第2話 壁尻さんと自宅にて
「ただいまー」
県外の進学校に通うために一人暮らしをしてるんだけど長年の習慣でなんとなく挨拶しちゃう。
隠し部屋から出た後は真っ直ぐダンジョンの出口まで歩いていった。
途中魔物に襲われることなく無事に帰還できた。
ダンジョン管理局で今日の成果を換金してから家路についたわけだけど、帰り道の方がダンジョン内よりもドキドキしてしまった。
なにせ僕のリュックの中には壁尻さんがいるのだ。
職質されたらどうしよう、リュックの中を見られたら社会的に終わっちゃう。
そんなことを考えて、ついつい挙動不審になっちゃった。
職質されずに無事に家まで帰れて一息ついたところだ。
「壁尻さん、ここが僕の家だよー」
リュックを下ろして壁尻さんを出してあげる。
壁尻さんは周囲を探るようにぷるんぷるんとあちこち動き回って、最終的に壁に登ってしまった。
やっぱり壁に貼り付いてるのが落ち着くのかな?
壁尻さんを観察しながら、帰り道で買ったコンビニ弁当を取り出してご飯の用意をする。
あ、壁尻さんのご飯ってどうしたらいいんだろう?
「はっ! まさかお尻の穴から!?」
ぶるんぶるんぶるん!!!
壁尻さんが激おこだ。
うん、そんなわけないよね。ごめんね。
「ご飯は食べない?」
ぷるっ、ぷるるん。
これどっちだろう?
「ご飯は必要?」
ぷるん。
「でも食べるわけじゃない?」
ぷるん。
どういうことだろう?
なぞなぞみたいだ。
えっと、壁尻さんは魔物だから……あっ!
「僕の魔力を食べるの?」
ぷるん! ぷるん!
よくできました、とばかりに揺れている。
正解だね。やった。
でもどうしよう。
僕は今日魔法使いになったばかりで魔力の出し方とかよくわかんないよ。
とりあえずなんかやってみようか。
「魔力でろー、壁尻さんのご飯になれー」
手を壁尻さんにかざしてむむむと唸ってみる。
しばらく続けていると何か体から抜けていく感じがした。
ダンジョンでファイアボールの魔法を使ったときと同じ感じだ!
壁尻さんが嬉しそうにぷるんぷるんしている。
「もっと食べる?」
ぷるるん。
もう十分みたいだ。満足そうに揺れている。
それじゃあ僕もご飯食べようかな。
「いただきまーす」
ご飯を食べながらも視線は壁尻さんに吸い寄せられてしまう。
壁からおしりが出てたら見ちゃうよね。
ふと、ダンジョンで性別確認したときのことを思い出してしまった。
一瞬だけだけど、女の子のアレが見えちゃったんだよね。
探索者の中には人型の魔物とエッチなことをする上級者もいるらしいけど、う~ん。
お尻だけの壁尻さんではそういう気にはなれないかな。
どっちかというとスライムとかを愛でてる気分。
「壁尻さん、お風呂はいる?」
食べ終わったコンビニ弁当のガラを片付けて、お風呂の支度を済ませる。
一応壁尻さんに声を掛けるとぬるーっと近寄って来た。
うんうん、女の子だもんね。身ぎれいにしていたいよね。
自分の体と髪をさっと洗ってから壁尻さんに声を掛ける。
「じゃあ壁尻さん、洗っていくからねー」
お風呂場にしゃがみ込んでアワアワにしたスポンジでやさしくこすっていく。
「かゆいところはございませんかー」
ぷる、ぷる。
壁尻さんも気持ちよさそうだ。
最後にざばんとお湯をかけて泡を落としていく。
うん。完璧。
心なしか壁尻さんの玉のお肌が輝いて見える。
「うんうん、綺麗になったね————って、こら! ぶるぶるして水を飛ばしちゃダメでしょ!」
犬みたいに水滴を飛ばす壁尻さんを𠮟りつけると、しょんぼりと尻をうなだれてしまった。
怒ってないよ、と撫でるとしょんぼりぷるんと揺れた。
反省してるっぽい。
「ほら、もういいからお湯に浸かってあったまろうね?」
洗面器にお湯を張り壁尻さん専用の湯船を作ってあげた。
水面からお尻のてっぺんだけ突き出して気持ちよさそうに揺れている。
僕も湯船に浸かってゆったりしながら、今日の成果を確認することにした。
「ステータスオープン」
表示される僕のステータス。
ジョブのレベルがメインの魔法使いが三に、サブのテイマーが二にあがっている。
今日初めてダンジョンに入って、魔物もスライム三匹しか倒してないのにレベルが上がってる。
なんでだろう?
