第25話 歌番組スタート
音楽番組の生放送がとうとうスタートし、オープニングでステージ裏からアーティスト達が続々と歌う順番で紹介されながら登場していく。
雪乃の前に歌う星野聖華がステージ裏でチラリと雪乃の事を見たが、特に何も言う事もなく煌びやかなステージに出ていく。
そして、聖華の紹介が終わると、とうとう次は雪乃の出番だ。
雪乃は目をつぶって深呼吸をする。
「大丈夫、私は負けない。この曲があれば誰にも……」
そう呟き、自分自身に気合を入れる。
スタッフのゴーサインを受けてとうとう雪乃も舞台へ上がる。
沢山の煌びやかなライトに照らされながらも雪乃は堂々とステージ中央に歩いていく、会場に来てる一般のお客さん、そして他のアーティストや司会に拍手で迎えられながら。
「さぁ、そして最後のアーティストの紹介になります。今! 超話題のスーパーガール、有沢雪乃さんです!!」
雪乃はカメラに手を振り、お辞儀をした。
「赤羽ないかさんと同じでデビューしたての新人ながら、異例な速さでこの番組に出演することになりました! オーディション番組で披露した曲が話題となり、その曲の完成度の高さからネットで話題沸騰。若い世代にも圧倒的な支持を受け、その歌唱力と魅力的な歌声が特徴のシンデレラガールとは彼女の事です! 今夜も新曲をひっさげてこの番組にやってきた。名だたるアーティスト達にのまれずシンデレラガールは、華麗に階段を駆け上がれるか?!」
司会の女性が雪乃の紹介をしてくれる、そしてゲストで呼ばれている大物芸能人の女性もコメントする。
「いやー実は私、彼女の曲のファンなんですよ、今夜はいい歌声を聴かせてほしいですねっ! 彼女のデビュー曲が楽しみです」
「えぇ、きっと我々の期待に応えてくれる事でしょう! さぁ、これで今夜のアーティストの皆さんの紹介が終わりました。それでは、いったんCMですっ!」
アーティスト達はCMの間に予め言われていた自分の座席につく。
雪乃はまだ新人なので目立たない端っこの方の席だ。
そうなると当然隣の席になるのは、同じ新人アイドルの赤羽ないかだ。彼女は嫌そうにしながら雪乃の隣の席に座った。
そして、小さな声で話しかけてきた。
「ねぇ、あんたの曲作ったの、なんて名前の作曲家だっけ? 名無しの権兵衛だっけ?」
「……Nonameさんです」
雪乃は一瞬答えるか悩んだがCM明けまで少し時間がるので仕方なく答えた。
「ふーん、まぁ何でも良いんだけどね。私にも紹介してよ」
「む、無理です、私も名無しさんの連絡先は知らないので」
「はぁ? あんた自分の曲作った人の連絡先も知らないの? 使えないわねー」
赤羽ないかの言葉に雪乃は思わず顔をしかめる。
「でも、あんたの所の社長は知ってるんでしょ? あんたのプロデューサーみたいな事もしてるんだし」
「し、知ってると思います。……でも、赤羽さんには教えません」
「はぁ? 何でよ? もしかして、オーディションの時詰め寄った時の事まだ怒ってんの? 器ちっさ」
「……ち、違います、名無しさんとの契約で社長は名無しさんの事を教えられないんです」
「何よそれ……じゃぁどうやって曲の依頼を出せばいいのよ?」
「し、知りませんよ……」
「ちっ……こうなったらヒナ鶴の方にも連絡しても無駄かもしれないわね」
「ヒナ鶴……?」
雪乃は赤羽ないかの言葉に思わず疑問の声をあげてしまう。
それを聞いた赤羽ないかは一瞬呆けたような表情をしたが、すぐにニヤニヤとした粘着くような笑顔を雪乃に向けた。
「なに? もしかして、あんた知らないの? あっ、もしかしてノーネームが自分だけ特別に曲を作ってくれてるとでも思ってた?」
「……どういう意味ですか?」
「仕方ないから教えてあげる、ヒナ鶴は歌手にもなれないような、歌い手って呼ばれる――」
「歌い手さんの事は知っています。それに、そう言う人を馬鹿にするような発言は良くないと思います」
雪乃は赤羽ないかの言葉を遮る。
歌い手の中にも歌手を本気で目指している人だっているはず、雪乃はそう言う人を馬鹿にする発言が許せなかった。
「はいはい、悪かったわよ」
赤羽ないかは肩を竦めた。
「それで、その歌い手のヒナ鶴さんに先生が……?」
「そういうことー。全くの無名の新人のそれも歌手でもない奴に曲を提供した訳よ。そしたら、あっと言う間に投稿サイトのランキング一位にまで上り詰めちゃって。私もさっき聴いたのだけれど私たちのいる場所まですぐに上がってくるわね、ありゃ」
「先生が楽曲を……」
雪乃の瞳が動揺で揺れるのを赤羽ないかは見逃さなかった。
――案外、ここをつけば本番で有沢雪乃を崩せるんじゃない?
赤羽ないかは内心でほくそ笑んだ。
「残念だったわねー、貴女だけが特別じゃなくって。オーディションの時にアンタは選ばれたとか言ってたけどやっぱり勘違いだったわね。そうよ、ノーネームはこれからあんた以外の人にも曲を書く事にしたに違いないわ。そして、いずれは必ず私に……」
そういって、赤羽ないかは得意げに笑った。
雪乃はその言葉にありえないという事が出来なかった。その心にはなぜ、ノーネームは何も教えてくれなかったのかと言う思いが渦巻いた。
赤羽ないかの思惑通りに、見る見る表情が暗くなっていく雪乃。それを見た赤羽ないかは――。
「まぁ――でも、それが本当にNonameかなんて分からないけどね」
雪乃の調子を本気で崩してやろうとは思っていなかった。
「えっ?」
下を向きかけていた雪乃は思わず顔を上げて赤羽ないかの顔を見てしまう。
「だって、本当に本人かなんて私には分からないもの。ただ、それっぽいって話よ。それより、今はこの番組に全力をかける事ね」
赤羽ないかの意外な気づかいとも思える言葉に雪乃は困惑する。
「えっと、それはそうなんですけど……赤羽さんは軽く流すのでは?」
「はぁ? あんなの相手を油断させる為のウソに決まってるでしょ? だいたいNonameが見てるかもしれないのに手を抜くわけないじゃない。はぁ……私って本当にいい女ね。嫌いな相手でも励ましちゃうんだから」
「あ、ありがとうございます……」
「まぁ、しょうがないわね。私は優しくて嘘の付けない性格だから。本当に損な性格だわ」
雪乃はさっき盛大に嘘ついてたよねという言葉を何とか飲み込みもう一度赤羽ないかにお礼を言っておいた。
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