第27話 声援
星野の演奏が終わり、次は雪乃が演奏スタジオに向かう。
すると、ちょうど演奏を終えた星野と出会った。しかし、無言で星野に頭を下げてすれ違う雪乃。
「私は全力を出したよ、次は雪乃ちゃん、キミの番だ。一番になると言うキミの力をみせて」
星野はすれ違いざまにその言葉を雪乃だけに聞こえる声で呟いてスタジオを後にした。
その言葉に雪乃にはひどく動揺してしまう。
一番……私はあの人に勝って本当に一番になれるの?
◇ ◇ ◇
丁度そのころ雪乃が演奏の準備をしている間、スタジオでは司会と赤羽ないかが場を繋ぐためにトークをしていた。
「それで、ぶっちゃけ、赤羽さんは有沢さんをライバル視している感じですか? 同じ新人アイドルですし、年も近いですよね?」
「えぇー私なんて全然ですよぉ。有沢さんには到底敵うなんて思っていません。稲葉さん(司会)だって有沢さんの曲を聴いたことあるなら分かりますよね? 本当に素敵な曲で羨ましいです」
「確かにあれはすごいですよね」
「はい、あっ、Noname先生見てますかー? 次の楽曲は是非この赤羽ないかにお願いしますねー」
赤羽ないかはカメラに笑顔で手を振りながらアピールする。
「こらこら、勝手にアピールしない」
司会が赤羽ないかを注意し、会場が笑いに包まれる。
赤羽ないかは何気にトークが上手かった。
そんな中に演奏を終えた星野聖華がスタジオに戻ってきた。
「お疲れ様です、星野さん。気合の入ったいい演奏でした」
司会の言葉と共に拍手で迎えられる聖華。
聖華はそれに笑顔を浮かべ軽く手を振って答える。
「さて、いよいよ有沢さんの曲の準備が整ったようです。今回は特別、2曲続けて歌って頂きます。まずは有沢雪乃さん、デビュー曲で『恋を識らない君へ』です」
司会がそう言った所でスタジオのカメラが雪乃のいるスタジオに切り替わる。
そして雪乃が画面に大きく映し出され、息を吸い込んだ。
イントロが流れた瞬間に、雪乃は踊り始める。
そのダンスとメロディだけで、スタジオ、そしてその番組を視聴していた多くの人々が雪乃の世界へ引きずり込まれる。
そして、優しく艶やかに歌い出す雪乃。
会場の人々がその魅力的な歌声に、魅惑的なダンスに夢中になる。そんな中、赤羽ないかは冷静に雪乃のパフォーマンスを見ていた。
――あの女、オーディションの時よりも歌が上手くなっている。
間違いなく雪乃は前回のオーディションの時より、歌もダンスも上達していた。
赤羽ないかは画面に映る雪乃を睨みつけ、それから近くに座っている星野聖華をちらりと見た。
聖華はそんな会場の雰囲気にもどこ吹く風で「ふーん……」と呟いている。
雪乃のリハーサルを見ていなかったので、雪乃の生演奏を聴くのは初めてのはずだ。
――流石、トップアイドル……。余裕そうね。
そして、赤羽ないかは聖華と比べられる雪乃に少しだけ同情した。
――だから言ったじゃない。気を付けなさいって……。アンタの楽曲は確かにすごい。凄いけど今のアンタのレベルじゃ歌いこなせていないのよ。
赤羽ないかはそっと目を伏せてから、再びモニターに映る雪乃に目をやり見つめるのだった。
◇ ◇ ◇
雪乃はなんとか一曲目の歌唱を終る。
――負けられない、勝つんだ。そして、私がトップアイドルに……。私が一番に。
一曲目が終了した時点で雪乃は自分が思ったより疲労している事に気付く。
――いつもならこんなに疲れていないのに、人前で歌うってこんなにつかれる物なの……?