ああ、壁尻さんをテイムしたから経験値が入ったのかも。きっとそうだ。
壁尻さんのステータスもチェックしておこう。
やっぱり種族のところが読めなくなっている。
レベルは一でスキルもなし。
めちゃ強激レアモンスターを期待したけど、一階層にいる魔物なんだからそんなわけないよね。
壁尻さんって一体何者なんだろう。
ネットで調べてみたけどお尻型の魔物なんて目撃情報すらないし。
はっ! もしや壁尻さんは強すぎて封じられてしまった最強モンスターの仮の姿なのでは?
今は弱くて戦いの役にたたないけど、信じて育てていればそのうちに真の力を取り戻していって。
いずれは封印がとけてすごい美少女な真の姿を取り戻すんだ!
それで育てた僕にこう言うんだ『マスターのお陰で真の姿を取り戻すことが出来ました。愛してます、マスター』とか言っちゃったりして。
それでお礼としてあんなことやこんなことを……ぐへへ。
ぴちょん。
天上から滴る雫の冷たさに、僕は正気を取り戻した。
うん。そんな都合のいい展開あるわけないよね。ラノベじゃないんだから。
洗面器の中で気持ちよさそうにゆらゆら揺れてる暢気な壁尻さんを見てると、そんな妄想ありえないなと確信かもてる。
でも、壁尻さん? いっこ聞いていいかな?
「ねえ、壁尻さんって戦える?」
ビクリ……ゆ~らゆら、ゆ~らゆら。
聞こえなかったフリしてるよね?
聞こえなかったフリして誤魔化そうとしてるよね?
「レベルが上がれば戦うためのスキル生えたりしないかな?」
ゆ~らゆ……ブルン! ブルン! ブルン!
いや、それどういう感情なのよ?
「レベル上げたいの?」
ブルン!
そっかー。
じゃあレベル上げる方法考えないとだね。
問題なのは壁尻さんが戦えないってこと。
スキルはないし、お尻だし。
戦いに参加出来なきゃ経験値はもらえずレベルもあがらない。
う~ん、どうしたもんか……あっ!
そうだ! テイマーのアビリティに≪経験値分配≫ってのがあったはずだ。
これはテイマーが得た経験値の一部をテイムモンスターに分配するアビリティ。
テイマー自身の成長を阻害するからクソアビリティって言われてるけど、こういう状況なら使えるよね?
「これなら壁尻さんのレベルもあげられるよね?」
ブルン! ブルン!
あーあー、興奮しすぎて洗面器のお湯が零れちゃってるよ。
「テイマーのレベルが五になれば覚えられるはずだからそれまで待っててね」
プルン!
お風呂から上がったら、いつの間にか壁尻さんがいなくなっていた。
どこにいったのかな?
壁を見て回っても見つからない。
あ、いた。
壁尻さんはベッドに登っていた。
お尻をふりふり、僕の枕をベッドから叩き落そうとしてる。
何してるの?
「もしかして、枕の代わり?」
ぷるん。
「う~ん、寝にくかったら諦めてね」
ぷるん。
どうやら僕は壁尻さんを尻枕にして寝なきゃだめらしい。
うーん、変態ちっく。
でも断ったら壁尻さんが拗ねちゃいそうだししょうがないよね。
試しに頭を乗っけてみた。
むにゅん、と沈み込んでなんかいい感じ。
「おお……!」
もしかして壁尻さんって枕適性最高なのでは?
軽く寝返りを打ってみる。
ほのかに香る石鹸の香り。うん。風呂上がりだもんね。
頬に触れるお肌は吸い付くような玉の肌で。
あ、このままぐっすり眠れそう。
「おやすみぃ……」
視界の端に映ったテイム紋を撫でて目を瞑る。
おやすみ、壁尻さん。
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