大量のモンスターが発生するモンスターハウス。


 前衛のいない僕たちが遭遇してしまえば囲まれてぼこぼこにされちゃうだろう。


 テイマーのレベルが十になったら≪テイム枠拡張≫のアビリティが手に入るから、前衛役のテイムモンスターを新しくテイムできるんだけど。


 そのためにはテイマーのレベル上げが必要で、でも一階層じゃ効率が悪くて。


 ぬぬぬ。


「進むべきか留まるべきか、それが問題だ」


「シェイクスピアにでもなったつもり?」


「わひゃああっ!」


 め、め、め、目の前に椎名さんの麗しきご尊顔がっ……!!


「随分悩んでるみたいだけど、もうお昼だよ?」


「えっ、あっ、えっ!?」


 い、いつの間に? 授業は?


「さっきから話しかけても無視されて佐伯くんがかわいそうなことになってるわよ?」


「えっ!? あああああああっ! 佐伯くん、ごめんね」


 隣を見ると眉毛をへにゃってさせてる佐伯くんがいた。


「い、いいよ。ししし、真剣に、な、悩んでたみたいだし」


「ほんとごめんね」


 うう、佐伯くんが良い奴過ぎて胸が痛いよ……。


 しょんぼりしながら教科書を片付ける僕を椎名さんがクスクス笑いながら面白そうに見ている。


 は、恥ずかしい……。


「それで? 何をそんなに悩んでたのかな?」


「えっと、ちょっとダンジョンのことでちょっと」


「ふうん、結構頑張ってるみたいだね。でも私生活を疎かにしちゃダメだよ? って余計なお世話かな?」


 こてん、と首を傾げる椎名さん。きゃわわわわわわ。


「ううん! とんでもない! 心配してくれてありがとう!」


「どういたしまして。じゃあ私はもう行くね。ばいばい」


 椎名さんは行ってしまった。


 クラスの男子たちからお前みたいな陰キャが椎名さんと喋りやがってって視線を向けられているのがよくわかる。


 いつもなら気配を殺してやりすごす状況だけど、生憎と今僕と佐伯くんはそれどころじゃないんだ。


 二人で余韻を楽しみながら顔を見合わせる。


「「やっぱいいよね、椎名さん」」


 同時に言葉を発して頷き合う。


 美人で、明るくて、僕らみたいな陰キャにも優しくて。


 椎名さんは暗黒の高校生活を送る僕らにとって希望の光だ。


 ありがとう。


 生まれてきてくれてありがとう。


 君が居てくれるだけで僕らはとってもハッピーさ。


 頬が緩んだまま、僕と佐伯くんはいつもより幸せな気分でもそもそとお弁当を食べる。


 心なしかいつもよりお弁当も美味しく感じちゃう。


「あ、あのさ、沢山くん」


 お弁当を食べ終わったあと、佐伯くんが改まった感じで口を開いた。


 なんだいなんだい、そんなに改まっちゃって。


「ももも、もし、よ、よかったらなんだけど、き、き、今日、家に、い、行ってもいいかな?」


 その言葉に僕はフリーズした。


「えっと、誰の家に?」


「め、迷惑、く、く、だ、だよね。や、や、やっぱり——」


「あ、ちがうちがうちがう。えっと、ほら、僕って佐伯くん以外に友達いないでしょ? だから、その、友達を家に呼ぶとか初めてで、びっくりしちゃっただけだから」


 ほんと、びっくりした。


 友達が家に遊びに来るってそれどんなラノベだよ。


 はっ、まさか!


 とうとう現実がファンタジーに飲み込まれたんだな!


 ダンジョンがあるから怪しいと思ってたんだよ!


「そ、その、い、イヤじゃ、な、なな、なかったら、遊びにいっても、い、いいかな? ダンジョンの話とか、き、聞きたいんだ」


「佐伯くん……!!」


 故郷のお父さんお母さん、僕みたいな陰キャの変わり者を今まで産み育ててくれてありがとうございます。


 僕は今日、生まれて初めてお友達を家に呼ぶことが出来そうです。



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≪作者からのお願い≫


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