休む暇もなく、二曲目が始まり焦る雪乃。
必死になってダンスと歌を紡ぐ。
しかし、サビに差し掛かった所で雪乃が一番苦手としていたステップが少し遅れる。
――失敗した。ここから立て直さないと。
雪乃は段々と追い込まれていく。
焦れば焦るほど、ダンスのタイミングがズレ、歌唱にも集中できなくなってくる。
そして、とうとう曲の2番のサビの部分にあるステップで足がもつれた。
なっ、足が……このままじゃ、ころ――。
ドサッ――。
その音と共に歌声が止まる。
雪乃は転んでしまったのだ。軽快な曲のメロディと時間だけが流れる。
雪乃の頭の中は真っ白になった。
◇ ◇ ◇
雪乃のパフォーマンスをスタジオで見守る勇気は必死に雪乃を応援していた。
「今日は有沢くんの真価が問われるかもしれないね」
それは隣にいる母さんが、番組が始まる前に俺に言った言葉だ。
俺はその言葉の意味を知ることになる。
雪乃の前に歌った聖華のパフォーマンスは流石トップアイドルと言うべき素晴らしいものだった。
それに比べてると、今演奏している雪乃は……。
それでも雪乃は必死になって一曲目を終え、二曲目に入った。
そして、その時がきてしまう。雪乃はサビの所で転倒してしまう。
パニックになったのかアタフタとしながら、口をパクパクと動かす彼女。
スタジオの観客たちもザワザワとし始める。
――どうする? どうすればいい? どうすれば彼女の力になれる。
必死に頭を働かせるが答えはでない。
結局本番が始まってしまえば、作曲家の俺に出来る事などないのだ。
ステージ上の雪乃は顔面蒼白でパニック状態だ。
そんな彼女を見て力になってあげたいと言う気持ちが湧き上がってくる。
――彼女の為に、彼女に力になるんだ。
だから、俺は一ファンとして出来る事をする。
『頑張れ! 有沢雪乃っ!! 諦めるなーっ! 歌を、ダンスを、ライブを思い切り楽しんじゃえ!!』
あらん限りの大声を出して叫ぶように声を上げる。
俺の声に観客のザワザワした声は一瞬で収まり、ステージ上の雪乃が俺を見て目を見開いた。
そして、顔に力が戻り立ち上がる。
そして、再び曲にのって歌を紡ぐ。
◇ ◇ ◇
『頑張れ! 有沢雪乃っ!! 諦めるなーっ! 歌を、ダンスを、ライブを思い切り楽しんじゃえ!!』
その言葉に俯かせていた顔を上げる雪乃。
そして、その声のした方に視線を向けると私に向かって誰よりも必死になって叫んでいる勇気の姿があった。
それから、私に向かってサムズアップをする。
――小田くん! どうしてここに……。応援しに来てくれていたんだ。
力が入らなかった足に再び力が入るようになる。
――そうだ、歌わないと。でも、楽しんじゃえか。
雪乃は立ち上がり、再び歌い始める。
ステージ上から勇気のいる位置を見ると番組スタッフが駆け寄って勇気に注意をしているようだった。
――私の為にあんな大声をだしちゃったからスタッフさんに怒られてる。
その様子が可笑しくて思わず笑ってしまう。
――そうだね、楽しまないとね。せっかくのライブだもの。
雪乃の楽しという強い感情が歌声にのり、波紋が広がるように広いスタジオを満たしていく。
誰もがその姿に魅了されていき会場は盛り上がっていく。
◇ ◇ ◇
『頑張れ! 有沢雪乃っ!! 諦めるなーっ! 歌を、ダンスを、ライブを思い切り楽しんじゃえ!!』
スタジオに響いた、雪乃を応援するその声に聖華は驚く。
――今の声、勇気くん? じゃぁ、この楽曲は、もしかして……。
聖華は自分の足元が崩れ去るような感覚に陥る。
胸がズキズキと痛み、動悸が激しくなる。呼吸も浅くなり息苦しい。
始めて雪乃の曲を聴いたときから、もしかしてとは思っていたのだ。しかし、今さっきの勇気の声援で聖華は誰があの曲を作ったのか確信してしまう。
――あんなすごい曲を作れる人なんて勇気くん以外いるわけないって本当は分かってた。だけど……。
「私が最初に約束したのに……」
今は生放送の本番中だ。倒れる訳にはいかない。
必死に膝の上においた握りこぶしををきつく握りしめ倒れそうになるのを耐える。
「どうして、歌っているのが私じゃないの……」
聖華のその呟きは誰の耳にも届かなかった。
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