第3話 友達と天使なあの子
朝、壁尻さんにお留守番をお願いして憂鬱な気持ちで家を出る。
探索者ライセンスを取得した一昨日が土曜日、初めてダンジョンに潜った昨日は日曜日。
つまり今日は月曜。学校に行かなきゃならない。
憂鬱だ。家に引きこもって壁尻さんをぽよぽよしていたい。
でもサボるわけにはいかない。
折角両親が高い学費と一人暮らしの生活費まで出してくれているのに、ムダにするなんて申し訳なさすぎる。
仕方なく、とぼとぼと通ってる高校までの道を歩くのだった。
「さ、さ、さ、沢山くん、ぶ、無事でよかった」
陰キャの固有アビリティ気配遮断でこっそり静かに自分の席につくと、同じアビリティを使う同士が声を掛けてきた。
声を掛けてきたのは佐伯くん。僕の陰キャ仲間で、この学校唯一の友人だ。
彼にはこの週末にダンジョンに潜ることは伝えていたので、心配してくれていたらしい。本当に良い奴だ。
こんなに良い奴が中学まではひどい吃音のせいでイジメられてたらしい。
こんな良い奴がイジメられるなんて、世の大多数の価値観というやつが僕には理解できない。
「心配してくれてありがとね。あんまり長く潜らなかったから危険もなかったよ」
「そ、それで、は、は、初めて、て、の探索は、ど、どうだった?」
「楽しかった! 実はさ——」
隠し部屋を見つけて、変な魔物をテイムしちゃったんだよね。
そんな話をしようとしていたら邪魔が入った。
「ようよう、陰キャくんさー、お前調子に乗って探索者デビューしちゃったんだってー?」
嘲る声。
クラスメイトの——名前なんだっけ? ちょっと度忘れしたけどやたら声の大きいなんとかくんが話しかけてきた。
「それが何か?」
「プフッ『それが何か?』だってよ。フクククク。お前みたいな陰キャがさー、探索者とか何? 邪気眼でも目覚めちゃった?」
『それが何か?』でこんなに笑えるなんて凄いな。人生楽しそうだ。代わって欲しくはないけど。
「えっと、特にそういうのには目覚めてないかな?」
あと、邪気眼って古くない? 口には出さないけど。
「あぁ? ノリ悪いなぁ、そこは何かやって見せるとこだろ?」
いや、知らんけど。そういうの求めるなら手本見せて欲しいな。
「ま、いいや。で、陰キャくんは探索者デビューでどんくらいモンスター倒せたんだ?」
「えっと、スライムを三匹ほど」
答えたらなんとかくんは大げさに驚くようなリアクションをとった。
「す、す、す、スライム三匹~???? おい、みんな聞いてくれ! 陰キャくんがなんと初めてのダンジョンで、す、スライムを、さ、三匹も退治したってよ~」
なんとかくんの変な喋り方に合わせて爆笑が起こる。
「マジかよっ! 陰キャくん最強だな!」
「スライムスレイヤーじゃん」
「これからは陰キャ様って呼ばないとな」
「いやむしろ勇者様じゃない?」
「やば、スライム殺しの勇者様」
「最強陰キャ爆誕」
大笑いしながら口々に話す。
もちろんそれらは全部嘲りで。
みんな人生楽しそうだなー、と僕は他人事のようにそれを眺める。
隣で佐伯くんが青白い顔で震えながら、それでも声の大きいなんとかくんを睨みつけている。
ホント良い奴だな、佐伯くんは。
この空気苦手だよね、ごめんね。
これ以上佐伯くんのトラウマを刺激したくないので、どうにかしよう。
そう思って口を開いて——。
「あのさー、」
別の声が教室に響いた。
誰が聞き間違えるだろうか。
その声はこのクラス最高ティアの女子、顔良し、性格よし、成績も運動神経もよしな、みんなのアイドル
「私、こういう空気嫌いって前にもいったよねー?」
朗らかな声で、可愛らしい笑顔で、目だけは笑っていなかった。
椎名さんはこういうのが大っ嫌いだった。
なんでも可愛がっている妹がイジメのせいで引きこもりになっているらしい。
四月にあった自己紹介のときに『いじめなどの低俗な事をする低俗な人間は大嫌いだから関わらないで』とハッキリ公言していた。
「いやいや、椎名ちゃん、俺ら楽しくお喋りしてただけだから」
「そうなの? 沢山くん?」
「んー、急に絡んできて笑いものにされてたかな?」
「おい、陰キャ!!」
あんま興味ないから、どうでもいいけど。
「私、ほんとにこういうの嫌いなんだよね。皆はさ、私の友達なのかな? それとも、敵?」
静かに怒りを募らせながら椎名さんは再度問う。
そんな椎名さんはすっごい怖いけど、かわいい。しゅき。
「はあ。わかったわかった、悪かったって。ほれ、これ以上続けると椎名ちゃんに嫌われるぞ。解散解散」
なんとかくんが自分の席に戻っていった。
僕は椎名さんに向き直る。目があっちゃうと恥ずかしくて喋れなくなるから、ちょっと目線を逸らしながら。
——助けてくれてありがとう。
僕がそう声をかけるより先に椎名さんが口を開いた。
「出しゃばってごめんね」
眉をへにょっとさせてる。かわいい。しゅき。
「いやいやいやいや、助けてくれてありがとう。佐伯くんがちょっと限界だったから助かったよ」
「そう? ならよかった。それじゃ、」
「あ、あのさ、一個だけ聞いていい?」
折角の椎名さんと話せるチャンスタイムが終わりそうで、焦って会話を無理やり続けてしまった。
「何かな?」
こてん、と首を傾げる椎名さん。かわいい。しゅき。
……じゃなくて、えっと、何か質問しなきゃ。
「えっと、さっきの彼、名前なんだっけ?」
へ、変な質問しちゃったー!!
もう十一月なのにいまだにクラスメイトの名前覚えきれてないのもバレちゃった……。
「ふふっ、やっぱり沢山くんは面白いなぁ」
わ、笑ってくれた。うれしい。しゅき。
おもしれー男認定されてるってことは、これ、攻略可能なのでは????
「彼は戸田くんだよ。憶える価値あるかはわかんないけどね」
笑顔でちょっぴり毒舌を吐いて、椎名さんは行ってしまった。
周囲にすっかり人がいなくなって、やっと静かな環境を取り戻した僕と佐伯くんは顔を見合わせる。
「「天使だ……」」
美人で、有能で、僕らみたいな陰キャにも分け隔てなく公正で、しっかりした倫理観の持主で、ちょっぴり厳しい椎名さん。
彼女が天使ではなくて、一体誰が天使だと言うのか。(反語)
予鈴が鳴るまでの短い時間、僕と佐伯くんはこそこそと椎名さんの素晴らしさについて論じるのであった。
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