第5話 壁尻さんとの冒険のはじまり

 進学校に通う学生としては勉強も疎かにしちゃいけないってことで、平日は一日おきにダンジョン探索をお休みにして勉強することにした。


 今週は我慢できずに月曜にダンジョン探索をしちゃったけど、土日も潜ることを考えると月水金を勉強にあてた方がよかったかもしれない。


 来週からはそうしよう。


 そんなわけで、一日おきにダンジョンに潜る僕のテイマージョブのレベルが五に上がったのは金曜日のことだった。


 ようやくアビリティ≪経験値分配≫が手に入った。


 アビリティのON・OFFと経験値の分配率を1~50%の間で調節できるみたいだ。


 はやく壁尻さんに戦えるようになってもらいたいから分配率は50%でいいかな。


 スキルの方はテイムモンスターを手元に呼び寄せたり送り返したりできる≪召還・送還≫を選んでおいた。


 これでようやく壁尻さんの育成ができる。


「壁尻さん、明日からは一緒に冒険できるよ」


 家に帰ってから壁尻さんに報告するとぽよんぽよよんととても嬉しそうに体を揺らしていた。


 ほんとかわいいなぁ。




「それじゃあ壁尻さん、ダンジョンで人の居ないところを見つけたらすぐ呼ぶからね。それまで待っててね」


 土曜日の朝早くから僕はダンジョンに出かけて行った。


 壁尻さんは僕が召還するまでお家で待機だ。


 週末ということでダンジョンには朝早くから多くの探索者が訪れていた。


 ダンジョンに入った僕は、より深い階層を目指して正規ルートを進む他の探索者の流れから早々に離脱して人気のない場所を目指す。


 二つほど玄室を抜けて、玄室の中に居座ってる魔物や通路を塞ぐ魔物を退治して先に進んだ。


 そろそろいいかな?


 気付けば周りに全く人の気配を感じられないところまできた。


「≪召還≫。お待たせ、壁尻さん」


 ぷるぷる、ぷるん。


 ぺかーっと発生した光の中から壁尻さんが出てきた。


 ヤル気マンマンな様子でぷるぷるしてる。


「他の人に見られそうになったら≪送還≫しちゃうからね。壁尻さんも気を付けるんだよ?」


 ぷるん。


 お尻だけの壁尻さんを連れ歩いてるところを見られたら変態だって誤解されちゃうかもしれないからね。


 もう一度周囲を確認して人がいないことを確かめてから一番近くの玄室に飛び込んだ。


 中にはゴブリンが一体だけだ。


「気付かれる前に仕留めちゃうから、見ててね。≪魔力集中・ファイアボール≫」


 ばしゅん、と飛んでった火球がゴブリンに命中した。


 壁尻さんが興奮したようにぷるぷるんと喜んでいる。


 褒めてくれてるみたい。うれしいな。


「よし、この調子で次に行こう!」


 別の玄室に入ると今度はスライムが二体いた。


「≪ファイアボール≫≪ファイアボール≫」


 二発の魔法で楽々倒すと壁尻さんがさっきより興奮してる。


「もしかして、レベル上がった?」


 ぷるん。


 ステータスを確認すると壁尻さんのレベルが二に上がっていた。


「やったね、壁尻さん。でも、スキルはまだみたいだね。もうちょっと頑張ってみよう」


 ぷるるん。


 スキルを覚えられなくてちょっとへこんでるみたい。


「大丈夫だよ。まだ一回レベルアップしただけなんだから。きっとすぐに覚えられるよ」


 なでなで、ぷるん。


「よしよし、いい子いい子。あっ! 見て壁尻さん! 宝箱だ!」


 ぷるんぷるん!


「あ、まって壁尻さん。いいかい? ダンジョンの宝箱はね、ミミックが化けてる可能性があるから迂闊に近づいちゃダメなんだよ」


 ぷるるん。


「まずはこの杖の先っちょで——」


 つんつん、しーん。


 ぷるん?


「ミミックじゃないみたい。罠があるかもしれないんだけど、この階層の罠って悪臭の罠だけなんだよね」


 ぷるん?


「罠があっても臭いだけだから……開けちゃおっか?」


 ぷるん!


「よし! じゃあ行くよー……それっ!」


 ぷしゅー!


 しまった! 悪臭トラップだ!


「うわっ! くさっ! くっさ! お、おえ~~~~」


 あまり掃除されていない公衆便所の悪臭を何倍にも濃縮したようなひどい匂い!


 安全な罠だからって油断するんじゃなかった!


 これはキケンな罠だ! 威力が半端ない!


 ぶるるるるるん! ぶるるん!


 壁尻さんも臭そうに尻をよじってる。


 悪臭が消えるまでの間、二人でしばらくのたうちまわっていた。


 ぜえぜえと荒くなった息を整える。


 冷静になってくると一つしょうもない疑問が出てきて、どうしても気になって来た。


「壁尻さんってさ、鼻ないけど嗅覚あるの?」


 ぷるん。


 あ、あるんだ。


 そういえば耳がなくても声が聞けるんだもんね。


 匂いも嗅げるか。


「ねえ、匂いついちゃってない?」


 ぷるるん。


「ホントに? 鼻がバカになってるだけじゃない?」


 ぷるるん!


「わかったわかった。信じるから。ゴメンって。それにしてもさ……すっごい匂いだったね」


 ……ぷるん。


 辟易したって感情を尻いっぱいに表現する壁尻さんの態度が面白くって噴き出してしまった。


 壁尻さんは抗議するように揺れてたけど、すぐに可笑しそうにぷるぷると震え出した。


 僕らはダンジョンの中で、満足するまで能天気に笑い転げていた。


「あ、宝箱の中身確認してなかった」


 二人で一緒に箱の中を確認すると、中には液体入りのお洒落な瓶が一つ入っていた。


 これ知ってる。


 ネットで見たことある。


「ポーションだ……」


 そっと箱から取り出して、しげしげと眺める。


「使うかもしれないから売らずにとっておこうね」


 ぷるん!


 瓶が割れない様にタオルでくるんでリュックの中にしまっておいた。


「初めてのお宝だね」


 ぷるん。


 僕と壁尻さんは、顔と尻を見合わせてにっこりと笑い合った。



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